プロローグその3

「とにかく、アイツはまだ18歳だろ? 多少とうが立っちゃいるがまだ女としてやり直しが効くじゃねーか。アンタの都合に巻き込んで……」


「2つ勘違いをしているから、訂正させて欲しい」


 マテウスがカルディナの言葉に割って入るように口を挟むと、彼女はあっさり口を閉じて、先を求めるように刺すような鋭い視線を向ける。


「まず1つ目だが、エステルは俺の都合に関係なく、彼女の判断で赤鳳騎士団に入団したんだ。確かにエステルが戦力として活躍してくれるのを期待はしたし、利用したといえなくもないが、彼女自身が降りるというなら俺は止めはしない」


「……それならよ。アタシがアイツに声をかけるのも、別に構わないって事だね?」


「好きにしろ」


「ったく、即答かよ。薄情っていうかなんていうか……そういやアンタはそういう奴だったね。それで、もう1つの理由ってのは?」


「確かにエステルには、戦士としての才能がない。体格以外にも色々と問題を抱えただ。だが、騎士としての才能ならば、父上にも匹敵するものを持っていると思う」


 マテウスの言葉にカルディナは吹き出し、肩を震わせながら笑い始めた。マテウスとしては至極真面目に話したつもりだったから、当然いい気はしない。


「ククッ、はぁ~……笑わせてもらったぜ。まさかアンタが人を気遣うような台詞を吐くなんてな。それともあれか? 新しいジョークか?」


「心外だな。俺だって気遣いぐらいはする。生きていく上で、そうした方がお得な場合が多いからな。だが、今の言葉は気遣っている訳でもジョークでもない。事実だ」


 その時、戦いに動きがあった。ワイルドバイソンを押さえ付けていたエステルが、殲滅の蒼盾グラナシルト理力解放インゲージを切ったのだ。それは理力倉カートリッジ切れを起こした訳ではなく、彼女自身の判断からであった。


(あの馬鹿……異形より先に焦れる奴があるか)


 マテウスが心の内で吐き捨てた悪態をよそに、その一瞬を逃さずワイルドバイソンがエステルを弾き飛ばす。彼女の小さな身体は宙を舞って地面に叩きつけられた。エステルという抑止を失ったワイルドバイソンが、これまでの鬱憤うっぷんを晴らすように柵で覆われたリング内を駆け回れば、今の赤鳳騎士団にそれを止める術はない。一瞬にして瓦解がかいが始まるだろう。


 ワイルドバイソンの最初の標的はもちろん、散々頭を押さえつけられて、苛立たせてくれたエステルだ。彼は、その巨体をちかまそうと走り出した瞬間、横から割って入った影に邪魔された。


「ハァッ!!」


 影の正体はレスリーだった。彼女の両手に握る黒閃槍シュバルディウスが、ワイルドバイソンの出足の付け根に深々と突き刺さる。エステルが殲滅の蒼盾の理力を解除した瞬間に距離を詰めておかねば、間に合わなかったタイミング。ワイルドバイソンに走り出されれば、此方こちらに勝ち目がない事をよく理解している好判断であった。


 しかし、その一槍ひとやりが致命傷になるわけでもないのに、力が入り過ぎていたし、踏み込み過ぎていた。深々とワイルドバイソンに刺さった黒閃槍が抜けずに、レスリーの身体がワイルドバイソンに引きられていく。


 ここでは黒閃槍を手放して、距離を取り直す方が正しい選択であったが、それがレスリーには出来なかった。ワイルドバイソンにとっては飛んできた火の粉を払うような身動みじろぎ程度の動き。だが、左右に振るわれた大角がレスリーを顔面を捉え、簡単に彼女を吹き飛ばす。


(不味いな……受け身が取れていない。完全に意識を持っていかれたか)


「こっちよっ、異形っ!」


 それを見て叫んだのは、ヴィヴィアナである。声を放つと同時に放たれた、真紅の一閃シュトラルージュの矢が、ワイルドバイソンの体に突き刺さる。だが、これでも厚い毛皮と肉に覆われたワイルドバイソンには、致命傷を負わせる事が出来ない。


