第拾弐話

 次の日、朝から村はお祭り騒ぎだったが、やはり祭り本番は夕方からのようで、昼間は山神への供物の奉納などの一連の儀式を行った。

 夕方が近づくにつれて、人々は村の広場に用意された祭り会場へと集まっていく。はなも、空が赤くなってから屋敷を出た。


「お嬢!」

「はなちゃん、行こう!」

「みんな……」


 なんと、村の友人たちが正面玄関まで迎えに来てくれていた。留守番の静に見送られながら、はなは半ば引き摺られるようにして会場へ向かった。

 祭りといっても、小さな村のものだ。屋台は簡素なもので、村の女たちが総出で食べ物をこしらえたのである。


「お嬢様、こちらどうぞ」


 笑顔で渡されたのは、焼いた餅を串に刺したものだ。

 勧められるままに受け取り、餅に掛かったが零れないように気を付けながら噛り付いてみる。

 はなは目を丸くした。

 とろりとした舌触りの甘辛いと、もっちりしていて香ばしい焼餅が合わさって、とても美味しい。


「おいし……!」

「そうでしょう?」


 悪戯っぽく笑う女に向かって、はなは頬を桃色に染めながら大きく頷き、今度は大きく餅にかぶり付いた。


 皆で歌って踊る。山の恵みに感謝しながら、人々は十年に一度の祭りを楽しんでいた。

 はなも友人たちと一緒に途中まで踊っていたが、少し疲れたので人気ひとけのないところまで引っ込んで、そっと息を吐いた。

 煌々とした祭りの灯りが、慣れたけれどやはりちょっと眩しい。しばし瞼を伏せて眉間に力を込める。

 視界が真っ暗になったことで、眩しさに少々くらくらしていた頭が落ち着いてきた。額の中心がきゅうっと痺れる。貧血だろうか。いや、違う。

 真っ黒の視界。その向こうに、白い光が。こっちに伸びてくる。恐怖はなかった。誰が発しているものか、深いところで分かっていたからかもしれない。

 ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 目の前が真っ白でも、なんの恐れも抱かなかった。祭り会場とは全く異なる白一色の空間に、はなは一人で佇んでいる。

 はなは背後から視線を感じて、そちらを振り返った。それと同時に、一瞬で白い空間が消失する。

 視線の主は予想通り。


「シン」

「成功して良かった」


 麓の祭り会場とはまた違う、山奥の祭り会場だ。

 シンが右手で組んだ印を解いて、そっと息を吐き出した。


「こういう術は滅多に使わない。緊張したよ」

「そんなに?」


 シンならば、どんなに久し振りに使う術でも冷静に駆使する印象があったのだが。

 はなが小首を傾げると、シンは大真面目な顔で頷いた。


「当たり前だろう。はなに、もしものことがあったらと気が気じゃなかった」


 祭りの篝火に照らされたシンの顔が妙に格好良く見えて、はなは視線をぎこちなく逸らした。慣れてきて忘れかけるが、シンは人外ゆえの独特な魅力がある。顔立ちも、そこら辺の男とは比べ物にならないほど整っている。

 真顔で、こんなことを言われたら、変な動揺をしてしまうではないか。鼓動が激しくなるのを懸命に抑える。


「さ、行こうか」

「ま、待って」


 はなの手を取って誘おうとするシンを慌てて止めた。シンが体ごと振り返り、不思議そうに首を傾ける。


「ん?」

「あんまり長くいると、村の皆が心配するんじゃ……」

「ああ。それなら大丈夫だよ」


 不安そうな様子のはなに、シンは頼もしく笑ってみせた。

 なんでも、山へ招き入れる術を使うと同時に、はなの体へも術を仕込んだらしい。

 安心していいよ、と言うシンに、はなは頷いた、シンが大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだろう。


「分かった」

「うん。時間は気にしないで、祭りを楽しめばいい」


 行こう、と再び手を引かれる。会場の中心に向かって歩き出したとき、シンが肩越しにはなを振り返った。


「はな」

「なに?」

「その浴衣、よく似合っている」


 この藍色の浴衣は、父に呉服屋で仕立ててもらったお気に入りだ。大人っぽく見えるからと、敢えて落ち着いた色味で仕立てた。

 シンに褒めてもらえるとは思っていなかったためか、不意打ちに顔が熱くなる。繋いでいる手に、力が籠ってしまう。

 はにかみながら、小さく礼を口にした。


「……ありがとう」


 シンがフッと笑うのを感じたが、はなが顔を上げたときにはもう前を向いてしまっていた。大きくて少し冷たい手に導かれ、会場へと向かう。


「きっと、はなも楽しめるから」

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