狼は友の死を悼むのかその1
―――数分前、
(……あの男、ちゃんと話を終えてからいけばいいのに。どうするのよ? この空気)
マテウス達が会議室を去って以降、中庭で彼等と
その淀んだ空気の原因は、レスリーとアイリーンの2人だ。アイリーンは膝を横に崩して(俗に女の子座りと呼ばれる座り方)、座り込んでいる。そのすぐ隣で座るレスリーは、座り込んだまま両膝を立てて(俗に体育座りと呼ばれる座り方)、自身の膝の間に顔を突っ伏し、太股の下に両手を回してタイトスカートを抑えながら座り込んでいた。
彼女達は互いが触れ合うような距離にいながら、お互いの顔を全く見ないように視線を逸らして、会話1つ交わそうとしなかった。
あれだけの喧嘩をした後だ。さぞやバツが悪いのだろう。いっそ距離を離して座ればいいのに、とヴィヴィアナは思うのだが、決して2人はそうしなかった。それは彼女達の中に、自分から先に相手との距離を取ろうとする行為が、自身の非を認めたような……そんなヴィヴィアナには思いもよらぬ、子供染みた意地があっての事だった。
そしてそれと同時に、彼女達は互いに口が過ぎた事を謝りたいとも思っていた。前述したモノと矛盾した感情。しかし、感情を冷静にコントロールするなど、大の大人でも難しい事だ。口を開けば、また相手を傷つけてしまうような、自らの醜さを露呈するような言葉を発してしまう事が怖かった。だから、彼女達は押し黙ってしまうのだ。着かず離れずの距離を保ったままに。
そんな淀んだ空気を払うかのような、落雷めいた轟音が鳴り響く。その振動に室内全体が揺れて、ガラス窓は騒がしく震える。外でなにかの決着が着いたのだろうか? とヴィヴィアナは思って音の方向へと視線を送ったが、レスリーとアイリーンが同時に立ち上がった気配に再び彼女達へ振り返る。
「「あっ……」」
2人はそこで、互いの顔を見詰め合った。小さく声を漏らしてなにかを伝えようと口を開くが、やはりすぐに口を閉ざす。そして立ったまま、チラチラと視線を相手と外へ交互に運ぶ様子は、まるで互いを牽制し合っているようにも見えた。
(……なにしてるのよ)
ヴィヴィアナは、苛立ち半分、呆れ半分でそのやり取りを見詰める。今回のやり取りの理由は、ヴィヴィアナにも理解出来た。外で鳴り響いた轟音は、マテウスが相手を倒した証なのか? それとも、マテウスの身になにか起こった
だが、賢い彼女達は、今この場を離れてマテウスの下に駆けつける事が、マテウスの為にならない事を知っていた。だから、踏み止まる。しかし、目の前の相手に先を越されるのは、絶対に嫌だ。そんなジレンマに揺れているのだろう。
ヴィヴィアナからすれば、笑い飛ばしたくなってしまうような、馬鹿馬鹿しいやり取り。半分はあった呆れが次第に消えていき、彼女の苛立ちが限界に達した瞬間、声を上げる。
「もうっ、行きたいんでしょっ? 2人で見に行けばっ?」
「えっ? でも……」「そ、その……マテウス様がなんと仰るか……」
「あのオジサンがなんて言ってもいいじゃん、別に。不安なら私も
「ヴィヴィ……貴女……」
2人に向かって歩きながら、苛立ちを抑え込むように赤毛の長髪が乱れるのも気にせず、頭を掻き毟るヴィヴィアナ。姉であるロザリアは、そんな彼女の後ろ背に視線を送る。止めるべきかどうかを迷っているようだ。
「危なそうになったら引っ込むし、大丈夫だよ。なにより、この2人をこのままにしとくのが、私にはもう限界っぽい。フィオナ、姉さんの事お願いね。部屋の前にいるから大丈夫だと思うけど、なにかあったらすぐに呼んでよね?」
「ええよっ。ヴィヴィちゃんが言い出さんかったら、ウチから言い出そうかと思ってたトコやし。でも、十分に気ぃーつけてーな?」
「ありがと、フィオナ。それと、また
ヴィヴィアナに指摘されて、フィオナは慌てて両手で口を抑えるが、今更そんな事をしても遅い。苦笑いを浮かべて彼女の肩を軽く叩きながら、もう1度レスリーとアイリーンの2人に向き直ると、行こう? と、2人の背中を押して歩き始める。
