裸体像と観察者

潤蘭

裸体像と観察者

 両腕が痙攣したようにぴんとつっぱり、身は橋渡しになってよこたえられ、力こぶを雲のようにふくらませて、過剰な力がこめられ、緊張にこわばった腹筋が、汗をしたたらせ、微細にふるえる、あの苦悶の表情の感じが、クリーム色のカーテン全体にみなぎり、周囲の空気をわななかせて、ときおり隙間からちらちらと熱っぽい月光を隠見させていた。そのたびに部屋の中央にたたずむ女神像の裸身が室内に蒼白くうかびあがった。

 裸体像はあたかもそれ一個だけが独立した時間をいきるかのように、永遠の姿をそこにとどめている。両腕を首のすぐ後ろで交差して豊満な胸を切なげにつきだし、指先はかるく海藻めいた髪の毛をなみうたせるようにたわめられ、胴体は蛇をおもわせる蠱惑的なしなをえがき、脚はいっぽうはまっすぐのばされ、一方は挑発的に軽く爪先だってくねっている。

 その裸像の四囲に、四脚の椅子がめぐらされ、そのひとつに彼がすわっていた。彼は女神像を下からみあげながら、ときおり席をかえ、角度をかえ、その裸体像をくまなく観察した。

 彼はただじっとそれをみているだけだった。ふれることはもちろん、絵に描くこともない。凝然と闇そのものに化身したかのように椅子のうえに鎮座し、ただ炯々たる眼光だけを女神像の上に造次ももらさずすべらせ続けていた。

 たとえば、その首筋から肩先にいたる指先からわずかにこぼれおちた毛髪にいろどられるゆるやかな稜線、外部へ露出するようにふくらんだ胸部のみずみずしい流線が下部へしたたりおちて、腸骨の所でまたにわかに肉をやぶりそとへ外へと官能の塊ででもあるかのように際限もなく扇状にひろがり熟れてゆこうとする腰の煩悶が、X字をえがいてうつくしいシンメトリーをなす辺り、まよいなくのばされた脚のすばらしいふくらはぎの張りのある河豚じみたなめらかな肉付き、わずかにもちあげられた踵の清流にみがきあげられたような丸みをおびた玉の足のつややかさ、……

 それらのフェティッシュな断片の統一が、みごとに裸像というひとつの芸術的な完成を夢みていた。そしてそれは対象と観察者との秘儀的な関係にあって、はじめて観察者の想像力によってのみなしうるはずだった。つまり、美は観察者があってはじめて存在しうるのである。観察者抜きにしては、いかなる精巧な芸術をも、たんなるガラクタにすぎない。

 しかし、これらの形容は、観察者が美によって強いられた面をいなめない。はたして観察者は美を評価しているのか、させられているのか、美はもの自体にそなわっているのか、観察者のなかにだけしかないのか、あるいはその関係が重要なのか、……すくなくともいえるのは、美とはそのような安全な安楽な関係を根底からうち崩してしまうような非常に危険な、ふしぎな魔力にみちたものだということである。すなわち美は木乃伊のようなものか。

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