二話
山の頂上。星を遮るものは何もない。人工的な光も、高い木も。ただ、星を見るためだけに作られたかのような場所で、二人の少年少女が寝転がっていた。少年はどこか浮ついた様子で。少女は真夏だというのに長袖を着て。二人の間はただの友達ではないとわかるほどに近かった。
「ねぇ」
少女が携帯電話で星空の写真を撮りながら、少年に話しかけた。お互いの顔は暗くて見えないのだろう。少年も星を視界に据えたまま、返事をする。
「ん?」
「愛の大きさってさぁ、なんだと思う?」
満天の星空の下。突飛な質問が少年に投げかけられた。とても年相応とは言えないその質問に、しかし少年は笑うことなく真剣に答える。
「愛っていうのは感情だから、大きさとかは……」
「そういうことじゃなくて。紫苑はそういうところで変に現実的だよね」
どこか罵倒するような口調でなだめられた少年は、静かに夜空を眺めながら少女の続く言葉を待った。少しの間だけ、沈黙が二人の間に居座る。一秒、二秒、三秒。やがて、二人の頭上を流れ星が横切った。そして、少女はまるでそれを待っていたかのようにほとんど同じタイミングで声を発する。
「私はね、相手に自分をどれだけ捧げられるかどうかが愛の大きさだと思うんだ。だから、髪の毛一本しか捧げられないんだったら、愛はそれくらいの大きさしかないってこと」
「……とんでもない持論だな。それだと自分の全てを捧げるって言っても身長の高い人の方が愛が大きいことになるけど」
「ほらまた現実的だ。それに愛は大きさじゃないんだよ、っと」
会話が途切れるのと同時に、少女は少年の方へ体の向きを変えた。吐息が少年の頬に当たり、二人の間にしばしの緊張が漂う。しかし、それは少年だけが抱いた緊張で、少女は臆することなく少年の手に指を絡ませる。
「ねぇ」
再び、少女が少年に呼びかける。甘く、可愛らしくて——それでいてどこか悲しげな声。今度は少年の返事の代わりに流れ星が一つ、二つ。やがて輝きが散りばめられた漆黒の空を横切り、群れを作る。予報通りの流星群が空を駆け巡り、その夏の星空の下で——、
「紫苑は私にどれだけ捧げられる?」
少女の言葉だけが静かに響いた。そこに流れた沈黙は、それほど長くは続かず、二人の少年少女を見つめる星たちも、少年の答えを今か今かと待ち望んでいるようだった。
やがて小さく息を吸い、少年は言葉を紡ぐ。
「————」
少し拗ねた風に、少女にだけ聞こえるように答えた言葉は夜風に流され、他の誰かには聞こえない。ただ、少女にだけはその答えが届いて、どこか満足した風に少女は微笑んだ。
「紫苑だけだよ。そんなこと言ってくれるの。——私のお母さんもお父さんもそんなこと言ってくれない」
「嘘だ。いっつもお母さんと仲良くしてるじゃん」
少年は今度は自信満々でそう答える。いつも少女とその母親が仲良くする姿を見ていたから。でも、少女はそれを手放しで肯定することはなかった。
「そう見えるんだね、周りから見たら」
「えっ?」
少年は短く疑問符を発した。少女の声にいつもはない、寂しさだったり怒りだったり、色々な負の感情の棘があったから。でも、その疑問符に少女は答えることはせず、まるで無視するかのように立ち上がって、
「ありがとう。今日のことは一生忘れないよ」
とだけ言って、「ほら、写真撮ろう」と少年に顔を寄せる。夜空を背景にして、二人並んでの写真。カシャ、カシャと二回だけシャッター音が鳴って、「よし」と、少女は歩き始めた。
いきなりの行動を引き止めようと少年は手を伸ばすが、手のひら一つぶんだけ届かない。届かなくて、呼び止めようと声を掛けようとして、少女の背中が「もう構わないで」と言っているように見えて、口を閉じた。遠ざかっていく少女の姿を見ながら、少年はついさっきまで繋がっていた手の感触を思い出して、頬を赤らめる。
「
少年は手に残った温もりで、手の感触を反芻しながら呟く。やがて、降り続いていた流れ星も姿を見せなくなり、星空はいつもの姿に戻った。それと同時に、少年の天体観測も終わる。
翌日の日曜日。少女——風香の死の知らせが少年の耳に届いたのは、昼過ぎのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます