因果な教理その2

 ナンシーに案内された場所は、最上階であるところの4階の部屋。長机や椅子が部屋の隅に追いやられている所を見るに、普段は会議室にでも使っているのだろう飾り気のない簡素な部屋だった。


 だが今は、机や椅子が追いやられて出来たスペースに、いずれも赤と黒を基調とした女性用の制服を着たマネキンが4つ等間隔に並んでいて、部屋の主であるかのように中央で陣取っていた。


「これがウチらの制服かぁ~……」


「1つ1つ少し作りが違うのだな。一体どれが本当の制服になるのだ?」


「まだこれらは全て試作ですからね。今日はそれを決めて頂く為にお呼び立てしたんです」


 真っ先に制服に近づいていったフィオナが感嘆の吐息を漏らした。その一方でエステルが浮かべた疑問に答えを返したのはナンシーだ。そうして皆が思い思いに制服に近づいて、手で触れて感想を交わしている姿を、マテウスは少し離れた所から静かに眺めていた。


「マテウスさんは参加されないんですか?」


 そんな彼の元へと声を掛けて来たのはロザリアだった。マテウスは普段通りのいたずらな笑みを浮かべた彼女の顔を、なかばに眼を細めながら呆れた表情を浮かべて見返す。


「分かっていて質問するのは、余りいい趣味とは言えないな」


「そんなつれない事を仰らずに、自分の好みで選んであげれば良いじゃないですか」


 制服を前にして女性陣が色めき立ち、かしましくも華やかに談笑する様子に、マテウスは女性専門のブティックに連れられて来たような疎外感を覚えていた。扉の付近に立って眺めているだけでそんな場違いな思いをしているのに、これ以上近づけなどとはこくが過ぎる。


「どれも可愛い制服ですね。羨ましい……私が着る機会もあるのでしょうか?」


「ないんじゃないか? 君には式典や護衛の任に参加するような機会は……」


「……ふふっ、どうやら気付いたようですね?」


 下から見上げるように覗き込んでくるロザリアの視線に対して、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるマテウス。自らは関係ない立場だと高を括っていた彼だったが、彼自身の言葉でそうではないと気付いたのだ。


 彼とてアイリーンの騎士としての役目がある。アイリーンの身辺警護は鳳凰騎士団に任せるとしても、式典や護衛の任の全てを彼女等に丸投げという訳にはいかない。


 その上で世間的には鳳凰騎士団の教官としての肩書きを兼任している以上、式典や護衛の任の際に選ぶ制服は所属している鳳凰騎士団と同じものを用意する必要があるのだ。幾ら動きやすいからといって、上流階級の世界に普段から着ているようなブリオ―やブレといった、一般的な下級市民の衣装を纏って出席する訳にはいくまい。そのような行為はマテウス自身は気にしなくとも、主人であるアイリーンの顔に泥を塗るような真似になってしまう。


「仕方がないな」


 一向に気は進まなかったが、あの中で自らの制服を確認しないといけない。マテウスはそう心の内を切り替えると、重い足取りで女性陣のすぐ後ろにまで歩み寄って上から覗き込む。どうやら男性用制服の必要性を失念していたのはマテウスだけだったようで、ナンシーは気を利かせて用意してくれていたようだ。


「もう、これに決めてしまえば良いんじゃないか? 男女共用のデザインで、動きやすそうだ」


 そう言いながら女性陣を搔いくぐった先でマテウスが手を伸ばしたマネキンには、詰襟タイプの将校用軍服を模したデザインの制服サンプルが着せられていた。襟元から胸元に掛けて赤いだけで、後は黒い大人しめのデザインに、胸部のワッペンと詰襟横の刺繍が赤鳳の紋章をかたどっている……ハッキリと言ってしまえば至って平凡な作りの制服だった。


「そうだな、マテウス卿。私もそれが……」


「マテウス、それはないよ」「アイリ様の仰せのままに」「ウチ……っ、私もないなぁ~。それ1番可愛くないし」「本当にオジサンって見る目ないよね」「あっ……その、レスリーも……でもマテウス様がそう仰るなら……」


