小心翼々とした共有その2

「そうですか。バレちゃいました……ね」


 いずれその時が来る事ぐらいは覚悟していたのだろう。ロザリアはマテウスから視線を外し、虚空を眺めながら枕を手に取りそこへ顔を置く。そして少し乱れた前髪の間から、もう1度マテウスを見上げて口を開いた。


「それで、私達は家に追い返されちゃうんですか?」


「いや、そのつもりはない。カラヴァーニ商会から捜索依頼が出ているならその選択もあったのだろうがその様子はないし、そもそも君達を調べたのは、アイリーンに危害を加えるような人間かどうかを見極める為だ。そうでないのなら、なんの問題もない」


「そうやって油断させといて……とか?」


「それならそもそもここで打ち明けたりしないだろう? 君達は赤鳳騎士団にとっても、アイリーンにとっても、必要な存在だ。ここにいて欲しい」


「ふふっ、ここでアイリさんの名前を出すのが、マテウスさんらしいと言えばらしいですね。さっきまでの優しいマテウスさんなら、俺にとって必要だ……ぐらいの事は言ってくれたのかしら?」


「正直、君達2人には特別に手を焼かされている気がしないでもないんだが?」


「手だけじゃなくて、全身が焼けるようなアツイ事……私としちゃえば、そんな事も気にならなくなるかも知れませんよ?」


 ロザリアが両手をベットに着いて上半身を起こす。必然、掛布は滑り落ちていき、ロザリアの美しい肉体が惜しげもなく晒された。彼女が近づく度に胸の豊かな膨らみが、重力に逆らわずに揺れる光景に、み上げる欲求。


 マテウスはそういった当然の感情を抑えながら話を続けようとするが、先に甘い声音を発したのはロザリアだった。


「私の経歴も全部、知っているんですよね? だから同情して優しくしてくれた。女として義務も果たせず、傷つき、自棄やけになってこうして男を誘い、なぐさめを求める1人の女に……」


 ロザリアに背を向けてベッドに腰掛けていたマテウスは、彼女から距離を置こうと腰を上げるが、それを彼女はマテウスの腕に両腕を絡めて、すがりつく事で防いだ。そしてマテウスの腕に自らの膨らみを下から上へと滑らせながら、顔を顔へと寄せる。


「同情でもいいんです、マテウスさん。ただひと時、私に女としての役目を与えてください。女として満たしてください。それとも……幾人もの男と寝たような汚れた女は嫌いですか?」


「そこなんだが……本当にそうなのか?」


「えっ?」


「確かにありそうな話ではあるな。男達への復讐半分に、からかい、掌の上で弄んで、求められる事によって自尊心を満たし、ひと時の慰めを得る。傍でそれを見せられるヴィヴィアナの心情を察するよ」


「……ヴィヴィには悪い事をしてしまいました。あの娘があんなに男嫌いになったのは、私の所為ですから」


「ひと時の慰めを得た所で、こんな事を続けていれば最後に傷つくのは君自身だ。それをヴィヴィアナは分かっているから君を止めようとするし、それ以上に君自身がそれを理解している。ヴィヴィアナに悪い事をしているという自覚もある。それでも続けずにはいられない……その理由が本当に、ひと時の慰めだけなのか?」


 ロザリアは返答をしようとしなかった。その反応で、マテウスは自分の発言が彼女に深く踏み込むものだった事に気づく。正気を取り戻すようにかぶりを振るって視線を反らした。


「あぁ、なんでもない。話が逸れてしまったな。忘れてくれ。とにかく、そういった自覚のある自傷行為に、付き合うつもりはない。だから君の力にはなれないよ、ロザリア。まだ1ヵ月程度のただの同僚だが、俺は君もヴィヴィアナも傷つけたくはないからな」


「ふふっあはははっ!」


 豹変ひょうへんしたように高笑いを始めたのはロザリアだ。掛布にくるまったまま両肩を揺らして、腹を抱えて笑い続ける。うつ伏せに顔を押し付けてなんとか自らの声を殺そうとするが、それでもクックックッと、笑い声が途絶えるまでに暫く時間を要した。


 やがて落ち着いたようで、涙目になりながらもう1度マテウスへと視線を上げた。


「ごめんなさい。でも可笑しくって……マテウスさん。前も言いましたけど、貴方って本当に、姑息で卑怯で臆病な人ですね」


「……悪かったよ」


「力になれない? 私からの答えを聞こうともせずに誤魔化して、面倒事を避けただけですよね。傷つけたくない? 本当にその気があるなら、どうして他の男と寝る私を止めないんですか? 傍に寄り添って一緒に浸ってくれるというのなら、それでもいいです。でも、踏み込む気も、繋ぎ止めておく気もない、当たり障りのないっ……」


「すまない。自分を守る理由に君とヴィヴィアナを使った。許してほしい」


「……当たり障りのない距離で、優し気な言葉を並べるのは止めてください。そんなの、まるで腫れ物扱いじゃないですか。いっそみじめになります」


 鼻を少しだけすする音がした。それでも涙を1滴も零さないのは、ロザリアの矜持きょうじなのかもしれないとマテウスは思う。


「でも、姑息で卑怯で臆病なのは私も一緒ですね。年を重ねるにつれて、真剣に向き合う事が怖くなってくる。自分が可愛くて仕方がないんです」


「多かれ少なかれ、誰しもそうだろう」


「知っています。だから、ごめんなさい。先程は言いすぎました。それと以前も言いましたけど、私はマテウスさんのそういう所、好きですよ」


「似た者同士、仲良くしましょうって事か?」


「そういう事です」


 ロザリアに腕を引っ張られて、ベットへと引き込まれる。逆らう事は出来たが、マテウスも横になりたかったのでそれにならう事にした。


「もう夜も遅いですし、話はこれくらいにしませんか? 灯り、消してください」


「本当にここで寝るつもりか? その格好で?」


「今夜はもうなにもしませんよ。マテウスさんがその気なら別ですが」


「……今夜は、ねぇ? それとここにいてくれるかどうかを、まだハッキリと答えを聞いていないんだが」


「仲良くしましょうで答えになってませんか? マテウスさんが心配しなくても、私にはここでやりたい事が沢山あるんですから、簡単に消えたりはしませんよ。勿論、ヴィヴィアナには今夜の事は全部内緒にしてくださいね?」


「それは俺からもそうお願いしたいね。まだ命は惜しいからな」


 そう答えてマテウスは燭台の灯りを消した。そしてロザリアに背を向けて、大きな体を縮めるようにして、横になる。ロザリアのスペースを作る為の配慮だったのだが、当のロザリアはなんの気兼ねもなく、マテウスの背中に身体を寄せ、額を押し当てながら横になる。


 狭いベットだから仕方ないとはいえ、幾つもの箇所がロザリアの身体と触れ合うので、マテウスにはなかなか眠気が訪れなかった。


「ありがとう」


 背を向け、瞳を閉じたままでそう告げるマテウス。それは赤鳳騎士団に残ると決めたロザリアに対する素直な感謝の言葉であったが、ロザリアからの返事はなかった。


 彼女はもう寝たのだろうと判断すると、マテウスもようやく訪れた眠気に誘われるまま眠りにつく。そんな彼の様子をロザリアは、たたジッとして、静かに見つめていた。

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