エピローグその4
「おい、待て。話がある」
「アタシにはねぇよ。いや、1つあったか……糞ツマらねぇ事しやがって……」
振り返った女、カルディナ・ベルモンテが口を開く。その顔は赤みを帯びていて、近づけばそれと分かる酒気を漂わせていた。
「また飲んでいるのか? それに、詰まらない事というのはなんの話だ?」
「惚けてんじゃねぇよ、
「あぁ……あの時、
カルディナの言葉で、彼女がなにを言わんとしているのかを、ようやく知り得るマテウス。彼女が口にする騎士鎧の件とは、そのまま、先の
本来、あの<パーシヴァル>を倒したのは赤鳳騎士団になる所を、マテウスから女王ゼノヴィアに口添えして、白狼騎士団の手柄にしておいたのだ。
「余計な事を……やってもねぇ手柄貰って喜べってか? 喧嘩売ってんなら、今アンタの首を叩っ切って、手柄にしたっていいんだぜ?」
「確かに、君のボスなら、騎士鎧撃破の功績よりも飛んで喜びそうだが、そいつはごめん
カルディナなりの挑発だったのだが、相変わらず
「それに俺達では、窮地を救って貰った礼をああいう形でしか出来なかったんだ。素直に受け取っておいてくれ」
確かにマテウスが口にする通り、赤鳳騎士団ではあの場面での助力に対して、白狼騎士団への謝礼を形にするのは難しいが、彼が騎士鎧撃破の功績を譲ったのはそれだけが理由ではない。
まず理由の1つにあるのは、白狼騎士団への配慮だ。白狼騎士団にとって今回の出撃は、彼女達の主であるヘルムート・オーウェン公爵の意思に逆らい、教会にも目を付けられかねない代物だった。
そんな危険な行為にも関わらず、(一応、それなりの成果は上げているが、オーウェン公が望むような功績ではないので)大した成果を上げられぬまま、被害を出したとなれば、カルディナの立場が危うくなるのは誰の目にも明らかだろう。
だが、第4世代騎士鎧の撃破はそれを打ち消す功績の1つとなる。昨今、余り見られなくなった騎士鎧同士の決闘による勝利は(決闘での勝利の方が価値が上がる為、話の上でそう作り替えられる)、そのまま主であるオーウェン公の武力を示すものとなり、華のある話題として重宝されるし、突入予定だった神威執行官達の被害を減少させたと、教会に認めさせるにも、十分な材料といえるからだ。
白狼騎士団の団員に被害が出ていた事も踏まえれば、その弔い合戦というべきこの戦いは、更なる美談として語られる事になるだろう。
マテウスが、この配慮をそのまま口にしないのは、彼がカルディナという女の性格を良く知っているからだ。正直にこの理由を並べた所で、カルディナの侮られたと受け取り、その反感は更に強くなるのは、明白なのである。
そして、もう1つ彼が口にしなかった理由があった。それは、赤鳳騎士団の都合から、この事件に関わっていた事を表沙汰にしたくなかった為というものである。
国と教会が管理する理力付与技術研究所を襲撃し、それを全壊させるという大事件にも関わらず、この事件の全容は依然として掴めていない。公式では、N&P《ノーランパーソンズ》社の理力付与技術研Aチームに所属していた、オイゲンという男が首謀者となって、暁の血盟団という反政府組織を結成。
ニュートン博士を始めとした、Aチーム研究職員や別地方の工場で働く技師達を、教会から解放する事を目的に理力付与技術研究所を占拠するものの、組織の全員が戦闘中に死亡、もしくは捕縛、その後に処刑された事になっている。
勿論、その発表は表向きなもので、大衆を安心させ、自らの威信を守る為に、治安局と教会が、襲撃者の末端の話や、現場の状況から作り上げたものだ。襲撃者達が使う粗悪な装具の数々や、ショックプロシオンのような大量の爆薬の
そんな事件に、まだ大した実績も残していない、未熟な赤鳳騎士団が偶然にも居合わせていて、華々しく襲撃者を撃退し、奇跡的に騎士鎧撃破の功績まで残したとしたらどうだろう? 周囲は素直に賞賛するだろうか?
答えはノーだ。虚言として扱われるだけならまだマシで、最悪の場合、事件との関連性を疑われる展開すら有り得ると、マテウスは考えていた。そして、そんな噂が立ち、治安局や教会に目を付けられるような事になれば、まだ歩き始めたばかりの小さな騎士団では、そのままマトモな活動すら行えずに立ち消えてしまうだろう。(事件発生後に女王の発言から襲撃者の撃退に動いた白狼騎士団とは、立場が違う)
つまり、マテウスは自身達の都合で、白狼騎士団を隠れ蓑に使ったのである。実際、それは成功していて、治安局も教会も赤鳳騎士団は偶然居合わせ、事件に巻き込まれた程度の認識しかない。マテウス達が騎士鎧と戦う姿を目撃していた筈の、襲撃者達の大半が、研究所の崩壊に巻き込まれて死亡した為に出来た事だった。
当然、そんな悪質な理由を素直にカルディナに伝えるような
「言ってろ。アンタが腹ん中でクソッたれな事を考えてる事ぐらい、お見通しなんだよっ」
マテウスがどういう理由で自身に功績を譲ったのか、その全ては理解出来ずにいるものの、直感的に裏に隠れる打算を感じ取っているのだろう。彼の掌の上で踊らされていると知りながら、白狼騎士団の為には飲まざるを得ない……そんなジレンマが、彼女の苛立ちの原因であった。
「そんなつもりはないんだが、これ以上は言っても無駄だろうな。それよりもだ、なにか進展はあったか?」
「あぁ? なんでそんな事をアンタに……ッチ。まぁいいか。どうせなにも進展はねーんだからよ。残党は教会が残らず引っ張って、好きなだけイタブって
「あの状況で、身を挺して多くの職員達を救ったのだからな。俺達が、力になれればもう少し違う結果もあったんだろうが、先に脱出してしまってすまなかったとは思っている。だが、こっちにだって被害者は出てるんだぞ?」
マテウスは、未だに自身の身体中に残る擦り傷の痕や、痣。それと、入念に包帯を巻いた右手をカルディナに向けて見せた。
「ハッ……いい気味って奴さ。そんなくっだらねぇ話がしたいんだったら、そこら辺の十字架とやってろよ。アタシは帰るぜ」
「デニスを見た」
「……は?」
背中を向けて酒を浴びるように飲みながら歩き去ろうとしていたカルディナが、マテウスの出した名前に足を止める。その名前が、カルディナにとって自身の耳を疑うようなモノだった為、聞こえていても聞き返さずにはいられなかったのだ。
「あの研究所から脱出しようとした最後の瞬間に、デニスに会ったよ」
「……嘘だろ? オイ。だってアイツは、ゴードンの旦那と一緒に、ブラオヴァルトで……ハハッ、またお得意の幻覚でも見たんだろ? アンタ」
「どうかな。俺だってその顔を見た瞬間、自分の目を疑ったぐらいだからな。だが、もし幻覚じゃなかったとしたら……おそらく今回の事件、裏で手を引いていたのはデニスだ」
「はぁ? 本気で言ってんのか? アンタ……デニスが……生きていて?」
カルディナの言葉は全てマテウスに対してのモノではない。眉間に皺を寄せた険しい表情で俯いて、言葉の意味を確かめるように呟くその姿は、自身の心の内を整理しているようであった。
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