狼は友の死を悼むのかその4

「まさか君が俺達の救援に駆けつけてくれるとはな……どういう風の吹きまわしだ?」


「はぁっ!? かっ、勘違いしてんじゃねぇーよっ。アタシがアンタの為に動くわきゃねっ……ねぇーだろっ! あっ、アタシはただ、女王陛下の許可を得て、仲間の……ドリスの仇を打ちに来ただけさ」


「ドリス殿っ? ドリス殿は、奴等に殺されたのかっ?」


(私情が混じるとやかましいだろうから、伝えなかったんだが……カルディナめ。余計な事を)


「あぁ? なんだ? オマエもいたのかよ、エステル。騎士見習いみたいな実力のオマエは、引っ込んでな。大体なんだってオマエがドリスの事を……」


「なんだとぉーっ! 私も一人前の騎士だもんっ! せきほーきしだんの、だんちょーだぞっ! 私はっ」


「オマエが団長? オマエがかっ? ギャハハハッ! おいおい、傑作だな、コイツは。マテウス、アンタ正気かよ? それとも頭の具合が悪かったんじゃねぇーのか?」


 逞しく大きな両腕を器用に折り曲げながら、腹を抱えて笑うカルディナ。エステルがそれに対して真っ赤になって抗議するが、こんなにも騒がしいのにカルディナの耳にはまるで届いてないような反応だ。マテウスとしては、考え事に集中したかったので出来れば2人共に口を閉じて欲しい所だった。


『……白狼騎士団の騎士だったって聞いたぞ? それをあんなによってたかって……あんなむごい……』


 ロザリアから得た、白狼騎士団の女騎士ドリスを殺した犯人と襲撃者達が同一だという情報を、女王ゼノヴィアに伝えたのはマテウスだ。彼女の機転で、カルディナに直接この情報を伝えたのだろう。そこまではいい。しかし、カルディナにも立場というものがある筈だ。


「前にも伝えた筈だ。まだ未熟だが、頼りになるよ。彼女は。それよりもだ……君はこんな事をしでかして大丈夫なのか? 教会は勿論、オースティン公だっていい顔はしないだろう?」


 マテウスの言葉に気をよくしたのか、エステルはムフーッと鼻で大きく息をしながら胸を張る。背中に垂れたお下げがパタパタと、まるで尻尾のように揺れていた。その様子を一笑に付したのを最後に、笑うのを止めたカルディナがマテウスに背を向け、両手を左右に大きく広げながら胸をすくめてみせた。


「だからどうした? こういう時を考えてじゃねぇけどよ、教会には普段からキッチリ礼を通してる。オーウェン公にしたって、アタシの部下を殺した奴がそこにいるのに、教会に怯えて震えてるような騎士団なんざ、願い下げだろうさ」


「随分と都合のいい思考をしているな。そう上手くいくとは思えないが……まぁいい。助けてもらった餞別せんべつぐらいは用意しておこう」


「……あぁっ? 一体、なにをする……」


「団長っ! こちらにいましたかっ」


 カルディナが再びマテウスへと振り返ろうとした時、彼女の前から白狼騎士団の女騎士が1人駆け寄って来る。彼女は1度、マテウスとエステルの姿を見て戸惑うような様子を見せたが、カルディナになんの用だと問われると、彼女の耳元に顔を寄せてなにやら耳打ちを始める。


 その内容を聞き終えたカルディナは、マテウス達には一声も掛けずに女騎士が来た方向へと駆けだした。ここに現れた時と同様に、人の目で追うことすら困難な速度での移動。その後ろを女騎士が息を枯らしながら後を追う。なかなかの苦労人だ。


「どうするのだ? ここは私達も後を追って、加勢すべきではないのか?」


「いや。カルディナは騎士鎧ナイトオブハートを纏っている。丸腰と変わらん俺達の加勢なんぞ、不要だろう。むしろ今の内に上へ戻って、皆と合流した方がいい。そしてそのまま、ここから脱出するぞ」


「あのような狼藉ろうぜき者達に背を向けて、逃げるというのか? それに、まだ多くの人質がいるのであろう?」


「……狼藉者にちゅうを下すにも、装備を整えてからだ。それに、あるじの身の安全を優先する事も、騎士の最たる務めだろう?」


「むっ……むぅ。アイリ殿は怪我をしていたのだったな。ロザリア殿の事もあるし……」


「そういう事だ。急ぐぞ。どうにも、嫌な予感がする」


 カルディナが向かった先。警備室がある方角を見詰めながら、そう口にするマテウス。彼はこの襲撃の首謀者の目的が、未だに判然としない事に疑問を抱いていた。


 そして、人質を使った交換を望まず、本格的な抵抗をする為に騎士鎧まで用意して、時間を稼ぐ事の理由や、その切り札たる騎士鎧を失いながら、それに対する反応を見せない事にも、薄気味の悪さを感じていた。


