狼は友の死を悼むのかその2

 ―――同時刻、理力付与技術エンチャントテクノロジー研究所アンバルシア支部、中庭


 パメラは幾度目かになる、<パーシヴァル>への有効打を入れて、追撃はせずにすぐさま後ろに下がった。その直後、槍のように鋭く隆起した大地が、パメラのいた場所を貫く。一瞬たりとも油断出来ない状況でありながら、彼女は小さな戸惑いを胸の内に抱いていた。


 相手を殺そうとしない戦闘……リネカーとして戦闘技術を叩き込まれて以降、そんな戦闘をした事がなかった彼女は、どう立ち回ればいいのか迷いがあったのだ。だが、マテウスの指示に従ってそんな戦闘を行う事を選んだのは、己自身だ。そうした、自身の奇妙な心の変化も、彼女が抱く戸惑いの原因といえた。


『無理な追撃は必要ない。意識を上に割いてくれればそれでいい』


 マテウスの指示は、短く纏めるとそれだけだった。パメラには、その程度の事で目の前の騎士鎧ナイトオブハートが倒れるとは思えなかったが、彼には大きな借りもあったし、それとは別に、これまでの戦闘から彼が自らより上である事を……否。自らよりも、異様な存在である事を認めざるを得なくなっていたので、彼の指示通りに動いてた。


 戦闘の合間、<パーシヴァル>の見せる理力解放インゲージの隙を、壁に張り付いて見定めながら、マテウスが見せた高度なやり取りを、パメラは思い出す。


 グリージョサイクロン。使用者の周囲を無差別に斬りつける暴風を起こす理力解放。あの時のパメラは、その範囲と威力を見定めて、ギリギリのラインまで距離を取る事で回避とした。だがマテウスはその遥か手前で足を止めていた。パメラはその光景を見て、マテウスが逃げ遅れたのだと思ったのだが、それは違ったのだ。


 彼は、エステルが<パーシヴァル>の理力解放に割り込んで、グリージョサイクロンを途中で掻き消す。その範囲まで見越して、足を止めたのだ。その間際を見定めたからこそ、回避する事しか出来なかったパメラとは違い、彼は黒閃槍シュバルディウスを使った最大の反撃を<パーシヴァル>に叩き込む事に成功したのである。


 グリージョサイクロンの性能や特性は勿論、<パーシヴァル>の繰り出す目まぐるしい攻撃を捌きながら、エステルの動向と攻撃のタイミングまで把握していなければ、不可能な芸当だ。


 そもそも、マテウスはエステルやパメラと違って、身を守る為の装具を身に纏っていない。もし、<パーシヴァル>の一裂きが1度でも彼を捕えれば、理力解放の1つにでも彼が巻き込まれれば、彼の身体は戦闘続行が不可能な程のダメージを負うだろう。


 その上、彼は治癒限界体質だ。戦闘中に負傷を癒す術を持たない。<パーシヴァル>の攻撃範囲の間中、そんな死の淵に立つかのような状況にも関わらず、その一切の攻撃を捌ききり、反撃を叩き込むなど……リネカーであるパメラの目からしても、異様と呼ばざるを得なかった。


(そういえば、リネカーを倒した男……でしたね)


 今も、彼はパメラの遥か下で、<パーシヴァル>に纏わりつくような至近距離で、槍を振るっている。死出の銀糸オディオスレッドを身に纏っている、自身のような身体強化の力は得ずに、黒閃槍シュバルディウスと靴型装具エアウォーカーだけで、彼は相手の移動先すらコントロールしているのだ。彼女はそこに、義兄であるオースティン・リネカーとは、全く別種の強さを見た。


 しかし遂に、<パーシヴァル>の放つ理力解放を回避するのに、壁に追い込まれながら黒閃槍を取りこぼして、大きく体勢を崩すマテウス。彼の絶体絶命の隙に喰らいつかんと、<パーシヴァル>が追撃の構えを見せるが、そうした<パーシヴァル>の動作こそが、彼等の頭上に陣取るパメラからすれば大きな隙だった。


 パメラは死出の銀糸を、無警戒になった<パーシヴァル>の背中に飛ばして、最高速度で飛来して、そのまま両足で胴体を踏みつけにする。こんな、反撃を想定しない攻撃を彼女が選択出来るのも、マテウスが見せた隙があったからこそ……つまり、彼の隙はパメラやエステルが攻撃しやすいタイミングを考慮し、注意を逸らす為のなのである。


 この罠に<パーシヴァル>の乗り手達が気付くのは至難だろう。なにせ、マテウスの隙は演技などではなく、本当に追撃されれば死にかねない程の、大きな隙なのだから。パメラやエステルが攻撃に転じなければ、マトモに身を守る術がない彼は、アッサリとその命を落とすだろう。


