第10話 石世龍
「隣をよろしいか、
「
懐かしきやり取りです。ここからは、并州。敢えて在りし日のごとく、世龍殿、とあざなにてお呼びするをお許し下さい。
「アンタは
「は?」
出し抜けの問いに、孤人は答える言葉を持ちませんでした。面目なき限りです。発すべき言葉を見出せず、いたずらに世龍殿を苛立たせてしまいましたようにも思います。
「前にも似たようなことがあった。ニヤニヤしながら、おれにすり寄ってきた奴がいた。そんなに
寄らば斬る、とばかりの険気。常の孤人ならば怯み上がり、問い掛けたるを大いに悔いたことでしょう。なれどあの折にては、不思議なことに、心地よささえ覚えていたような気がします。
「いえ。珍しいのは、あなた様の目です」
「何?」
ここで初めて、世龍殿。あなた様の目の険が薄らいだのを感じました。
「鋭くも、雄々しい。気高き猛禽のごときを感じます」
「――
自ずから述べるべきではなかろうとも思いますが、孤人は不器用です。対手に応じて振る舞いを変ずるを不得手としております。それが、却って
「馬に乗らずば
「君子とは、常に己が足らざるを知り、学び続けるものです」
「ああ言えばこう言う。人相見の方が余程ましだな」
孤人としては至極真面目に答えたつもりではあったのですが、確かに、屁理屈と取られても仕方がありませんでしたね。
「まあ、いい。ならば
「何なりと」
「不思議で仕方がないのだ。あの
「孤人と王弥が惹かれて
「答になっておらんぞ」
「では、言い換えましょう。孤人も捉え切れぬのです。深くもあり、広くもある。厳しくもあり、優しくもある。実に様々なお顔をお持ちです。敢えて評せば、折々の顔がいずれも
ふむ、と顎髭を
「
今少し世龍殿と話してはいたかったのですが、王弥に来られてしまっては、それも叶わぬ事でしたね。孤人の元を離れる世龍殿を密かに見送ると、王弥とは離石に着いた後の摺り合わせ、
「時に、元達。
出し抜けの言葉ではありましたが、不思議と慌てることなく応ずるが叶いました。頷きます。
「あの若さで、深く見えている。と言って激情を押し殺している訳でもない。才だけではないな。場数も踏んでおろう」
「大分使い倒したしな。何度か
「それで、大分手下を失ってもいるようだな」
「アイツさえ生き延びりゃいいのさ。アイツが伸びりゃ、手下どもなんざいくら死んだところでおつりが来る」
こともなげに言い切る王弥の割り切りにはうすら寒きを覚えましたが、とは申せど、故にこそ王弥は苛烈なる戦場を生き延びて来れたのでしょう。経緯がどうであれ、生き延びた末に、
「しかし、驚いたな。アイツは普段、子飼いども以外にゃろくすっぽ口もききゃしねえ。だってのに、元達。お前とは随分喋ってたな。この二十年で、いったいどんな人垂らしの術を学びやがったんだ」
「人垂らしなど……」
敢えて申せば、孤人の
「まぁいいさ。聞けば元海の息子どもと、勒は年かさも近いらしいな。そこにブチ込めば、アイツも更に伸びるだろうよ」
それは、予感とも呼ぶべき物だったのでしょうか。
「
どこに隠しおおせていたのやら、元海様に拝跪する王弥は髭を、髪を整え、折り目整った朝服、冠を身につけ、見事な口上を述べ上げました。いまし日の王弥を知らぬ漢人官僚らは、離石に登城した折の野盗然たる姿との
「この位でいいか、元海。面倒くせえ話は無しだ。叩くぞ、騰司どもを」
「徳とは、その者が持つ志を強く保ち、貫くを意の基とする」
口上のみにて廷臣らを大いに揺さぶる王弥を前に、やはり元海様のみが、その泰然たるを保っておられました。
「ならば、王弥。
元海様が、天に手を掲げられます。
「精兵らよ、時はいたれり!
その大喝は、会堂をひと息のもとに呑みました。
天下を荒らす、司馬氏との戦いが。ここに始まったのです。
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