 マテウスは振り払えない胸騒ぎを、白狼騎士団の介入によって事態は好転していると、自らを騙す事によって押し込んで、階段を駆け登り始める。エステルは少し後ろ髪引かれるように、カルディナの消えた先を視線で追っていたが、マテウスの姿が既にない事に気付いて、慌ててその後を追いかけた。


 そうして2人が4階に向かって走り出した一方で、警備室に向かっていたカルディナは、既にその場所に辿り着いていた。その入り口を塞ぐように取り囲んでいた白狼騎士団の女騎士達が、彼女の存在に気付いて道を開ける。


「団長っ! こっちっすっ!」


 一足先に警備室の前に立っていたエリカが、大きく手を振ってカルディナを手招く。彼女に促されて室内への唯一の入り口を半ば壊しながら、上半身を捻じ込んで中の様子を伺う。


 そこは、警備室と呼ぶには少し広すぎる部屋だった。クレシオン教会神興局の人間が頻繁に出入りする事になる場所だからと、少し特別に作られているのだ。普段通りであれば、整然と並べられている筈のデスクや椅子が、バリケード代わりに入り口付近へ雑に積み上げられている。


 カルディナはそれを右腕一本で払い退けるが、そこへ向けて襲撃者達からの集中砲火。だが、理力の装甲を前にして、着弾と共に派手に音を鳴らすだけで終わった。


「ちっ、近づくなぁ! 人質がどうなってもいいのかよっ!」


 声を上げたのは、室内中央に立つ襲撃者。彼は両手を縛った人質の首元に右腕を回してナイフを突きつけながら、左手に手の平大サイズの長方体をした理力付与道具エンチャントアイテムを掲げていた。


(なるほど。こりゃあ面倒くせぇなぁ)


『警備室に人質を発見しましたが、犯人が爆弾を持って立て込んでいる為、我々では手が出せません』


 サタンデール製理力付与道具ショックプロシオン。大層な名前がついているが、一般的にはただ、爆弾と呼ばれる事の方が多い、理力付与道具だ。時限式であり、使用者によっては指向性も有するので、軍用の他、採掘や解体工事にもちいられる事もある、用途の多い理力付与道具である。


 だが今に限っていえば、褒められた使い方をされているとはいえない。その威力は素人がコントロールしても、室内の半分以上は吹き飛ばす。結果、人質の大半は勿論、周囲の仲間まで巻き込んでの心中になるだろう。正直カルディナには、その事実を目の前の男が認識しているようには見えなかった。


 扉を壊しながら、全身を室内に捻じ込んだカルディナは、中央に立つ男から視線を離さないようにしながら周囲の様子を確認する。中央に立つ男を除いて、襲撃者の数は全部で5人。それぞれが、両手両足を縛って身動きが取れない状態にした人質を、5、6人は周囲に控えさせている。


 そして、部屋の横に備え付けられている、奥の部屋へと続く扉の向こうにも、少なからずの人の気配。おそらく、その場所には人質とそれを見張る為の襲撃者がいる筈だ。


 しかし、最終的にカルディナの視線を奪ったのは、中央に立つ男の足元に転がっている1つの死体だ。見せしめに殺されたのであろう彼の両手足には、軽く抵抗出来る程度に緩い拘束がされており、その上で全裸に剥かれていた。その死因は、全身に残った刺突の痕。失意と絶望を映した瞳を見開いたまま、息絶えている。


 その姿を見てカルディナには、自らの部下の死体を目の当たりにした時の怒りが、沸々とよみがえってきていた。見せしめにするのなら、一刺しで……一発で殺せばいい。そうしなかったのは、彼等がこの殺し方に楽しみを覚えているからだ。


「舐めた真似しやがって……」


 部下を殺し、この状況下で人殺しを楽しむ、生かしておく必要のない畜生共。騎士鎧ナイトオブハート<フローレンス>の下で、その顔を憎しみの色に染めるカルディナの目の前で、その異変は起こった。


「おいっ……これ、どうしてっ? 止まれ、止まれってっ!」


 ショックプロシオンを左手に持つ男が、動揺した声を上げる。彼が意図した訳でもないのに、ショックプロシオンが光を帯び始めたのだ。それは爆発する前の兆候ちょうこう。右腕を回して拘束していた人質の事すら自ら振りほどいて、両手を使って必死に抑え込もうとするが、完全に彼の制御下から外れているようだ。


 やがて男は諦めてショックプロシオンをカルディナに投げつけて逃げ出そうとする。その直後、一層輝きを放ったショックプロシオンが、炸裂した。

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