第参話

 毎年、秋は彩りの季節だと思ってきた。

 無数の木々が紅葉で色付き、素朴だが美しい秋の花が地面を飾る。

 春の華やかさも趣深いが、秋のどこか哀愁の漂う彩りも、シンは好きだった。

 手頃な岩に腰掛け、秋のどこまでも高い空を見上げた。

 山中を散策していると、間もなく冬がやってくることが窺える。ここは平地よりも季節の進みが早い。もう数週もすれば、霜が降り始めるだろう。


「秋は昔から好きだったのだが……」


 なぜかここ数年、秋を迎えるとシンは胸に穴が穿たれるような空虚さに襲われていた。

 夏に訪ねてくる少女が、自分にとってどれだけ大きな存在になっているのか。秋はそれを思い知らされる季節と、なってしまったのだ。


「それに」


 そろそろだ。

 遅くとも明日には出立されると、シンは予測している。


「寂しさ倍増、か」


 そんな呟きが森に放たれ、消えた。


 洞窟に戻ると、シンはいつも祈りを捧げる場である最奥部に向かった。

 洞窟の最奥は天井に大きな穴が開いている。天気の良い日はそこから日の光が差して、きらきらと洞窟の内部を照らすのだ。

 穴の真下にシンが跪き、頭を垂れた。すると、日没後だというのに、穴から光が差し込んでくる。日光はもちろん、月光でもない。神の降臨である。


 シン。


「ここに」


 行って参るぞ。山は任せる。


「は。お任せを」


 山から強大な力が消えたのを、シンは肌で感じた。

 嗚呼、行ってしまわれた。

 少女だけでなく、主までもが不在。寂しくない方がおかしいのだ。

 シンは唐突に苦笑した。

 こんな感情、彼女と出逢うまでは抱かなかった。彼女に影響されて、自分は着実に人間味を増している。主が彼女にあのような神勅を下したのは、もしかしたらシンに人間らしさというものを、取り戻させたかったからだろうか。

 そこまで考えて、シンは顔を上げた。


「あ……そうか」



 今日、はなは早めに休んだ。

 なんだか最近、とても眠い。

 静に相談してみたら、寝不足を指摘された。そう言われれば、ここ数日は学業が忙しくて眠る時間も少なかったような。

 試験や課題も一段落したので、今日はきちんと早く床に就いたのだ。あまり静や父を心配させたくはなかった。


「……ん?」


 目覚めた、とは少し違った。目の前は真っ暗だし、こんなところ自分は知らない。だが、夢というにも少し感覚がはっきりし過ぎているような。

 夢はもっと、もやもやするというか、朧気なのだ。自分の五感や意識が、霞のように曖昧なのだ。それなのに、この夢――夢と呼んでいいのか分からないが――はそれらがはっきりしている。まるで、覚醒しているときのように。


「んー……眠りが浅いのかな」


 眠りが浅いと夢というものははっきりするのだよ、と以前に父から言われたことがある。今、自分はその状態なのか。


「それも何か違うような……」


 闇の中で腕を組み、はなは頻りに首を捻る。


 ふわり。


 突然、だった。

 はなは目をこれ以上開いたら裂けそうなくらい、見開いた。

 この匂い。この温もり。……自分は、よく知っている。


「はな。……元気そうだね」


 耳元で囁かれた、微かに掠れた甘い響きの声音。

 はなが反射的に振り返ると、彼は――シンは、微笑んでいた。

 はなの体躯を、背後から抱き締めながら。この上なく、嬉しそうに。


「し、シン……?」

「寂しくてね。――逢いに来てしまったよ」

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