黒蜘蛛草紙その4

「っの野郎ぉ~……ボカスカ派手に爆発させやがってよぉ~。こっちにも限度があるんだぞっ」


 パメラとエステル。2人の追撃がないかを伺いながら、騎士鎧ナイトオブハート<パーシヴァル>の状態を確認するスパイク。これまでのダメージの蓄積が多かった為か、既に理力倉カートリッジが半分程度しかない。


 覚束おぼつかない手付きで予備の理力倉へ繋いで補給を開始するが、それでも数字は7割に満たない程度で止まった。話に聞いていた以上の消費の激しさに、スパイクは苦虫を噛み潰したような顔になる。


 理力倉が底を尽きてしまえば、当然騎士鎧は動きを止める。理力の装甲や自動治癒系理力解放は勿論の事、歩行すらも出来なくなって理力石製の棺桶と化すのだ。


 残された理力倉は、目の前の2人の女騎士を叩きのめすだけなら十分な数字だろうが……スパイク達にとっての戦闘はここだけではない。この施設の外周を囲う治安局員を相手にひと暴れする予定であり、彼等にとってはむしろ後者の方が本番といえた。


 であるならば、ここから先の戦闘はなるべく理力倉を温存して戦いたい。理力解放インゲージもダメージも控えた、接近を許さぬ戦い。それを可能にするには、<パーシヴァル>の機動力を担当するマックスの協力が不可欠だと、スパイクは考えた。


 スパイクとマックス。彼等2人は、複座型の騎士鎧である<パーシヴァル>に対して、2人で同様の操縦をしているのではなく、作業を分担して操縦している。鎧を纏った上半身を晒して、主に使用する理力解放の選択を行なっているのがスパイク。


 そして蜘蛛のような下半身の中で、正面を向き、足を伸ばして座っているマックスは、主に8本もある足の操作を行っている。現代風に訳せば、火器管制をスパイク、操縦桿をマックスが握っているようなものだ。


 その巨体故に理力倉の消費が激しかったり、連携が取れない2人が使えば動きがチグハグになってしまったりと、デメリットはあるが、当然それを上回るメリットも多い。第1に操縦を分担する事で、経験の浅い者でも、騎士鎧の複雑な操作をこなす事が出来る事。そして第2に1人が戦闘時に傷を負ったとしても、もう1人がサポート出来るという事だ。


 これにより<パーシヴァル>は、人間離れした速度の中で戦闘する為の反応速度。複雑な理力解放を同時処理する技術。負傷時の自動治癒系理力解放による苦痛に耐えながら、戦闘を継続する精神力。これらのような騎士鎧の纏い手に必要な高いハードルを、大きく下げるに至った。


 どんなに騎士鎧を量産しようと、纏い手が増えなければなんの意味もなさない。能力的には第3世代騎士鎧と大差のない<パーシヴァル>だったが、騎士鎧の簡易化という1点に置いては、第4世代の名に恥じない、騎士鎧の歴史に多大な貢献を果たした一品である。


「おいマックスッ。生きてっか? そろそろ足動かせよっ、オイッ!」


「聞こえてるっつーのっ。まーじでいてーし、だるいし、もう2度とごめんなんだがぁ? 防壁の比率上げようぜ?」


「駄目に決まってんだろ。理力層の残量見てモノ言えや。これからは足使ってくぞ、足。どうせ近づかせなければ、アイツ等大した事出来ねーんだからな」


「はぁ? 理力解放する時は足止めてくれって最初に言ったのはてめーだろうが? なに言ってんの? 痴呆とか止めてくれよ? 俺、この年で介護とか無理だぜ?」


「ボケてんのはてめーだ。本番前に理力を調整しなくちゃなんねーんだよ。分かるか? 調整? もしかして難ちいでしゅか? もっと簡単な言葉使った方がいいでしゅか?」


「なーにが調整だっ。そろそろ足動かせとか言ってたな? おーん? 分かったぜ。なんなら今から一発コサックダンスでも披露してやろうか? 俺の滑らかステップに平伏せ……かひっ!?」


 ガキィィィンッ!!!!


