シナウ
@Isen
手合わせ
手合わせ
セミの声がうるさく轟く、暑い日のことだ。
目に入ろうとする汗が、僕の視界を執拗なほど邪魔を試みる。
しかし、そんなものには構ってられない、今は目前に集中しなければ一太刀を浴びせられてしまうだろう。
刀を持つ左手が、徐々に僕の体力の限界を告げ始める。
どうにかなりそうな程の熱気と、その恐怖心が一瞬、緊張の糸を殺してしまった。
僕は何をされたか分からないまま、ただ視界が狭まっていくのを黙って見ているほかなかった。
ああ、負けたのか、と。
———?
何やら、見慣れた天井の模様がカゲロウのように現れる。
その模様が何なのか分かったと同時に、左手の耐え難い痛みに思わず声を上げた。
「おはよう、糸田くん。」
柔らかなこの声の持ち主は、部長の坂上さんだ。
それと対照的に、この人の太刀筋は強烈で防具の上からでもあざができてしまうほどだ。
「部長…僕は確か見学の子と手合わせして…それから…。」
記憶の糸を少しずつ辿って、思い出そうとする。
「そう。糸田くん、面を打たれた瞬間に倒れたの。暑さのせいだと思ったけど、頭を打ったから皆で運んできたんだ。」
ああ、そうか。少しだけ頭が痛いけど、それよりも左手に動かせないほどの痛みが走る。
これは———。
「左手。腱鞘炎治ってないのに、がむしゃらに打ち込んで行くんだもの。動かせないでしょう?」
部長がすべてを言ってくれた。やっぱりこの人はリーダーの素質があると納得すると同時に、少し母性を感じて胸が締め付けられた。
「はい…。でも、稽古の中では手を抜きたくなくて。特に、新部員になるかもしれない子には全力を見せたくて。」
ベッドの柵に寄りかかって身体を起こし、部長の顔より少し高い位置に視界をおいた。
「わかってる、それが糸田くんのいいところだって、私もわかっているから。でも。」
僕はその胸を締め付ける母性に耐え切れず、少しばかり笑みを浮かべる事で苦しさを逃した。
「何笑ってるの。おかしいこと、言った?」
ああ。この人にかかっては、すべての言葉、仕草が美しく、何より…可愛い。
そんな月並みの言葉しか出ないほど、苦しい。
「いえ別に…部長は本当に面倒見がいいなと思って。あなたが部長でよかったです。」
シナウ @Isen
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