その行為に最初は戸惑っていた2人だったが、やはりマテウスの姿を確認したい欲求には素直で、するすると自ら部屋の外へと歩き出した。崩れ落ちそうな廊下は、建物全体の振動によって、更に各所の亀裂を広げていた。
そんな状況の廊下をまずはヴィヴィアナが踏み込んで足場を確認しながら、その後ろをアイリーンとレスリーの順で追いかける。そうして中庭を見渡せる場所まで移動すると、ヴィヴィアナは2人を招き寄せて1歩後ろへと下がった。
「ほらっ、ここからなら見えるでしょ。多分、大丈夫だと思うけど、まだ
ヴィヴィアナの言葉に素直に頷くと、アイリーンとレスリーの2人は、並んで物陰の横から顔だけを覗かせて中庭を見下ろす。それを後ろから見るヴィヴィアナには、2人がまるで仲の良い姉妹のように見えて、皮肉な光景に苦笑いを浮かべた。
2人のホッとした表情から、マテウスが無事だったのがヴィヴィアナにも伝わり、彼女達はひとまずの安心を得る。そして、ヴィヴィアナもつま先立ちになって少し背を伸ばしながら、物陰の横から中庭を覗き見る事にした。
中庭では、マテウスとパメラが肩を並べて、そしてその少し後ろで大盾を構えたエステルが様子を伺うように距離を測っていた。やがて、ヴィヴィアナ達の真下から、重そうな身体を動かしながら現れた
瞬間、視界から消え失せるようなスピードで襲い掛かるが、マテウスはそれを回避しながら懐に潜り込んで喰い止めて、それを合図に2人は散り散りになって騎士鎧に別方向から攻撃を仕掛けていく。
「あのオジサンさ……強いよね。騎士鎧とは1度やった事があるから分かるけど、あれに生身で挑むなんて異常だよ。アタシなら、最初の一撃でやられてる。そもそもあの移動に、目が追い付いてないからね」
マテウスの戦いに目を奪われていたアイリーンとレスリー。2人の背後で、ヴィヴィアナが語り始める。普段からマテウスの事を毛嫌いしている彼女が、彼に素直な賞賛を送っている事の異様さに、2人は同時に振り返ってヴィヴィアナの顔を下から見上げた。
「でも、それだけ。顔は
「そんな事っ」「そ、そのマテウス様はっ……」
ヴィヴィアナの言葉に対して、同時に反論しようとした2人は、互いに互いを遠慮しあって押し黙ってしまった。勿論、ヴィヴィアナとて、こんな言葉1つで彼女達が納得するとは思っていない。
「じゃあ聞くけどさ。アンタ達、あのオジサンの何処が好きになったの?」
「それは……や、優しい所とか?」「そ、その……レスリーにも優しくしてくださるのは、マテウス様だけですっ」
「そう? あのオジサンはアンタ達に、こういう事を期待していないだけだと思うけど? それに、レスリーの事だって……偶々あのオジサンが最初だっただけで、レスリーの事をもっと優しくしてくれる人、結構いると思うよ。アンタ、こんなに可愛いんだし、貰い手なんてすぐに見つかるって」
「そ、そんな事っ……レスリーは、その、ベルモスク……だからっ」
「
「そ、それでもレスリーは……」
「アイリ、アンタもさ。偶々誘拐されそうな所を救って貰ったのが、アイツだっただけで……もっとマシでアンタに優しい騎士ぐらい、いくらでも探せるでしょ? 王女扱いされるのが嫌なんなら、また変装でもして1から探せばいいじゃん」
「……そんな事ないっ。私にはマテウスしか……だ、大体、ヴィヴィはどうしてそんな酷い事言うのっ?」
ヴィヴィアナの言葉は真実ではない。2人はそう否定したいのに、その為の言葉が見つけられなかった。それでもマテウスの事を悪く言われるのが悔しくて、アイリーンは声を荒げながらヴィヴィアナに喰ってかかる。
「そうでもないよ。見たまんまの事を言ってるだけ。私、今日の2人を見て、今まで勘違いをしてたってよく分かったんだ。アンタ達さ、初めて優しくされたのが偶々オジサンだったってだけで、大してオジサンの事、見てないし……好きじゃないでしょ?」
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