 金属と金属が正面からぶつかり合うような、派手な音が中庭に響き渡る。その音源は<パーシヴァル>の胴体の上。空から高速で落下してきたマテウスが、勢いそのままに黒閃槍シュバルディウスを、マックスがいる場所目掛けて、正確に突き立てた音だった。その衝撃にスパイクとの言い争い中だったマックスは舌を噛んでしまい、痛みに呻き声を上げる。


「……チッ」


 一方マテウスはそんな事情など構う筈もなく、<パーシヴァル>が纏う理力の装甲が厚く健在な事と、右手の指が足りない事で握りが甘かった為、衝撃を抑えきれなかった事実に、小さく舌打ちを零した。続けて、右の握り手の位置を直しながら、<パーシヴァル>の上半身、スパイクの背中目掛けて黒閃槍を突き立てると同時に理力解放。


 マテウスの一閃に対してスパイクは、衝撃に備え、背中に力を込める事でなんとか踏ん張り、振り返りながら反撃を試みるが、続けて黒閃槍の穂先から黒い雷光が発せられた瞬間、肺の中身を全て押し出されるような更なる衝撃に、大きく背中を仰け反らせた。


 マテウスはその隙に乗じて、一気に畳みかけようと試みるが、突然下から来る鋭い殺気に、反射的に身を伏せた。マテウスの胸部があった位置を貫く黒い影が2つ。その正体は左右1本ずつ、巨大な体躯と比較すれば、蜘蛛のように細長く鋭い足。それらが異様な角度で関節を曲げて、背中に乗るマテウスを串刺しにしようと攻撃してきたのである。


 初撃を回避したマテウスだったが、彼が息を告ぐ暇すらない程に、<パーシヴァル>の足が次々と彼を串刺しにせんと乱れ突く。しかし、黒閃槍を使い<パーシヴァル>の上で、踊るようにして全ての攻撃をさばくマテウスを捉えられない。それでころか、黒閃槍の石突き(刃とは反対側の柄尻の部分)を使って反撃する余裕すら見せていた。


 戦いを優勢に進めていたマテウスだったが、スパイクの様子に気付いて、黒閃槍の理力解放を解くと、レイナルド社製靴型下位装具ジェネラルのエアウォーカーへと理力解放先を変更する。そしてマテウスが<パーシヴァル>の背中を蹴って移動した瞬間……


 ヴェノムフレイム/レイグレネード……並列理力解放インゲージトゥー


 空間が割けて、そこから噴き出した激しい炎が、<パーシヴァル>の背中の上全域を舐めるようにして覆いつくした。間一髪でそれを回避したマテウス。彼は地上に降り立つと同時に、再びエアウォーカーを使って中庭を走り抜ける。続けざまに彼の頭上目掛けて、次々と現れたレイグレネードの大きな火球が、放射線を描いて降り注いだからだ。


「随分派手にぶっ放すじゃねぇか。スパイクさんよぉ~。節約って知ってます?」


「うるせぇよっ! この状況で節約出来るわけねぇだろっ! 黙って……グホッ!!」


 黙っていろ。そうマックスに告げる筈だったスパイクこそが、言葉を言い終わる前に黙るに至った。死出の銀糸オディオスレッドを<パーシヴァル>の足元に密かに飛ばし、高速で飛来したパメラがスパイクの顔面を蹴り飛ばしたからだ。


 <パーシヴァル>を踏み台にしてその上空に舞い上がり、成果を確認するパメラ。彼女が出来る最大加速からの一撃。普通の人間なら、顔面が粉微塵に吹き飛んでいてもおかしくはない威力なのだが、当然のように<パーシヴァル>の顔の形は健在。首が少し異様な角度に曲がっているが、それもすぐに元の位置に戻っていくのを確認して、再び頭上から襲来するべく銀糸を飛ばす。


 そのタイミングに合わせて、<パーシヴァル>の周囲を駆け回るようにしてレイグレネードの大火球を回避しきったマテウスが、円軌道を急激に縮小させて、黒閃槍を右脇と右腕で挟むようにして構えつつ、身を低くしながら<パーシヴァル>の横腹に向けて駆け寄った。

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