 しかし、今回もそうはならなかった。パメラに踏み付けにされた<パーシヴァル>は、装甲に被害こそないものの、その衝撃でダメージを受けながら、8本の足で踏み潰されないように喰い止まる。


 その隙にマテウスは体勢を立て直しながら、黒閃槍に両足と片手を乗せて理力解放。空中を高速で飛来する黒閃槍の能力を使って、まるでスケートボードを乗り回すような移動方法で、<パーシヴァル>の股下を抜ける。


 驚異のバランス感覚を宿す、マテウスだからこそ可能な移動方法。彼はそのまま滑るようにして地上に降り立つと、振り向きざまに黒閃槍を拾い上げ、<パーシヴァル>の後ろ足へ向けて地を這うような足払いを掛けて、動きを封じる。


「いけぇっ! エステルッ!!」


「オォッ!!」


 マテウスの合図にエステルが、<パーシヴァル>正面へと真っすぐ迫る。


騎士鎧ナイトオブハートの俺達が、負ける理由ワケねーだろうがよぉぉっ」


 再び3人に周囲を纏わりつかれる事を嫌った<パーシヴァル>の纏い手スパイクは、もう1度距離を取って仕切り直そうと、理力解放での攻撃を選択しようとしたが、背後から右脇腹を貫かれる激痛に目を見開く。


 度重なる消耗で薄くなってきた理力の装甲。その上、理力解放に理力を回す事で、更に装甲が薄くなる一瞬……マテウスは、その隙とも呼べない僅かな瞬間の訪れを読み切り、狙いすまして、黒閃槍で貫いたのだ。


 そしてパメラも、その反撃の瞬間を逃さない。後ろからスパイクの頭頂部に手を伸ばし、そのまま首をねじ切ろうと後ろに力任せに引き寄せながら、背中を何度も蹴りつける。これまでとは、段違いの手応え。畳み掛けるような追撃に力が入る。


 その上、<パーシヴァル>の下に潜り込んだエステルが、腹部を殲滅の蒼盾グラナシルトで数度殴りつけて、ねじり込むように突き上げながら、理力解放。そのタイミングで、パメラとマテウスは同時に<パーシヴァル>から距離を取った。


 周囲一帯に轟く破砕音がすると同時に、広がる黒煙を貫いて<パーシヴァル>が空高く打ち上げられる。それを追いかけるようにして、本館の壁を駆け登っていたパメラが、壁を蹴りつけて飛び上がり、<パーシヴァル>の下から更に空高くまで蹴り上げた。


「いいぞ、パメラッ。離れていろっ!」


 その時、既にマテウスは、左手を照準しょうじゅんのように上空にかざしながら、黒閃槍を右肩に担ぐように構えていた。助走は数歩、膝を低くしてその巨体を小さくしながら角度を調整し、捻りと全身のバネを使って<パーシヴァル>に向けて黒閃槍を投げつける。


「スパイクッ? ちょっとっ!? オイオイオイッ、フラグ回収早くないっ!?」


 まるでカタパルトで弾き飛ばされたような勢いで<パーシヴァル>に迫る黒閃槍は、苛烈な攻撃を受け続けた影響で意識を失ったスパイクと、彼の代わりになんとか抵抗を試みようとするマックスとの両者をまとめて貫いて、その体内から黒い閃光を撒き散らし、次の瞬間に爆発する。


 夕刻前の空に打ち上げられた、少し気の早い割物わりものの打ち上げ花火。その衝撃に研究所の全てが震え、窓ガラスが何枚か割れて粉々になった破片が飛散する。


 その光景を、死出の銀糸で体を支えながら壁に張り付き、最も近い場所で眺めていたパメラは、<パーシヴァル>を構成する鎧が粉々になって舞い散るのを確認すると、興味を失くしたように今度はマテウスの姿を探す。


 彼は黒閃槍を投げた時と同じ場所で、自身の右手を何度も握り直しながら、気に入らなそうに不満気な視線を落としていた。


 もしかしたら、自分も同じような顔をしているかもしれない。パメラは自身の顔を撫でながら確認する。何故なら、彼女も不満を覚えたからだ。敵は勿論、自身を含めた味方の動きまで、全てを手中に収めているかのようなマテウスの戦いぶりに、かつては英雄と呼ばれるまでに至り、万の軍勢を操った将軍の片鱗を垣間見て、自身の義兄に対する時と同じ畏怖いふを覚えてしまった事が、非情に不満だったのだ。

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