 せめて急所を貫けば、致命傷とはいわずとも痛手を負わせる事ぐらいは出来るのであろうが、マテウスが久しぶりに見た彼女の弓は、林檎を射落とした時の精細さを失っていた。


 レスリーから意識を逸らすように、その場から動きながらとはいえ、大きな的に漠然ばくぜんとただ当てているだけ。おおよそ狙い定めているとはいえないそのエイムは、弓兵としての及第点は与えられても、レスリーとマテウスの前であの神業を披露した同一人物とは思えない。


 しかしそれでも、ワイルドバイソンからレスリーへの意識を反らす事には成功する。最低限の働き。だが問題は、この先をどうするかだ。ヴィヴィアナとレスリーの距離は約8mといった所。その距離で真正面からワイルドバイソンに突進された場合、ヴィヴィアナにわしきれる保障はない。


 ヴィヴィアナもそれは分かっているから、矢の無駄撃ちを避けて、ワイルドバイソンの1歩目を見極めようと腰を低く構えるが、今度はワイルドバイソンの後ろからするりと忍び寄った影が、その喉元を貫いた。


「ピィィギィィイイィィーーッ!!」


 ワイルドバイソンの悲痛ないななきに、場内の視線が集まる。視線を集めた先にいるのは、あの王女親衛隊兵舎(現、赤鳳騎士団寮)襲撃事件後に赤鳳騎士団へと新たに入団した新人、フィオナ・ゾフ。彼女が右手に持つレイピア型装具が、刀身の半分程ワイルドバイソンの身に沈んでいた。


 上位装具オリジナルワン金剛なる鋭刃ダイヤレイザーの理力解放。刀身を包んでいた硬質の土が脱皮の如くレイピアから剥がれ、あっさりと抜けた。ワイルドバイソンが反射的に身を暴れさせるが、レスリーのてつを踏まない華麗なヒットアンドウェイで、それをけきった。


 その上でフィオナは、更なる理力解放を続ける。ワイルドバイソンの喉元に食い込んだままの硬質な土が、その体内で炸裂。大きく広がった傷口から更に激しく血が噴き出し、ワイルドバイソンはその痛みに身悶えして、傷口を地面へと擦りつけた。


「フィオナ殿っ、離れてくれ!」


 この一連の間に身を立て直したエステルが、声を上げながらワイルドバイソンに一足いっそく飛びで突進する。それを聞いたフィオナは無言で頷いて、ワイルドバイソンから距離を置いた。


 エステルは殲滅の蒼盾が触れた瞬間、理力解放。闘技場に響き渡るほどの炸裂音が轟く。これには場内がどよめいて、全ての視線がその音の方向へと向けられた。


 舞い上がった土煙の向こうで、エステルが肩を揺らしながら息をして大盾を構える姿があった。しかし構える先、ワイルドバイソンは微動だにしない。エステルの一撃によって大角はもがれ、頭部は半壊。どう見ても即死だった。


「「オオオォォオオオォォーーーッ!!!!」」


 これには会場も歓声を上げた。先程までの白けムードは何処へやら。望み通りの装具による派手な討伐に、掌を返して賞賛を贈った。そこに試合の内容などという、難しい要素はいらないのである。


 しかし、当然というべきか……賞賛を受けるべき赤鳳騎士団の面々は誰もが浮かない顔をしていた。皆がレスリーへと駆け寄り、その容態を気にしている。


「あのざまでもか?」


 カルディナの言葉は辛辣しんらつだった。だが、マテウスも同じ気持ちだった。確かに上手くいったように見えるが、最初にマテウスが教えた陣を崩し、団員の全てを危険に晒したのは、エステルの判断が発端だ。


「失敗するなというのは無理は話だ。それよりもまずは、生還こそを誉れとするのが、本物の戦場でのことわり……君こそ錆び付くにはまだ早いんじゃないか?」


「……ちっ。アンタに口で勝てない事も忘れてたぜ。出直す。だが、アンタは自分の罪を忘れるなよ。ゴードンの旦那だって、自分を殺した相手に娘を預けたくはない筈だぜ?」 


 そう一方的に言い残して去っていくカルディナの後姿にマテウスは言葉を返さなかった。死人に口など無い。だからその想いは生者に委ねられる。そうなる事こそ、ゴードンは嫌いそうだな……などと考えた所で腰を上げて、自らの教え子達の元へと歩き出した。

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