第14話 9月16日 10時 曇り、時々雨


 二度寝から目覚めた僕は、廊下をトロトロと歩いていた。天気が良くないせいか、気分も良くない。特撮番組に出てくる間抜けな格好の悪者のように、巨大化して校舎を踏み壊したくなるような衝動に駆られる。そんなふざけた気分のまま、僕は部室へと向かうことにした。

 いつ部活に入ったんだと聞かれそうだが、順を追わずに適当に説明するから、慌てずにちょっと待ってくれ。待てない人向けに結論から先に言うと、僕は部活に入ったんじゃなくて、作ったんだ。


 全寮制、しかも人里離れた山中にある醜人強制収容所、私立安居学園には普通の学校にはない設備が色々とある。僕が前にいた学校は、全寮制でも何でもない、ごくごく普通の公立高校だったから、学食も浴場もなかったし、洗濯室も反省室(問題児を押し込む独居房みたいなものらしい。僕は入ったことがない)も存在しなかった。

 その反面、この学園では普通の学校なら、備えているべき施設が極めて貧弱だった。図書館の蔵書は歯医者の待合室より少ないし、グラウンドは雑草畑と化している。ここの校庭で100メートル走をしたら、草に足を捕られて顔面を強打するだろう。

 このように学校側には、まともな教育施設を運営する能力も意思もない。そして、それは生徒の方も同様だった。建前という社会性を帯びた嘘によると、学生の本分は勉強のはずだが、この学校でまともに授業を受けているのは、1クラスあたり3人ぐらいしかいない。多少は『やらなければならない』という雰囲気がある授業でも、この有様だから、自由参加である部活動に至っては、美術部ぐらいしか活動していない。

 そのため部室用に用意されている部屋は、どこもかしこも空き部屋ばかりだ。実に簡単に手に入る。

 先週、僕が新聞部の活動申請書を書くと、学校側はまともな審査をすることなく、その場で部室のカギを僕へと手渡した。この審査というのがどれだけいい加減かというと、僕は全く同じ申請を3回行ったので、部室を3つもらえた。とんでもないデタラメだ。

 こうして僕は別荘を手に入れたわけだが、もちろん新聞など書くわけがない。とは言え何の目的もなく、部活動を作ったわけでもない。

 僕はこの学校の生徒だが、勉強などしていない。その代わり、タバコや酒を生徒に売ることを生業にしていた。この仕事は非常に儲かるのだが、流通過程でどうしても教師や学校関係者にナシをつけなければいけない。どうしてかと言うと、この学園は人里離れた山奥にあるので、僕ら生徒が外出するのは事実上不可能だ。大人の手を借りないと売り物は手に入らない。なので、僕は教師や学校の警備員(実際は生徒を抑圧する看守と呼ぶのが正しい)から、酒やタバコを手に入れ、原価の数倍で生徒に転売しているのだ。

 だが、特定の人物からだけ商品を仕入れるというのは、あまり良いやり方ではない。もし学校が100人の村だったら、その中の1人にだけ金を払い、他の99人全員に指を咥えさせるというやり方は嫉妬を生む。そうなると密告されるなどして、面倒な事態を招き、商売が破綻するかもしれない。

 要は全員の懐を潤してやる必要がある。そうするには商売の規模を拡大するしかなかった。これまでのように商品を抱えて、「やあ兄弟、一杯どうだ? タバコもあるぞ」などどいう具合に売り回るわけにはいかない。つまり店舗が必要なのである。だから僕は部室に目を付けたのだ。こんなに簡単に手に入るとは思わなかったけどね。


 その後も開店計画はトントン拍子で進んだ。面倒なことは何もなかった。笹川に部室まで備品を運ばせ、朝から晩まで働く従業員として友人である黒山を採用し、準備は終わった。これで僕は経営者らしく金勘定に専念できる。

 ゴリラのようにたくましい肉体を持つ笹川将太は、この学校の警備員だ。ゴツイ見た目と正反対に気は小さい。この男は常に命令を必要としていた。自分の頭で考えることや、自分でなにかを決めることは全くできない。もしかすると極端に失敗を恐れる性格なのかもしれない。

 数か月前、僕はこの大男にちょっとした仕事を頼んだ。それからというもの、この男は何かと僕に指示を要求するようになってきた。学校の警備員が生徒に命令をせがむというのは実に奇妙な、というより気色悪い話だが、そんなことは問題ではなかった。問題なのは、駄犬のハチ公が、毎日のように命令をおねだりしに来ることだ。適当にあしらうのが面倒になる。


 ある日はこう。

 「何か仕事ないか?」

 「ないな」


 その次はこう。

 「何かできることは?」

 「ないよ」


 最後はこうだ。

 「何でもいいからやらせてください」


 こんな調子で気が付いたころには、僕に対して敬語で話すようになったのだから笑えない。備品・商品の購入と運搬を頼んだ時も、僕が渡した金を使いたがらず、自分の金で買おうとしたぐらいだから、やはり笑えなかった。


 黒山恭児が僕のために働くようになった理由は、笹川とはちょっと違う。この見目麗しい中性的なおかっぱ頭の美少年は、僕の左目が悪くなった事件に少しばかり加担していた。どうやら黒山は僕が金を持っていることを、あちこちで吹聴して回っていたらしい。そのせいで、僕は恐喝目的の集団暴行を受けた。そのことを僕はほとんど気にしていないのだが、彼にとっては忘れがたい大きな負い目となっているようだ。そのせいだろう、僕のいう事は何でも聞くようになっていた。

 

 「ちょっと店をやるから手伝ってくれない?」 

 「わかった」

 「時給いくら欲しい?」

 「いらねえよ」

 

 これじゃ労働者じゃない。奴隷だ。日本が経済大国になれた秘密がここにある気がする。


 彼らは暴力で脅されたわけでもないのに、僕の命令を今か今かと待ちわびている。まるで病気にかかっているかのようだった。人を魅了し、心を支配するカリスマ性が僕にあるとは思えない。なら、彼らに何かが欠如しているのだろう。自由意志か、それに類似するもの。おそらく彼らにはそれがない。しかし、だがしかしだ。そんなものをもっている人間の方が少ないのかもしれないな。


 そんなことを考えて、階段で転びそうになりながら、僕は部室へと到着していた。

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塵芥の王子様 飛騨群青 @Uzumaki_Panda

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