狼は友の死を悼むのかその3

(恐らく、仕留め損なったな……)


 投擲した黒閃槍シュバルディウスが、自身が想定していた場所よりも数cm単位で上に反れた。それがマテウスには気に入らず、自らの右手と空から自由落下して、地面に突き刺さった黒閃槍を見下ろして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 その前に、マテウスが<パーシヴァル>の足元を潜り抜けて、振り向きざまに放った足払いにしてもそうだ。あれは、アイリーンが連れ去られた夜に、彼がカヴァテットの後ろ脚の腱を斬りつけた時と、同じ技だった。


 もし、本来の威力が出せたなら、<パーシヴァル>の足を弾き飛ばした上に、腹を着かせて動きを止める位は出来たのであろうが、今の状態ではよろめかせる程度が精一杯といった所だ。


 マテウスは、決して小指を失うという事を軽視していた訳ではなかったが、今まで気付き上げて来た経験を失い、戦闘の最中で色々見つかる不自由を、少しずつ修正しながら戦うのは、中々骨が折れる作業だなと、そんな感想を抱く。そして問題は、その作業がまだ終わっていないという事だ。


 マテウスがこの中庭に降り立った時から、既に彼等はそこにいた。アイリーン達が隠れている本館、その1階。襲撃者達は<パーシヴァル>の戦いをずっと眺めていた。


 しかし、彼等にとって今回の作戦の要である騎士鎧ナイトオブハートが、こんな場所で負ける訳ないだろうと高みの見物をしていたにも関わらず、遥か上空で消し飛んだ<パーシヴァル>を見上げて、誰もが声を失っているようだった。


(10……20は、いないようだが……いや、他にもいると考えるべきだな)


 現状マテウスは、黒閃槍の理力倉カートリッジは当然として、靴型装具エアウォーカーも既に理力が尽きている。<パーシヴァル>の足元を黒閃槍を使って潜ったのは、別にパフォーマンスではなく、あの時点でエアウォーカーの理力倉が空だったからだ。つまり現状、裸で戦場に放り出されている戦況と、大差ない。


 今は状況が飲み込めずに呆然としているようだが、彼等が正気を取り戻してマテウス達を敵性として認識した時、素人集団とはいえ20人はいるだろう襲撃者達を相手にするには、武装が心許なかった。距離を詰める事が出来ればあるいは……と、マテウスは考えるものの、それが1番難しいという、単純な問題が立ちはだかる。


 頼みの綱は、殲滅の蒼盾グラナシルトによる一斉撃破や、輝く障壁による防壁を期待出来るエステルなのだが……


「エステル、理力倉は残しているか?」


「ないっ! 全てあの騎士鎧に、叩き付けてやったっ……って、アウゥッ!?」


「だろうと思っていたよ」


「ならば、何故殴るのだっ!」


「声がでかいんだ、君は。2度目だぞ? 学習しろ」


「むっ、そうだったな」


 この調子である。では、もう1人の頼みの綱であるパメラはどうだろうか? と、視線を上に上げるマテウス。しかし、先程までいた場所に彼女の姿はない。彼はそのまま視線を彷徨わせてパメラの姿を探し、4階会議室前に視線を移動させたところで彼女を見つけた。


 そこには、パメラの他にヴィヴィアナとアイリーン、そしてレスリーの姿があった。いつからそこにいたのかまでは知れなかったが、自身の戦いを見ていたであろう事ぐらいは、マテウスにも予想がつく。


 本来なら、パメラの助力を期待したいところだったが、こうなると彼女はアイリーンの傍から離れないだろうし、総じて判断するのなら、そちらの方が都合がいい。出来る事ならそのまま、彼女の護衛をしながら安全な場所へ移動して欲しいぐらいだが、マテウスにはそれを伝える通信手段がない。


 マテウスは彼女達が会議室の中へと消えていくのを確認しながら、この赤鳳騎士団の制服を本採用するなら、そういう通信系装具を付属するように、ナンシーさんに頼んでみようか? などと、頭の片隅で考える。


「エステル、残りをやるぞ。近づくから援護してくれ」


「そうは言っても、理力が尽きているのだぞ? 一体、どうやって?」


 エステルの問いには答えず、マテウスは黒閃槍を拾い上げて、襲撃者達に見せつけるようにゆっくりと空の理力倉から空の理力倉へと、交換作業する。この動作で、襲撃者達には騎士鎧を倒した上位装具オリジナルワンが、再び猛威を振るうと勝手に悟った。


「さぁ、いくぞ。走れっ」


 エステルの背中を叩いて走らせると、その後ろからマテウスが黒閃槍を構えながら追う。その光景を見た襲撃者達の半分以上が、我先にまるで蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ始めた。懸命だ。彼等が持つ貧弱な装備で、騎士鎧を倒すような上位装具の相手など、出来る筈がない。


