第11話 宴席
「で、どうすんだ?」
開口一番、
元海様の両隣には
「北の
「下らぬ
呼延翼様が、若干の苛立ちを隠さぬままに言葉を繰り出しました。
「どの方面も到底
「怖えぇよ爺さん」と、全く怯える素振りも見せず、王弥は
「言われなくとも、騰司については動いてるさ。だがな、こっちがお仕事してる合間に鍋の底が抜け落ちました、とかご勘弁願いてえんだよ。何も、細かい方策を聞こうってんじゃねえ。この大いなる漢の覇業、どう完遂なさるお積もりか。その道筋くらいは聞いたところで減りゃしねえだろう」
呼延翼様だけではありません。劉曜様の顔つきにも苛立ちがありました。劉聡様は泰然となさっておられる風でありましたが、やはり、やや、固い。
対する曹嶷、張嵩は、共に王弥の元で修羅場を潜り抜けてきた強者。 瞬く間に張り詰めた場をいつでも破れるよう、薄ら笑いの向こうに、険気を匿するのでした。
「元達」
「は」
苦笑なされた元海様の、ただの一言。
やはりのこの手の役回りなのだ、と、孤人は内心にて盛大なる嘆息を漏らすのでした。
「
ここで言葉を切り、耳目を集めます。
「過日、
ほう、とひとしきりの関心を示した後、王弥がぐいと上体を孤人に傾けました。
「後回しにして、それで後々面倒なことにはならねえのか?」
「ならば逆に問うが、
激することなく、ただ、断じる。
いかに迷わず、投ずべきに投じ、殺すべきを殺すのか。王弥とて、手立てに絶対がある、とは思ってもおりませんでしたでしょう。求められるは、率いる者の断固たる不退転。すべきである、せねばならぬ、などと言った
しばし孤人と見合った後、王弥の目は元海様へと転じました。元海様からの付言は、ありませんでした。
わずかに、王弥の口端が持ち上がります。
「速やかに騰司を
戯れ言めかした物言いにより、触れなば裂けんばかりであった場の気が和らぐのでした。孤人の隣で劉聡様が静かに、しかし大きく息を吐かれました。
「きみが無茶に付き合うとは、毛頭思えんがな」
元海様が仰ると、「この野郎」と王弥は手元の酒杯を乾します。
「まぁ、速やかに、はこっちも願ったりだ。決めるなら手早くやらにゃならん。どのみち
王弥の言葉を、孤人が受けます。
「
「ああ。知っての通り、俺は祁弘に散々に追い立てられた。もちろんただ追い立てられたわけじゃねえ。こっちの手の者をじわじわと植え込んで行った。ただし、そいつらには手前以外に誰が入り込んでんのかは教えてねえが」
こともなげに言い切る王弥。孤人の背に寒気が走りました。
潜り込ませた間者は、陣中で誰が味方かも分からぬまま日々を過ごすことになるのです。事が洩れたところで、殺されるのは自分ただひとり。また騰司側に寝返ってみたところで、露見すれば結局王弥の手の者に殺されることになるのでしょう。
間者を送り込むというのは、斯様なことなのでしょう。しかしながら、長らく宮中深くにおり、兵法とは縁遠きところにおりました孤人では、王弥の手口、その人命の甚だ軽き扱いが、どうにも易々とは受け容れられずにおりました。
「祁弘のいまの強さは
「随分易々と言い切るではないか。成算は立っておるのか?」
呼延翼様が、さながら遠雷のごとき声色で疑義を投げつけられました。
「なきゃ言わねえよ、こんな事。ただな、爺さん。さっきも言ったが、こんだけやって祁弘に開けられんのは、ようやく針のひと穴だ。鮮卑なんざ率いてなくとも、元々奴は強ええ。鮮卑らを調略したところで、すぐに立て直してくるだろう。だから、穴を開けた側からこっちの軍をねじ込み、一気に決めにゃならん。早すぎても、遅すぎても失敗する」
「ほう」呼延翼様が腕組みします。
「その方でなくばできぬ、とでも言わんばかりではないか」
「ああ、無理だろうな」
即座に切り返す王弥に、呼延翼様がむぐ、と言葉を詰まらせました。
元海様が苦笑致します。
「
「おいおい、問いに答えただけだぜ。心外だな」
「仕方あるまい、きみの答は鋭すぎるのだ」
侍従に告げ、王弥の杯に改めて酒を注がせます。普段は酒を
「それで、阿豹。私からは、何をすれば良い?」
「金。それと、速ええ奴を貸してくれ。鮮卑どもを落とすにゃ、どうしても先立つもんが要る。いざ落としました、って段に到って、鄴をぶっ叩ける奴がいねえんじゃ世話もねえ。祁弘の
「なるほど」
元海様が、暫し黙考致します。
「ならば、
この提言に、孤人らは大いに驚いたものでした。
玄明は劉聡様の、永明は劉曜様のあざなです。即ち元海様は、帰順して間もない外様に過ぎぬ者に、迷わず大権をお預けになったのでした。
「父上!?」
さしもの劉聡様も、この発言には恐慌を禁じ得ませんでした。やおら立ち上がり、元海様をにらみ付けられます。暫し目を合わせた後、劉聡様は劉曜様に目を転ぜられます。
「永明、そなたからも何かないのか! いくら父上と言えど、無謀にも程がある!」
なれど、当の劉曜様は寧ろ愉快きわまりない、と言った面持ちでおりました。
王弥と呼延翼様とのやり取りが交わされていた折、始めこそ王弥への
「兄上、落ち着かれよ。我らが属し、また監軍には元達ぞ。仮に王弥に
劉曜様の言葉を受け、納得したわけでもありますまい。が、ともあれ劉聡様は着座なされました。
「元海。言ってくれるな、貴様の養子も」
凶暴なる笑みを、王弥が浮かべます。
「存分に、使い倒してくれ」
元海様が、
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