エピソードその3

 ―――約2、3日後。王都アンバルシア北区郊外、集合墓地


 一言で例えるなら、そこは風が良く通る草原を思わせるような場所だった。目に止まるのは整然と並び立つ白い十字架と、あるだけマシといったていで設置された、理力付与エンチャント式の街灯。そしてそれよりもまばらに植えられた、青葉生い茂る広葉樹。


 掃除の行き届いた、点々とした石の足場で舗装された歩行者用通路や、 吹き抜ける風にざわつく刈り揃えられた芝生や、手入れの入った広葉樹を見るに、几帳面……もしくは信心深い管理者が、ここを管理しているのだろうと予想出来た。


「そろそろだな」


「本当に最後まで歩かせるだなんて……馬車を使った方が、私は良かったと思うのですけれど?」


 マテウスが振り返って声を掛けると、ロザリアが今日何度目かの悪態を吐く。子供のように拗ねた表情を浮かべる彼女の様子に、その横を歩くフィオナはどんな言葉を掛けていいか、躊躇ためらっている様子だ。


「そんなに遠くなかっただろう? それに、君は寝たきりで少し体力が落ちている。これぐらいの散歩がリハビリには丁度いいじゃないか」


「リハビリの仕方ぐらい自分で選びます。それに、ずっと荷物を持たせたままだなんて……本当に私の事を女として見てくれているのかしら?」


 そう零しながら、両手に抱える花束に視線を落とす。薄いピンクのリシンアンサス。その色を際立たせるようにカスミソウが散りばめられただけの、シンプルな花束が発する甘い香りが、ロザリアの鼻腔びこうくすぐり、拗ねた顔が崩れて彼女に少しばかりの笑顔が戻る。


「俺だって怪我人で、両手が荷物で塞がっている事ぐらい、見れば分かるだろう? まぁその程度の花束では、君の引き立て役にもならないのは分かるが、我慢して欲しい所だな」


「まぁ、お上手ですこと。これが、お供え用の花束でなければ、もっと素敵だったのに」


 ロザリアからの冷たい流し目を浴びながら、足を止めて肩を竦めてみせるマテウス。それ以上、マテウスに対しての追及がない所をみるに、まぁそれなりに満足しているのだろう。彼を追い越して歩いていく背中は、幾分か弾んでいるように見えた。


「ポイント低いなぁ~、マテウスはんはぁ~。どこ見てるんっ? もっと他に褒める所、沢山あるやろっ。アホッ!」


「ほう……例えばどんな?」


「まずは、あのレース素材でクロップス丈の白ブラウスやねっ。ボートネックやから、ロザリアねえさんの綺麗な首元は丸見えなのに、胸の谷間は隠れてて、上品で可愛いやん? そんでもって、おっきな胸に押し出されてゆったりとした上半身をキュッと見せる為の、紺色のリボン状タイベルトッ! めっちゃガーリッシュやろ? そんで同色のアシンメトリータイトスカート。膝の上がチラッと見える所とか、お尻のラインとかめっちゃセクシーなんよっ。これっ、上半身とでギャップを演出してるんやでっ? 因みに因みにな。なんでタイベルトが同色やと思う? ああするとな、下半身の長さの錯覚を起こすねん。おかげで、元々スタイルええロザリア姐さんは、めっちゃ足、ごー綺麗に見えるやろっ? なっ? マテウスはんっ、見てる? 見てるっ?」


「あぁ、見てる見てる。そんなに褒め称えるぐらいなら、君も制服なんか着ずにロザリアに選んでもらったら良かったんじゃないか?」


「そっ……それは、確かにその手もあったかもしれへんけど……今日は、この格好のがええのっ。それに、この制服だって十分可愛いやんっ。さすが、ヴァ―ミリオンさんやなぁ」


 両手を広げて、身体を左右に回しながら、自らの制服を確認するフィオナ。そうする事で、プリーツスカートがヒラヒラと揺れて、丸みを帯びた柔らかそうなヒップラインがクッキリと浮き立つ黒いスパッツが見え隠れする。


「それに比べてマテウスはんは……」


 自身の制服から、マテウスの衣装へと視線を移すフィオナ。上からツギハギだらけになった襤褸ボロのピチピチのシャツに、着丈が短くなってきているブレと呼ばれるズボンだけの、独房から逃げ出して来た包帯だらけの囚人のような、ファッションと呼ぶのも烏滸おこがましい悲惨な格好に頭を抱える。