 そして半分以上の人員が逃走を選択すれば、残る者も吊られるようにして後を追う。結局、喰い止まってマテウス達に攻撃してきたのは、僅かに残った3人だけだった。つまりマテウスは、理力倉の交換という動作1つで、10人以上の敵を退けて、各個撃破する為の機会を作ったのだ。


 そして僅かに残った3人の攻撃も、理力解放をしていない殲滅の蒼盾を前にして弾かれる。勿論、このままでは大盾の耐久がもたないが、マテウスは彼の射程に入った瞬間、エステルの背後から横に少し移動して黒閃槍を投擲した。


 当然、理力残量が尽きているので爆発などはしなかったが、黒閃槍は窓を突き破り、見事に襲撃者の1人の胸部中央を貫いて、壁へ突き刺さる。


 しかし、壁へと突き刺さった黒閃槍を見た残りの2人は、突き刺さった後に爆発すると思ったのだろう。慌てて黒閃槍から飛び退いて、頭を抱えてうつ伏せになりながら、爆発に備える。その大きな隙に、マテウスとエステルは窓から館内へと飛び込んで、うつ伏せになった2人をそのまま永遠に眠らせた。


 その後にマテウスが、彼等から武器を回収しようと死体を漁っていると、エステルから声が掛けられる。


「遺品を荒らすなど、まるで野盗ではないかっ。止められよっ、マテウス卿」


「……なら君は、このまま俺に丸ごしで戦えと言うのか? ったく、冗談キツイぜ」


 マテウスは、半ばウンザリした様子の声を上げながら、エステルの言葉を無視して武器を回収。立ち上がって、反撃に向かおうとしたその時、少し離れた場所で爆音が鳴り響く。再び腰を低くして身構えながら、その場所の方角に視線を向けた。


「一体、何事だっ?」


「確かあの方角と距離は、正門付近だった筈だが」


 マテウスは空を確認する。時刻は未だ夕刻前。ゼノヴィアが予想した、神威執行官突入時刻にはまだ早いが、状況が好転した結果、突入が早まったと考えるのは、少々楽観的だろうか? その後に聞こえてくる喧騒は、交戦の音。その音がマテウスに、楽観などではなく、襲撃者達が赤鳳騎士団以外の何者かと交戦している事を、確信させる。


 そして音の方角の十字路から、姿を現す2人の襲撃者達。マテウス達の事は彼等の視界にも映っているのだろうが、それ以上に背後から追われるなにかに気を取られているようで、悲鳴を上げながら此方へ駆け寄って来る。


 来るというなら迎え撃つまでだ……そう考えたマテウスが、少しだけ上体を前に倒しながら腰を落とし、襲撃者達を前に構えた所で、突然に彼等の背後から白い影が高速で迫る。その高速移動で巻き起こる突風を前にして、マテウスとエステルは手をかざしながら両足に力を入れてその場に踏み止まった。


 そしてその間に、全てが終わっていた。マテウス達の目の前で足を止めたのは、白い騎士鎧。その容貌は、下半身が普通の鎧なのに対して、上半身が異形染みていた。


 背中が大きく張り出していて、猫背のような曲線を描いており、異様に大きいのだ。そして、足よりもたくましい造りの両腕は、前脚と呼ぶ方が相応しく、鋭利に伸びた大爪付きの両手で地を踏みしめながら、4足歩行のようにして大きな上半身を支えていた。


 なによりも特徴的なのが、両肩と顔に備え付けられた、狼の頭部を模した兜と肩当てだ。その白い牙は、既にどれもが血で赤く染め上げられており、同じくぼんやりと赤く光る6つの瞳が、マテウスとエステルを捉える。


「よう、まだ生きてたのか? アンタも大概しぶてぇなぁ」


「……その声、やはりカルディナか」


 白い騎士鎧が、身動ぎしてマテウスへと向き直ると、踏みつけにされていた襲撃者の遺体が、悲鳴を上げるように骨をきしませた。同時に、右肩の狼に喉笛を骨ごと噛み砕かれて、宙吊りのまま絶命していた襲撃者が、その大きなあぎとから解放されてドサリと音を立てて地面へと倒れる。


 <ランスロット>と同じ白でありながら、血で汚れる事が前提であるかのような、鈍色の白。その全身が、僅かな明滅を繰り返す。それは理力の装甲のみで顕現された第5世代以降の騎士鎧である証明。


 白狼騎士団団長カルディナ・ベルモンテが纏う、マルドレナ製第5世代騎士鎧<フローレンス>が上体を起こし、2本足で立ち上がってマテウスとエステルを見下ろした。

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