黒蜘蛛草紙その5

 <パーシヴァル>の頭上で銀糸を振るうパメラ。触れれば人肉をバターケーキのような手軽さで切断する銀糸も、騎士鎧ナイトオブハートの理力の装甲が健在であれば、少し頑丈な糸程度の効果しか期待できない。


 スパイクは右手を振るって銀糸を絡め取り、手繰り寄せながら、パメラを地面へと叩き付けようと右腕を振るう。しかし、まるで空気を投げたかのように手応えがない。


 当然だ。パメラは死出の銀糸オディオスレッドに理力を通して、銀糸の長さを調整。スパイクが手繰り寄せた分だけ、糸を長くしたのである。


 そうして、頭上に注意が割かれてる隙に、マテウスは<パーシヴァル>の懐にまで潜り込んでいた。下からマックスが座る位置を槍を使って貫こうと突き刺すが、やはり理力の装甲の前に槍が弾かれてしまう。


 だが、それはマテウスにとっても想定内。弾かれる度に槍を構え直して、叩き、突き、まるで外殻を削るように攻撃を続けるが、<パーシヴァル>とて一方的に殴られている訳ではない。


 マテウスから距離を取るように移動しながら、移動するのに余った足でマテウスを貫こうとする。しかし、そのどれもが彼を捉えられずに、地面を掘り返すだけに終わった。


 その間にパメラは、再び<パーシヴァル>の背中に着地。それに対して、スパイクが振り返りながら右裏拳を振るうが、彼女はそれを掻い潜って右手に絡んだままになった銀糸を掴み直し、スパイクの左側面へと回り込む。そうする事によってスパイクの右腕を、自身の背中に括りつけるようにして拘束した。


「アァァアッ、イラつくぜっ。ちょろちょろすんなよなっ!」


 スパイクは左手を伸ばしてパメラを捉えようとするが、彼女は既に<パーシヴァル>の正面へと回り込んでいた。そうしてスパイクを翻弄ほんろうしながら、彼の周囲を回っている内に、いつの間にかスパイクの上半身はパメラの銀糸に拘束されていく。


「この程度がどうしたってんだっ、クッソがぁぁっ!!」


 パメラの誘導によって、拘束されてしまった両腕に力を込めれば、銀糸がブチブチと少しずつ千切れ始めていく。上位装具オリジナルワンである死出の銀糸とはいえ、騎士鎧の動きを封じ切れる程の力はない。だが、少しの隙さえあれば、その役目は十分に果たしている。


 パメラは無防備になった<パーシヴァル>の正面から飛び掛かると、顔面へ拳を叩き込み、腹部を蹴りつけて飛び上がり、肩口へ再び拳を振り下ろす……そうして地面へ足を着ける暇すら惜しんで、次々と重い一撃を叩き込んだ。


 当然、これに対応する術を<パーシヴァル>は複数持っていたが、今この場においてだけは、足に頼った対応策を全て封じられていた。


 その原因は、今もなお足に張り付くようにして攻撃を繰り返している、マテウスである。それこそ生身で闘う彼に対してならば、一突きでも刺さりさえすれば、トドメになるだろう事は、<パーシヴァル>の下半身を担当するマックスにも十分に理解していたが、マックスが繰り出す複数の足を使った反撃のことごとくを、マテウスは紙一重でなし、回避してみせた。


 その上で、マックスが彼を無視して、スパイクの援護をしようとパメラに敵意を向ければ、マテウスはその攻撃しようとする足を、黒閃槍で払い飛ばして妨害し、2人の接近を嫌がって移動しようと足を踏み出せば、その足場を狙って黒閃槍を理力解放して地面を陥没させる。


 当然、ある筈の足場を失って足を踏み外す<パーシヴァル>は、まともに移動する事すら叶わない状態だったのだ。


 待てども暮らせどもマックスからの援護が来ない事にシビレを切らしたスパイクは、パメラに散々殴り飛ばされて意識が飛びそうになりながらも、自棄やけになったかのように理力解放をする。


 グリージョサイクロン……理力解放。


 <パーシヴァル>の周囲の空気が変わるのを、敏感に感じ取ったパメラは、攻撃の手を止める。これは、つい先程に彼女が1度浴びた技。同じ技に、何度も傷を負わされるような愚かを犯すパメラではなかった。記憶にある有効範囲外まで一瞬にして飛び退くが、そんな彼女の視界の隅にマテウスが映る。


 そこは彼女からすれば、敵の攻撃範囲内。つまり、マテウスが逃げ遅れたように映ったのだ。もし、死出の銀糸の加護もなく、治癒限界体質の彼があの攻撃に身を晒せば、まず助かる事はないだろう。情けない……それだけの感想を胸に抱いたパメラだったが、次の瞬間に彼女の背後から人影が1つ飛び出して来て、状況が一変する。


「ハァァァッ!!!」


 蒼い大盾を構えて、そんな危険を犯す理由もないのに、理力解放中の騎士鎧の真正面から、体当たりをちかますような大馬鹿者。そんな存在はこの世界に数える程しかいないだろうが、そんな存在がごく身近にいる事を、パメラは失念していた。


 大馬鹿者エステルの体当たりに大きく仰け反った<パーシヴァル>。殲滅の蒼盾グラナシルトと<パーシヴァル>の接触面が、間髪入れずに爆発を起こす。


 その爆風が、周囲を切り刻む筈だったグリージョサイクロンの暴風を……マテウスの目と鼻の先にまで迫っていたそれを、発生しきる前に掻き消した。続けてマテウスは、エステルが巻き起こした爆風に乗せて、エアウォーカーを理力解放して飛翔。


「随分、遠慮しているようだが……」


 エステルの攻撃に弾き飛ばされた<パーシヴァル>の上を取った直後に、今度は黒閃槍へ最速で理力解放先を変更して穂先に理力を込めると、右肩に担ぐように黒閃槍を構えて、反撃を一切想定しない、全力の一振りで<パーシヴァル>に黒閃槍を投げつけた。


「こちらからいくぞっ」


 ピシャッッッパァァァンッッ!!!