「はぁ~……こんなん一緒に歩くロザリア姐さんやウチが可哀想や……」


「下級市民の一般的な服装なんだがな。というか、それについては既にロザリアには揶揄からかわれた後だよ」


「なんて言われたん?」


「コーディネートにお困りなら、いつでもお付き合いしますよ、とかなんとか」


「それって、デートのお誘いやんっ! なんてっ? なんて答えたんっ?」


「困る事はないだろうから、必要はないと」


「はぁぁ~~~~……」


 今世紀最大の溜め息を目の前で吐き出されて上に、どうしようもないゴミを見詰めるような瞳で見上げられると、さしものマテウスも余りいい気分はしない。しかし、声は一切荒げずに、静かに答えを返す。


「別にいいんだよ。あの女は相当な捻くれ者だからな。俺がどう答えるかまで、見越した上で揶揄ってるだけで、他に意味はないさ」


「捻くれ……? ロザリア姐さんが? そんな事ないやろ」


「あるんだよ。さっきのやり取りだって、俺をやり込めたかっただけだろう」


「そんなん、マテウスはんの被害もーそーって奴やよ」


「本当にそうならどれだけ可愛げがあるやら……あの女の場合、本当に荷物を肩代わりして欲しい時は、絶対にそれを口にしたりしないだろうからな。捻くれ者な上に、負けず嫌いなんだよ。因みに、今までの俺達の会話も、全部聞き耳を立てている筈だぞ」


「……へっ? 嘘っ。ウチの話、全部ロザリア姐さんに聞かれてたん? 嘘やんっ」


 マテウスに近寄り、前を歩くロザリアの背中を見詰めながら、声を潜めて話し始めるフィオナ。最初からこの声量なら問題はなかっただろうが、既に後の祭りだ。しばらく観察していたフィオナの視線の先で、急にロザリアが横顔だけ向けて、口を開いてべーっと伸ばした舌を見せる。


 それを見た瞬間、フィオナが顔を真っ赤に染める。憧れの人に自身の田舎臭い喋り方を全て聞かれていた上に、勝手に姐さんだなんて着けて呼んでいた事が露見したのが、この上なく恥ずかしかったのだ。その顔を横目で確認したマテウスは、ささやかな報復の成功にうっすらと笑みを零した。


 その後のフィオナは、顔をうつむかせたまま、マテウスの身体にその身を隠すようにして、彼の後に続いて歩いてく。右手でマテウスの背中のシャツを掴んだまま力なく歩く様子は、自らの意思とは別に引き摺られていく、奴隷のような姿であった。


 そんな彼女の痛ましい姿に、歩き辛いな……とだけの、酷薄な感想を抱きながらも、振り払おうとはせずに好きにさせていたマテウスだったが、目的地を目前にして急に立ち止まる。前を見ていなかったフィオナは、マテウスの堅い背中に額をぶつけて、あうっと、小さく声を上げる。


「もう、なんやのん? マテウスはん。急に立ち止まらんといて……」


 非難の声を上げながら、マテウスの背後から顔だけを覗かせて、彼の視線の先を確認したフィオナの言葉尻が小さくなって消えていく。目的地である墓前に、先客の姿があったからだ。180cm近くの大柄な体躯は、既に死んだ筈の友達の姿をフィオナに彷彿とさせたが、こちらの存在に気付いて振り返った先客の獰猛な瞳や、胸元を開いて制服を着崩した姿は全く対照的で、似ても似つかなかった。


 先客は、小さく舌打ちを零しただけで、なにも言葉を零さずに3人が歩いて来た道へと戻っていく。


「フィオナ、これを頼む。目的の墓は、あの木の向こう側だ。先に行っていてくれ」


「ちょっ、そんな一気に渡されてもっ……大体、先行けってマテウスはんは、どーする……あぁ~」


 踵を返して先客の後を追い始めるマテウスを見て、ある程度を察するフィオナ。


(あれは確か、ドリスさん所の制服やよね? ちょーっとおっかない顔しとったけど、結構綺麗な人やったし、どんな関係なんか後で問い詰めてやらんとなぁ~……ふっふっふっ。ウチだけなら見逃してあげてもええんやけどぉ~。これもアイリちゃんとレスリーちゃんの為やんね?)


 などと考えながら、マテウスからどんな恋バナが聞けるか胸を弾ませていたフィオナだったが、顔を上げた先でロザリアと視線が合ってしまい、彼女と2人だけで取り残されてしまった事実に気付いて、頭が真っ白になって、マテウスから受け取った掃除道具を落として固まった。

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