立ち行かずままならずその1

 だがしかし、そうだとしてもナンシーも商人の端くれだ。ヴァ―ミリオン社の営業部。赤鳳騎士団にとってはヴァ―ミリオン社の顔である。自らの好き嫌いで、この契約を棒に振るわけにはいかなかった。


「そうですね。では、レスリーさんは此方のタイトスカートタイプの制服を着てみては如何いかがですか?」


 ナンシーが指し示したのは、並べられた制服を着たマネキンの1つ。制服のジャケットのデザインはアイリーンが着ている物と同じタイプであったが、下に着せられたスカートが、ミニのタイトスカートになっていた。


 横に入っているスリットは割りと浅めではあるが、元々がミニスカートなので、太股のかなり上の方まで肌が剥き出しになる仕様だ。そして黒のガーターベルトに揃いのニーハイソックス……そして3人は、そんな制服を実際に着ているパメラの方に視線を向ける。


 元々着替えるつもりのなかったパメラは、アイリーンのゴリ押しで着替える羽目におちいり、無表情な筈の顔に少しばかりの不満が浮かんでいるようだった。


 女使用人メイド服の時には気付かなかったが、かなり着痩せするタイプのようで、上半身も肩と背筋が窮屈きゅうくつそうだ。また、鍛え抜かれた太股が太めなのだが、タイトスカートを食い込ませない筋肉質でしなやかに伸びた足は均整が取れていて、見た目にとても美しい。


 そして、ガーターと靴下を結ぶキャットガーター部分にホルスターが隠されていて、そこに理力倉カートリッジなどの小さな武装を収納できるようになっている。パメラがその事だけはこの制服を評価している事を、彼女は口にしていないので誰も知らなった。


「パメラさんと同様にスレンダーな体型なんで、どちらかといえばタイトな制服の方が似合いそうですからね」


「ほらっ、同じ意見でしょ? じゃあ、レスリー。着替えよう? 制服に着替えてないと、マテウスだって困るかもしれないよ?」


「そ……それでしたら、わ、分かりました」


 マテウスの事を出されたらレスリーは逆らえない。他人の不快を買わないようにと、自然とアイリーン達から離れ、背中を壁側に向けながら、部屋の隅でコソコソと着替えを始める。ナンシーはあんなものを見ても仕方がないと切り替えて、目の保養にパメラへと近づいた。


「サイズがきつかったようですね。少し測り直させて貰っていいですか? 今度はパメラさんの身体に合うように作り直しておきますので」


 そう言いながらナンシーはメジャーを持って近づくが、パメラは冷めた目でそれを見返す。ただそれだけで近づく事を躊躇ためらわせる威圧感を放つのが彼女だ。ナンシーもそれに怖気づいてどうしたものかと固まっていたが、そこはアイリーンが間に入ってくれた。


「ほら、パメラ。ナンシーさんが困ってるでしょ。手を上げて測らせてあげなよっ」


 アイリーンはベタッとパメラに纏わりつくように抱き付いて、両腕の下に手を回して強引にパメラの両手を肩と水平の高さまでに上げさせる。レスリーの時しかり、アイリーンは抱き付かないと話し掛ける事が出来ない呪いでも浴びてるのだろうか? 正直堪らないので、もっとイチャイチャしている所を見せて欲しい……なんて心の叫びを押し殺して、平静を装いながらパメラの身体を測っていくナンシーであった。


「ねぇ。エステルの採寸さいすんも、し直してあげよ。この子も肩回りとお尻回りがキツイみたい」


「はい、分かりました」


 パメラの身体を測り終えて、ありがとうございますと一言お礼を告げてから、ナンシーはエステルへと近づいて、体を測り始めた。エステルとヴィヴィアナの2人が選んだ制服は、ショートパンツタイプの制服だ。


 配色は赤と黒で同じなのだが、上半身の制服が他の2つと少し造りが異なっていて、背中部分の着丈が燕尾服えんびふく状になっているのだ。だから背後から見ると、裸の上に制服を着ているだけに見えてしまう。


