第拾参話
山奥の祭りも盛り上がりを見せていた。
会場の中心に足を踏み入れた途端、賑やかな話し声や笑い声に包まれる。
「あら」
後ろから腕が伸びてきて、はなの頬を滑らかな掌が包んだ。
「ひゃっ」
思わず声を上げてしまう。
後ろを見ると、ハッとするくらい美しい女性が艶やかに微笑んでいた。
「可愛い」
はなは瞬きすら忘れて、優しそうな微笑みを浮かべている女性を見上げた。
女性にしては長身で、すらりと手足が長い。薄い絹のような衣を身に纏っていて、色は淡い緑。篝火の光を受けて、きらきらと輝いている。星の粉でも生地に織り込んでいるのだろうか。とてもきれいだ。
しかも、岩や倒木の多い地面で素足。驚いたことに、全く汚れていない。程よく締まった美しい形の脚が、衣の裾から覗いている。
「シン、この子が?」
「そうですよ」
女性が興味津々といった様子で問うと、シンが頷いた。
はなは瞬きした。どうして、はなのことを知っているのだろう。
はなの視線に気づいた女性が、にこりと笑って説明してくれた。
「私は普段、実体を持たない精霊なの。この祭りに参加している大半の者が、そう。昼間、人間が麓で奉納の儀式を行ったでしょう? その力で山神様の神気が強くなっているのよ。強くなっている神気を受けて、私たちは
お茶目に片目を瞑る女性に、はなは、ただ頷くことしかできない。
「ほぇ……」
「ふふっ。本当に可愛い子ね。山神様が気に入る……」
精霊の言葉が、一瞬途切れた。
そして、その目はシンを捉えていた。
シンは、見目麗しい精霊に撫でられて目を白黒させている、はなを見ていた。その瞳に映る感情を、精霊は正確に読み取ったのだ。
なるほどね、と精霊が微苦笑する。
「……ごめんなさい、引き留めてしまったわね。さ、こっちの祭りも楽しんで行ってちょうだい、人間のお嬢さん」
「はな、行こうか」
「う、うん。……あの、また会いましょう!」
「ええ。またね」
会場の奥へと消えていく、はなとシン。仲睦まじく、お互いの手をしっかりと握っている。
そんな彼らを笑顔で見送っていた精霊は、不意に顔から表情というものを消した。精霊が持つ人外の、冷淡な眼差しが、はなたちに向けられる。
山神が、はなに神勅を与えている理由。シンよりも長く山に住まう精霊は、それをシンの瞳だけで察した。
自らの予測が正しければ、彼らは。
精霊は、口の中で呟いた。
「……
しかし、それも仕方ないのかもしれない。だって、神は。
――――絶対、なのだから。
はなを連れていると、いつもは挨拶しかしてこない動物たちも群がってきて少々厄介だった。しかも、はなも彼らと戯れようとするからたちが悪い。こっちは早く目的の場所へ行きたいというのに。
はなが興味を持ったのは、彼らの話す言葉だった。
はなは嬉々として、穏やかな気性の熊の親子や滅多に見られない人間に興味津々な野兎の群れと談笑していた。
「動物と話せるなんて、物語の世界みたい!」
「そうですか?」
「そうよ!」
「まぁ、人間にはそうなのかもしれませんね」
今宵は人間が聞き取ることのできない動物たちの言葉も理解することができる。
はなは幼い頃夢に見た、動物との会話を思い切り楽しんでしまっていた。
それが当たり前なシンにとっては、面倒で仕方ない。けれど、心から楽しそうな姿を見ると、邪魔するのも悪いような気がした。それに何よりも、はなが楽しそうにしていることが、シンは嬉しかったのだ。
しかし、そろそろ限界だった。
シンは、熊の母に笑顔を向けた。
「申し訳ない。そろそろ……」
「ああ、そうね。つい、話し込んでしまったわ。ごめんなさい、巫覡様」
「いえ、構いませんよ」
また、はなの手を取って歩き出す。
会場の外れまで来ると、はなはきょろきょろと辺りを見渡し始めた。
「ねぇ、どこまで行くの?」
「もう少しで着くよ」
「ねぇ、シン」
いくら訊いても、曖昧にしか答えてくれない。じれったくなって、はなが眉間に皺を寄せたときだ。
鬱蒼とした木々が開け、その先に広がる光景に、はなは言葉を失った。
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