因果な教理その1
―――同日午後。王都アンバルシア西区、
理力とは
つまり、理力付与をなさずして
その為の場所の1つが、ここ理力付与技術研究所アンバルシア支部である。近代的な建造物の中をヴァ―ミリオン社営業部ナンシー・ロウに案内されながら、鳳凰騎士団の面々は皆(パメラを除いて)は物珍しそうに辺りを見回して、潜めた声で会話をしていた。
「結構大きい所なんだね……王宮より広いかも」
「はぇ~、アイリちゃんって王宮に入った事ある、んですか?」
「ん? あ、え……あぁその。王女殿下とお会いする為に……」
「ねぇ、姉さん。教会の制服の人がちらほらいるみたいだけど、一体なんなの?」
「おそらく
そのような方向性のない女性陣のささめきごとを聞き流しながら、マテウスは通用路を歩いている間中、珍しい物を眺めるように上下左右と視線をあちこちへと運んでいた。やがてその注意は、中庭の中央に立つ時計塔へと注がれる。研究所を覆う高い外壁よりも一回り高い時計塔と、研究者達の憩いの場であろう手の行き届いた庭園を見比べながら、ふと両足を止めた。
「あ、あの……マテウス様? どうされました?」
マテウスが足を止めたのを不審に思ったのか、最後尾を歩いていたレスリーが同じように足を止めてマテウスが眺める先を見た。レスリーにはごく普通の
「いや、なんでもない。少し遅れてしまったな。行こう」
マテウスが先を見ると集団は、彼とレスリーの2人を残して次の階段を登ろうとしている。階段が幾度にも別れた迷いを誘うような入り組んだ建造になっているのは、襲撃を想定してのモノだろう。
ここの研究成果の全ては、使い方次第で次代を担っていく財産となるものだ。ヴィヴィアナ達の話題にも上ったように教会の人間までが協力した、厳重な警備が敷かれているのも、これが理由であった。
(こんな所でまさかな……)
口ではレスリーに行こうと
ようやく時計塔から視線を切って先の集団に追いつこうと歩調を足早に切り替えると、マテウスの背後に付き従っていたレスリーも
「別に先に行っていても良かったんだぞ?」
「そ、そんな……主人の前を歩く訳にはいきません」
「君の主人は俺ではないんだがな」
このやり取りも何度目か。飽きもせずに繰り返すのは、学習もせずに繰り返すレスリーの所為なのだが……この場合は学習というよりも頑なと評した方が適切か? まぁ追々でいいか……などとマテウスが問題の後に放り投げにしていると、前からアイリーンが大股に歩み寄って来た。
「なんの話をしていたの?」
「別に、大した事じゃないさ」
「そっか……それより、ナンシーさんがもうすぐっていってたから早く行きましょう? ほら、レスリーも。制服、楽しみでしょう?」
「あ、あの。レスリーはマテウス様のっ、お、お
「いいから、いいからっ」
手を繋いで駆け足で離れていく2人の背中を微笑ましい思いで眺めていると、マテウスは先程まで気になっていた気配の事をいつの間にか記憶の隅に追いやっていた。2人の邪魔をしないように、離れないように歩調を調整しなおして、2人の背中を追っていく。
そんなマテウスに何度も助けを求めるような視線を、繰り返し送っていたレスリーだったが、アイリーンに強く握られた手が少しだけ痛んで彼女の横顔へと視線を向けた。
先程までの明るい声音とは裏腹に、その顔にはいつもの輝くような笑顔はなかった。迷いを帯びたような、疑念を抱くような……そんな表情だ。その顔を見てレスリーは思わず、こんな人でも迷うような事があるのかと、失礼な感想を抱いた。
「ねぇ、レスリー? なんの話をしていたの?」
「えっ? そ、その……マテウス様も仰られましたが、大した話ではなくて、その……」
「2人ってさ……よく一緒にいるよね?」
吸い込まれるような鮮やかな青い両の瞳がレスリーを映す。強く睨むでもなく、冷たく見下すでもなく、ただ相手を見定めるような瞳。そこに敵意はない。敵意を浴び続け、敵意に敏感なレスリーだからこそ確かに分かる事。だが、そこに好意がないのもまた確かだった。アイリーンがその足を止めたので、自然とレスリーもそれにつられて立ち止まる。
「れ、レスリーはその……マテウス様にお仕えしているので、だから……」
「だから一緒なの?」
「は、はい」
「そう…………」
聞いているのか聞いていないのか。アイリーンはどちらに取れるような、気のない声を発した。そしてしばらくの沈黙の後に、再び歩き始める。つられてヨタヨタと引きずられるように歩いていたレスリーの耳に、いいな……と、小さな呟きが届いた。まさかと思って再びアイリーンの横顔を覗き見ようとしたレスリーだったが、一層に強く握られた手に痛みを覚えて顔をしかめる。
「あ、あの……アイリ様、その、手が……」
レスリーがそう伝えても答えは返ってこなかったが、手の力だけは少し緩められた。固く閉じられたアイリーンの口元からは、これ以上は独り言すらも零れそうにない。やはり幻聴に過ぎなかったのだ。レスリーはそう思う事によって、先程の小さな呟きを忘れるように努めるのだった。
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