 女性陣の全員(お下げをシュンとさせて目を点にしている1人を除いて)から一斉に否定的な視線を浴びせられて、声を失ってたじろいでしまうマテウス。そんな彼の背後で、何故か顔を赤らめながら呆けたように女性陣を眺めていたナンシーが、クスクスと肩を小さく揺らして笑ってマテウスのフォローに回る。


「元より、この制服はマテウスさんに用意したものなので。それに折角なら、女性らしいデザインの制服を選んでいただいた方が、我が社としても宣伝効果が期待できるから有難いです」


「そう言えば、元は女性専門の服飾関係がおもだったな。まぁ任せるよ」


 スポンサーがそういうのなら、これ以上に此方から口出しする事もあるまいとマテウスはそれよりの発言を控える事にした。そもそも、なにを口にしたところで自身の意見が反映されそうな雰囲気でもなさそうだから、というのも理由の1つにあるのだが。


「ん~、やっぱ実際に着てみないと分からないよね」


「あぁ~、そうだよね。私も着てみたいなっ」


「それでしたら、サイズはそれぞれ用意してありますので、今からでも試着してみますか?」


「ホンマにっ!? それ、ええなぁ~」


 ヴィヴィアナの一言から再び賑わいを見せる女性陣と距離を置いたマテウスだったが、話の流れが試着に傾いている様子を眺めながら、さて自分は部屋を追い出される事になりそうだな……と、今後の展開を察している所だった。


「よろしければ、マテウスさんも試着してみてはどうですか? サイズは合わせているつもりですが、なにぶんマテウスさんの身体が大きい方なので、不備がないか確かめておいた方がいいかと思いまして」


「どうせこの場所に俺の居場所はなさそうだし、着た時の肩回りや膝周りは気になっていた所です。こちらこそ、お願いできますか?」


「では、私達は場所を移しましょうか……」


「いや、制服を渡していただければ、着替えるぐらいなら俺だけでも出来ますが」


「勿論そうでしょうけど……ここは研究所である事をお忘れですか? ヴァ―ミリオン社が保有するスペースは限られてますからね。他社の個室や立ち入り禁止の研究室に間違って入ったりしないように、案内させていただきます」


「そうですか。分かりました。ではお願いします」


 そう言って制服を持ったまま室内から外へと出ようとするナンシーに従って歩き出したマテウスだったが、直ぐに背中を掴まれて足を止める事になる。振り返るとアイリーンが詰め寄るような距離まで体を寄せて、見上げて来ていた。


「マテウス、何処に行くの?」


「この制服に着替えに行くんだよ。実際にどんなものか着てみないと分からないからな」


「うわぁ~……それ、私も見たいな。一緒に行っていい?」


「いい訳ないだろう。なんのために俺がわざわざ部屋を移動すると思ってるんだ」


「そう言えば……一緒に着替えればいいじゃない。そうすればマテウスの制服姿、すぐに見られるのに」


 アイリーンは自身の頭の上に多くの疑問符を浮かべている様子から、この言葉を本気で言っているのがマテウスには分かった。なにを馬鹿な事を……と、返そうとして、そう言えば彼女は(言動から度々忘れそうになるのだが)王族で生粋のお嬢様である事を思い出す。


 普段から着替えの全てを使用人に任せている彼女にとって、着替えの際に他人に肌を見られるというのは男女問わずに恥ずかしがる必要もない、些末さまつな出来事なのかもしれない。勿論、彼女がそうだからといって、ではここで着替えようか……という回答には当然ならないのだが。


「分かったよ。余り気は進まないが、制服に着替えたらそのまますぐに戻ってくるから……それでいいだろう?」


「本当っ? 約束よ。私も着替えて待ってるから、はやく帰って来てね?」


「そうだな。ナンシーさんを待たせるのも悪いから、もう行くぞ」


「あ、あのっ……お着換えなら、レスリーがおっ、お手伝いをっ……」


 再び踵を返して歩き出したマテウスの背中に、レスリーの声が投げ掛けられる。マテウスは当然その申し出も軽く断り、いいから君も好きな制服を選んで着替えておけ……と、そう言い残して退室した。

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