第09話 八王乱 結――漢晋争乱
乱のさなか、
越司は、やはり傑物の類である、と評さざるを得ません。
いまし日には
また西方にては、同じく越司の弟である
以上のごとく、諸王を討伐する傍ら、中原を大いなる盤面と見立て、元海様が易々と身動きできぬよう仕立て上げたのです。
「見事なものだな」
地図を眺め、元海様もそう洩らさずにはおれませんでした。
「いかに
同じく地図を眺め、宿老、
「時に、王。青州に
「山賊?」
「ほぼ、軍と申し上げても良いでしょう。騰司が鄴を迂闊に離れられぬほどの勢力を保ち、方々を荒らし回っているのだとか」
「なるほど。此方に引き込むことができれば心強いな」
元海様の言葉を聞き、呼延翼様が、に、と笑みを示されました。初老に差し掛からんとする勇将とは思えぬ、いたずらじみたものでした。
「王ならば、彼の者らを引き入れるのにさほどの苦労は致しますまい」
「何故、そう思う」
「この山賊どもを率いている者の名をお伝え致しましょう。
「――!」
がた、と椅子を倒し、元海様が立ち上がられました。
「よう
「よもや、貴様の顔を再び目の当たりにせねばならんとはな」
元海様のことです。恐らく、
洛陽にあった頃の奔放な貴公子然とした有り様はどこへやら、まるで
「聞いたぞ。元海に漢王を名乗らせたそうだな。随分とえげつない手を使う」
「世に王を収める器がないのだ。ならば作るしかなかろう」
「おーおー、怖ことを言ってくれる」
「構うな、大事ない」
徳利を受け取ると、王弥に倣います。毒など入れていない、と言う、王弥なりの気遣いです。飲まぬは、ともすればかの難物を敵に回しかねません。
「――!」
ならば、
王弥と、その取り巻きは大笑い。後に侍従に聞いたところによると、孤人は涙も
「いや、元達! 男になったな!」
王弥が肩を組んで参りました。
王弥の潜みたる屋敷、その奥の間に通され、ようやく水にありつきました。
「少しは強くならんと、女に見下されるぞ」
「それで結構」
何とかそう返すと、頭を振りました。いつまでも呆けた頭ではおれぬのです。
「余計な前置きは要るまい。王が、
「まぁ、断る理由もねえな。いいぜ」
「――何?」
肩透かしを受けた、と言うのが正直なところです。
王弥よりの返答は、余りにあっさりとしたもので。内心でどのように思うところがあろうとも、己の値を吊り上げることに腐心してこよう。そう予期し、手立てを揃えていたのですが。
に、と王弥が笑います。
「その顔が見たかった」
「貴様、
「あぁ、いいいい。元海と戯れるなら兎も角、お前とやり合うのは疲れるだけだ」
不遜にして、傲慢。とは申せど、実を求めるに愚直。たちまちのうちに、
「
「貴様をして、そこまで言わしめるのか」
「言いたかないがな。だが俺とて、ただ逃げ回るのは性に合わん。見させて貰ったさ。あいつらを、つぶさにな」
そう言うと、王弥は顎で背後に指示を飛ばしました。
――この折でしたね。
「
「は」
今でも覚えております。并州の、あの佇まい。あの頃の并州は、全てを憎んでおられた。王弥に
「ん? どうした、元達」
「今の少年は?」
「あぁ、勒か。拾ったんだよ、戦場でな。聞けば騰司に捕まり、奴隷として売り飛ばされたって言う。奴を殺したい、って抜かしやがったから飼ってるが、これが思い掛けねえめっけもんでな」
地図を持って参られた并州に対し「遅せえ」と鞭を飛ばす王弥。今にして思えば王弥なりの英才教育だったのやも知れませんが、無論、并州が王弥を許す理由にもなりますまい。
地図を広げると、石を置いて行きます。
「この石が騰司ども。で、こいつが俺」
と、王弥が自らを示すために置いたのは、玉。
「玉は王に使え」
「うるせぇな、そこじゃねえだろうが。いいか、さっきも言ったとおり、祁弘がいる限り、騰司を狩るのはほぼ無理だ。だが、祁弘と、その手下どもの間になら付け入る隙がある」
「鮮卑兵、烏丸兵か」
「ああ」
次に王弥が取り出したのは、碁石でした。祁弘を示す石の周りに白の碁石を、また騰司らを示す石の北にも、同じく白を。そして、更にその北方に、黒の碁石を配します。
「黒は?」
「
思わず、孤人は王弥の顔を覗き込んでしまいました。
慕容廆。鮮卑、慕容部の王。
今でこそ慕容部は漢朝と境を接しておりますが、この頃は
八王の乱の争乱を嫌った漢人らの中には并州、幽州を越え、更にその北、慕容らの地にまで逃れてた者もおりました。彼の者らを得た慕容廆は、急速に力を付け、狼たるを保ちながらも、中原を噛み砕かん、と爪牙を研いでおりました。
「慕容が脅威となれば、祁弘に従う者らがいつまでも南地にかかずらってもおれぬ、と?」
王弥が頷きます。
「加えて、祁弘はともあれ、結局のところ騰司、王浚は鮮卑烏丸らを駒としか見てねえ。ここにつけ込みゃ、打開の芽もあるだろう。が、今の俺には、それをなす口は兎も角、金がねえ」
そして、王弥が掴むは、金塊。どっかと、離石に置くのです。
「と、言うわけだ。宜しくな、
王弥の、この奔放な振る舞いに。
もはや孤人は、苦笑するより他ありませんでした。
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