第15話 王、崩ず
「これならば、
「何を仰いますやら。戦場を駆けられぬが口惜しい、とご
謁見の間で倒れられてより、数日。なんとか喋るまでは回復されたものの、その僅かな日々にて、元海様の
「
「は、読み上げます」
――途端竹簡が、文字が滲みました。
「これ、
「私はまだ壮健だ。君にも言っただろう、万が一に備えて、と。我ら武人には、いつ不慮の死があるとも知れぬのだ。此度の件で、身につまされた」
袖にて目元の埃を払った後、孤人は「全くです」と
「王が倒れられた、それだけで
「それは約束し切れんな」
「何としてでも、守って頂きます」
改めて、竹簡に目を落とします。
遺詔に曰く。晋賊
漢臣の中でも、
一通りを聞き遂げ、元海様は大儀そうに頷かれました。
息をつくと、枕に頭を沈められます。
「これで、大きな荷を下ろせたかな」
「何の。朝廷には、王の
「恐ろしいな。それを聞くだけで
元海様が、孤人が笑いました。
劉聡様は良く百官の助けも得られ、数多の政務をこなしておられました。元海様のお手を
孤人も少なからぬ政務に追われる日々を送ってはおりましたが、元海様直々のご要望と言うこともあり、しばしば傍らに
とは申せど、それは漢臣の内、最も元海様の
そして、あの秋の昼下がり。
夏を惜しむかのごとき日差しが柔らかな暖かみを残す、あの日。
「聞いたぞ、元達。また世龍殿が勝ったそうだな」
斯様な報せは届いておりませんでした。
いえ、無いわけではありません。
ただし、届けうる、全ての報せは伝え切っていたはずでした。
薬湯を取り落としそうになります。気を取り直し、何とか笑みを
「誠に。世龍殿の威名、もはや天下に知らぬ者もおりますまい」
うむ、と元海様は微笑まれました。しかし、その微笑みが、すぐさま曇る。
「私は、
「まさか。その偉業、高帝に勝るとも――」
「そうではない。私は、
万感を込めたお言葉だったのでしょう。
それが孤人の
――さて。
ここからは、ふたたび王、とお呼び致しましょう。
韓信殿、とあなた様をお呼びするのは、さすがに
王が崩ぜられると、間もなく
また時を同じくして、
まこと天の配剤とは、人の身にては読み切れぬにも程があります。越司の手腕に大いに頼っていた晋は、瞬く間に瓦解。漢を斯くも苦しめた
ともあれ
公の
なれど、ご寛恕下さい。
帝位に就いて間もなく
しかし劉粲様、及び周辺の者らは、常より主上に怯えておりました。強く、苛烈なる主上が王弥王浚の
問題は、その手続きが余りにも
帝位に就くや、主上は国号を
とは申せど、今にして思えば、むしろお二方が共にあったことの方が、
止めようのない事でした。故に孤人は、何の手立ても講じることも叶わぬまま、お二方の
――あぁ。
思いがけず、長々と話し過ぎてしまったようです。
近頃折に触れ、義父上が
三国志にては、漢の正統なる継承者が昭烈であった――と、控え目ではありながらも、斯く宣ぜられております。故にこそ孤人は、王に
魏は
王の徳望、その不尽たるに、孤人は確信いたしました。
なれど、蓋を開けてみれば、どうでしょう。
王が崩ぜられて後、国内は乱れ、あまつさえ漢の名をすら失うありさま。それもこれも、孤人が王に漢を襲わしめんと奏ぜねば起こり得なかったことでしょう。
悔恨の念は、今も我が身を苛んでおります――敢えて、断じましょう。孤人こそが、漢を殺すに至ったのです。
并州。
孤人に天の意は伺えず、ただ人の意がいま、主上と并州のお二方に集っていることがわかるのみ。お二方の雄才が、天下をいかに導くのか。
孤人の
并州の武運長久たるを、お祈り申し上げます。
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