 一方、前から見ると、黒い生地のショートパンツが見え隠れするぐらいの丈なので、非常にフェティッシュであった。


 また首元の開いた部分のアクセサリーも、リボンではなくネクタイに変更されているので、全体的に見れば、ボーイッシュと呼べなくもない仕上がりになっている。ナンシーの趣味全開といった所だ。


わずらわせてすまぬな、ナンシー殿。丈は合っていると思うのだが……」


「いえいえ、これぐらいお安い御用ですよ」


 心の中では合法的にベタベタと可愛い女の子を触れるひと時を楽しみまくっているナンシーだったが、一応仕事人としての考察も忘れていない。エステルが言ったように、丈は間違っていない。鳳凰騎士団の皆が、事前に採寸は済ませているのだ。間違いようがない。だが、確かに予想より体を圧迫していた。そうなってしまった原因は、パメラとエステルの特別な身体の造りにあった。


 製造の人間達は当然、事前の採寸情報をもとに制服を作っているのだが、測ってない部分は一般女性向けに作っている。しかし、パメラとエステルの2人は幼い頃から日々体を鍛えているので、一般女性とは筋肉の付き方がかけ離れているのだ。


 肩から腕に至るまでは発達しているし、背筋も大きく張り出しているし、尻周りから太ももの筋肉の付き方が別格だ。だから、丈だけを合わせたフリーサイズの服だと、彼女達はワンサイズ大き目の衣服を選ばなければならない。パメラが着痩せして、エステルが小さく見える原因の一端でもあった。(まぁ、エステルの背丈は実際に小さいのだが)


(彼女達のサイズは特注するとして……他の人達のも、筋肉の付く部分だけは少し余裕を持たせた方が良さそうですね)


 そう考えながら、2人のサイズをメモしていくナンシー。邪な感情を抱く事も多い彼女だが、この時ばかりは真面目である。そうしてメモを終えて確認している様子をフィオナが覗き込んでくる。彼女はアイリーンと同じ、プリーツスカートタイプの制服を選んでいる。下にスパッツを履いているにも関わらず、膝上20cmのミニがひるがえるのを気にする仕草を繰り返す女の子らしさや、スパッツに締め付けられて肉が少し余っている太股が、実に可愛らしい。


「あの……ナンシーさん。今日は、撮影とかするん?」


「撮影ですか。考えてはいなかったのですが……」


 ナンシーは考える。いや、しかし、このチャンスを逃していいのだろうか? と。こんなにも可愛い彼女達の姿を記録に収めないのは冒涜ぼうとくではないだろうか? と。今日でこの制服のどれか1つに決定されれば、もう彼女達が選ばれなかった制服を着る事はない。一生、この愛らしい姿を見れないのだ。そう考えると、ナンシーは心臓が引き裂かれるような思いだった。


「資料撮影用の写真機が別室にあるんです。写真を撮れる者も用意できますし、いっそ撮影しましょうか?」


「やぁ~……写真撮られてしまうんかぁ~。ウチ、人生で数えるほどしか写真撮られた事ないから、緊張してしまう~っ」


 突然、バルアーノ訛りで喋り出したフィオナに驚きを隠せないナンシーだったが、これはこれでアリだな……と、口許を緩める。


「写真か。私は初めてだな。絵なら小さい頃描いてもらった事はあるが……」


「私は小さい頃に姉さんと一緒に撮ったかも。でも、余り覚えてないね」


「皆で一緒にモデルデビューって事かぁ。ふふっ、記念撮影にもなるね? あっ、レスリー着替えたんだ。レスリー聞いてた? 撮影だよ、撮影っ」


 オドオドと様子を伺っていたレスリーを、グイッと引っ張って話の輪の中に引き込むアイリ。それを見たナンシーは始め、アイリーンがなにをしようとしているのか理解出来なかった。だが、話の様子を観察するにつれて、ようやく彼女がレスリーと一緒に撮影に参加しようとしているのに気づく。そして、余り面白くもない冗談を言う人だと、少しだけアイリーンの評価を改めた。

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