 本来ならば相手を貫き、周囲一帯を巻き込む小爆発を起こす一撃は、まるで雷が落ちたような大音響と共に、接触点から強烈な閃光と黒い熱線が飛散させて、<パーシヴァル>を本棟1階の廊下まで、叩き落とすだけに終わった。


 未だに<パーシヴァル>の理力の装甲が健在なのだ。これ程一方的に攻撃してさえ、まだ高い壁としてそびえるのが、騎士鎧の防壁。理力の装甲なのである。


 自身の起こした爆発に、更なる上空へと打ち上げられたマテウスが、エアウォーカーを使って地上へと素早く降り立つ。彼はその際に、弾き飛ばされた黒閃槍も目ざとく回収していた。激しい戦闘を続けていたせいか、彼は珍しく小さく呼吸を乱しながら、黒閃槍の理力倉カートリッジを交換した。そして、口を開く。


「エステルッ。自ら飛び込む奴があるか、馬鹿っ。間に合わなかったらどうするつもりだ?」


「だが、間に合ったであろう? それに2人が先に飛び込んだのに、私が後れを取る訳にはいかんのでなっ!」


「あぁ? 会議室での事を言っているのなら、あれは背後に守護対象がいたからだ。時と場合を少しは考えろ。勘に頼り過ぎると、長生きせんぞっ」


 やいのやいの。パメラを挟んで言い合いを続ける2人。そんな最中、パメラは1人戦慄を覚えていた。それは当然、<パーシヴァル>相手にではない。マテウスに対してだ。普段は無表情を貫き通すパメラが、少し額に皺を寄せる程度の変化を見せる程に、マテウスの戦いぶりは彼女にとって異様な光景だった。


「ひとまずだ……2人共、理力倉の残量はどうなっている?」


「私は今入っているので、最後だっ!」


「もう少し声を落とせ。敵に聞こえたらどうするんだ。本っ当に馬鹿だな、君は。パメラ、君はどうだ?」


「……これを交換して、予備が残り2つです。そしてエステル卿が愚かである事に同意です」


「そ、そんなに馬鹿じゃないもんっ!!」


「いや、そこは聞いてない。君が口にすると、キツ過ぎるから程々にな?」


 余りに率直な意見がパメラの口から出たので、思いがけずにフォローに回る事になったマテウス。薄笑いを浮かべて、<パーシヴァル>から視線を離さないまま、ぼやくように口を開き続けた。


「さて……実を言うとエステルと同じく、俺の黒閃槍コイツも理力倉はこれで最後だ。対してあちらさんは、理力の装甲がまだ機能している上に、騎士鎧の他にも多くの戦力を残している。やれやれ、逃げ出したくなるような状況だな?」


「怪我人の弱音を聞かされるよりはマシでしょう」「主を置いて背を向けるなどと、騎士としての自覚が足りんのではないか? マテウス卿」


「ㇵッ、頼もしい台詞だ。特にパメラ、怪我人はお互い様のように見えるが?」


「この程度のかすり傷を怪我などと……お可愛いこと」


 少しだけ視線を巡らせて、パメラの顔色を確認するマテウス。変わらずの無表情だったが、瞳に浮かぶ闘争への炎は消えていない。抉れた腹部が痛まない筈はないが、それでもこの場から離れないとパメラが選択するならば、それ以上の口出しをする気は、彼にはなかった。それは、パメラに対する信頼である。


「まぁいい。士気が高いのはなによりだ。それに一見、彼我ひがの戦力差は絶望的だが、俺は見た目程だとは思っていない。相手は騎士鎧を纏っておきながら、持久戦を仕掛けてくるド素人だ。着け込む隙なら幾らでもある……まぁそれも、君達が力を貸してくれるのなら、の話だが」


「いいだろう。私は卿の指揮下に入る」


「……リネカーの戦闘に、そんなものは不要です」


「そういうと思っていたが、確か君には大きな貸しがあった筈だよな? あぁ、すまない。君の命と天秤に掛けるには、この場限りの頼み事では安すぎたか?」


「……チッ」


「どうやら満場一致のようで、なによりだ。この瞬間から、俺達は力を合わせて戦う仲間という訳だ。実に素晴らしいね」


 感情を余り表に出さないパメラが、眉間に小さく皺を寄せて舌打ちをする。そんな彼女を見るのは、例の病室以来か? 再びそんな顔を拝む事が出来たマテウスは、実に清々しい笑顔を浮かべながら、皮肉にそう告げた。


「安心しろ。俺の全力をって、預けられた君達の命、傷一つ付けずに返そう」


 壁を突き破って吹っ飛んでいた<パーシヴァル>が、本館の中からノッソリと姿を現すのに気付いて、彼は再び前へと視線を戻しながら、口を開く。槍を握る右手に、自然と力がもった。


「さぁ、行くぞ。騎士鎧狩りだ」

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