胎児アルバイトはいがいと辛い

ちびまるフォイ

クラシック音楽はやめて!

「ようこそ、胎児バイトへ」


スタッフはにこりと笑って機械へと案内した。

奥にある機械はドーム型のゆりかごになっている。


「この中に入れば、あなたは自動的に誰かの胎児になります。

 適度な刺激を与えて母体に充実感を与えてくださいね」


「わかりました」


「これは個人的な興味で聞くんですが、

 どうしてあなたは胎児アルバイトを?」


「嫁が身重でね。胎児の気持ちを知りたかったのと、

 出産後は何かと金がかかるから貯金のためさ」


「なるほど。では、いってらっしゃいませ」


ドーム型の機械に入ると中にはひと肌の水がたまっていた。

温水プールにでも浸かるように体をしずめる。


機械の作動音が聞こえたと思ったら

次の瞬間真っ暗闇になった。


「すごい……本当に母胎に移動したんだ」


先ほどとは異なる生暖かさ。

あとはバイトとして適度な刺激を与える必要がある。


ちょっと壁を蹴ってみる。


「あなた! 今、赤ちゃんが蹴ったわ!」

「本当か! これはわんぱくな子供になるぞぉ!」


壁を隔てた外側からは嬉しそうな声が聞こえる。

これを定期的に繰り返すだけか。なんて楽な仕事なんだろう。


「あなた、子供の成長にはクラシック音楽がいいらしいわ」

「うちの子はきっと才能豊かな子になるぞ」


「え゛」


外から聞こえた話し声に嫌な予感がした。

真っ暗なここでは寝る以外にやることなんてないのに。


予感は的中してクラシック音楽が流された。


「ああ、もう寝れない……なんだよぉ!」


騒音を出す隣人に対しての苦情のように壁ドン(足)を行う。


「あなた、赤ちゃんがまた蹴ったわ!」

「きっと喜んでいるんだろうね!」


「ち、ちがーーう!!」


もう我慢できなくなって、たまらずへその緒を3回引っ張った。



まばゆい光が視界いっぱいに広がって、ドーム型の機械の中へと戻って来た。


「はぁ……はぁ……戻ってこれた……」


「おかえりなさい。いかがでしたか?」


「思った以上に、胎児バイト大変でした……。それで報酬は?」


「はいどうぞ」


スタッフから渡された料金はほんのちょっぴり。

事前に聞いていた高額アルバイトと話がちがう。


「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ! なんですかこれ!

 高額アルバイトだから申し込んだのに!!」


「このバイトは時給制です。長く胎児になればなるほど支払われるんですよ」


「ぐっ……」


たしかにすぐにへその緒を引っ張って逃げてきてしまった。

ここは納得するしかないだろう。




数日後、今度は準備万端でまた機械の中に入った。


ふたたび真っ暗で退屈な世界へと閉じ込められる。

でも今度の俺はちがう。


「ふふふ、耳栓にスマホ。お菓子にジュース。

 これなら母胎に長くとどまれるぜ」


クラシック騒音をガンガンかけようと、

親が胎児に話しかけようと耳栓してるから聞こえない。


暇つぶしも充実しているから長期戦もどんとこい。


「今度は違う母胎みたいだなぁ。ま、気長にいくか」


定期的に壁を蹴るだけの簡単なお仕事がはじまった。

しばらく続けていると、羊水がぐらぐらと揺れているのに気が付いた。


「なんだ……? 地震?」


耳栓を外すと、外からうめくような声が聞こえる。


「うう……苦しい……」


今度の母体は前ほど余裕なものじゃなかった。

皮膚越しに、ぜぇぜぇと息が切れる声が辛い。


「ど、どうしよう……。俺がいることで母体が負担になってる。

 でも今戻ったらバイト代が……」


俺がいる限り出産はない。

それはつまり母体に負担をかけ続けるのと同様だ。


「お医者さんに……見てもらおう……」


壁ごしの声は今にも死にそうだ。やっぱり戻ろう。

へその緒を2回引っ張ったところで気が付いた。


「あれ!? 耳栓どこいった!?」


取り外した耳栓が母胎の中で行方不明に。

真っ暗だからどこにいったのかわからない。


俺が戻っても中に耳栓が残っていたら何が起きるかわからない。


「まずいまずいまずい……早く見つけないと!!」


手探りで必死に探すも、暴れるものだから外からはつらそうな声が聞こえる。

はやく見つけないと最悪、母体が死んでしまう。


「そうだ! スマホ!!」


スマホのライトをつけて耳栓を見つけた。

すぐにへその緒を引っ張って、母胎から離れた。


ドーム型の天井が見えた瞬間、戻ってこれた安心感が全身を包んだ。


「はぁっ……はぁっ……危なかった……」


「お疲れさまでした。最長アルバイト記録ですよ。

 さぁ、報酬をどうぞ」


「ありがとうございます」


アルバイト代を受け取って家に帰った。




「ただいま……今日はすごく疲れたよ……」


家にいた妊娠中の妻は俺の顔を見て、嬉しそうに今日の報告をした。


「あなた! 大変よ! 今日、お医者さんにお腹の子の映像を見てもらったの!

 私の赤ちゃん、お腹の中でお菓子食べてたわ!!

 生まれてきたらどんな子になるかな!」



「お、俺に似て……賢い子になるんじゃナイカナー……」



耳栓見つけられて本当によかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

胎児アルバイトはいがいと辛い ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