プロローグその2
「……アイツなら随分前にだが、ウチの入隊試験にも受けに来たからよく覚えてるぜ。ゴードンの旦那の娘、エステルだ」
「エステルが君の所に入らなかったという事は、彼女を落としたのか?」
「落とすもなにも、アイツじゃ門前払いだぜ。ウチには体重と身長制限があっからな」
身長160cm以上、体重52kg以上。勿論その他にも試験項目はあるが、それが白狼騎士団に設けられた最低限の体格条件だそうだ。それにしても体格制限か……ウチもここからの募集要項を見直した方がいいかもしれんな、などと、貴族のお嬢様に取り囲まれた悪夢を思い出して身震いするマテウス。
「しかし、彼女はゴードン卿の忘れ形見だ。君も随分と世話になったんだろう? 特例の1つや2つ……」
「それも才能あってのもんだろうが。戦い方を見てりゃ分かる。ありゃあ才能ねーよ。他の騎士団の奴等も、そう思ったんだろうぜ」
カルディナの指摘にマテウスは返す言葉を持たなかった。彼女が口にしたように、エステルには戦士としての才能が大きく欠けている。まずエステルとの訓練中に気付いた事だが、彼女の場合一般的に必要とされる瞬発力や筋力といった身体能力。そのどれもが、戦士の水準を満たしていない。唯一、反射神経だけはそれなりのモノを持っているようだが、それも水準に並ぶ程度といった具合だ。
それでもマテウスの一撃を押し
それは、そこまでの使い手に育ったエステルの努力を
「……他の騎士団って事は、エステルはそんなにも入団試験を繰り返していたのか?」
「なんだ? アンタ、そんな事も知らずにアイツを雇ったのか?」
騎士団同士のコミュニティーで、彼女は一時期の間、有名人だったそうだ。女のうえに、あの小さな体格と騎士学校中退程度の履歴で、方々の入団試験を受けては落ちて、受けては落ちてを繰り返し、社交界に出る事もないまま婚期を逃した変わり者。武門の名家アマーリア没落の象徴とまで、
「王立ストランドフォード騎士学校を、後2年残して中退だったな……それは履歴を確認したから知っていたが、アマーリア家の没落というのは?」
「はっ……そのまんまさ。今のアマーリア家は領地の維持すら手一杯の金回りらしいぜ? 当然、精強を誇った
カルディナは長い説明で乾いた喉を酒で潤して、大きく吐息を漏らした。マテウスはその間、静かに考えていた。アマーリア家が納める領地バンロイドは、内陸の決して豊かとはいえない土地だった。人口も少なく、特産もない。唯一エウレシア王国内で、ドレクアン共和国、ジアート王国、マルドレナ王国との三国に同時に隣接する領土なので、当時戦地として活躍した名残として街道が張り巡らされているが、現状は交易路としての税収よりも、その維持の方に費用が取られているのだろう。
では、今までどうやってアマーリア家が成り立っていたのかといえば、それは戦勝時の恩賞にほかならない。最前線で国家の盾として活躍し続けた日々こそが、武門の名家アマーリア繁栄の歴史でもあった。そしてそれが、停戦、軍縮という時代の変化に
だが、それ以上に……
「全部アンタの所為だよ、マテウス。アンタがゴードンの旦那を殺したからこうなっちまった。どうした? なんか言えよ。それともなにか? 昔と
「御託もなにも……軍法会議で嘘などつかん。全て真実だ」
興奮に声の上がったカルディナの右手が、マテウスの襟元に伸びて、それを捻り上げる。そうなってもマテウスはエステル達の戦いから目を離そうとせず、カルディナの手を打ち払った。彼女がこれ程まで興奮するのは、彼女が元青鷲騎士団に所属してゴードンの右腕となって戦っていたからにほかならない。
戦場でゴードンの背中を間近で追いながら育った彼女は、実の娘であるエステル以上の時間を共有していた。上官と部下、師弟……それ以上、肉親と変わらない深い感情を抱いていた。
そして、没落の原因が自身にあるという指摘も、マテウスは否定し切れなかった。どちらにせよ時代の流れでアマーリア家は追い込まれる事にはなっていただろう。しかし、当主としてゴードン・アマーリアという精神的支柱がいれば、あるいは現状をどうにかしていたのではないだろうか? マテウスすらそう考えてしまう程、ゴードンという男は
「ちっ……くっだらねぇ。ならそれをアイツに説明してやったのかよ? 納得してたのか? する訳ねーよなっ?」
「まだ話していない。だが、いずれは伝えるつもりだ」
伝聞でエステルはマテウスが自分の父を殺したことを知っていたが、どうして父が殺されなくてはならなかったのか? そういった、詳しい状況については知らなかった。初対面のあの日、説明を求められたマテウスが、己の力不足だったと返答を誤魔化したのは、こういった事実があったからだ。
戦場で幻覚系理力解放を受けて、マテウスはゴードンを異形として誤認。軍法会議でそう判決された
そしてこれは最近の事ではあるが、まだ伝えるべきではないと思い止まる理由が1つ増えたのだ。当時のマテウスは受け入れ難かったが、最も相応しい事実として受け止めざるを得なかった軍法会議の判決に、疑問を抱き始めていたからである。
だが、それをカルディナに伝えるべきどうか……判断を迷っていると、カルディナが荒い口調で話を続けてくる。
「都合の悪い事は隠したままかよ。救えねーな、マテウス。アンタの都合にゴードンの旦那の娘を巻き込むな。あの娘は、戦いにはむかねーよ。才能なんてねーんだ。本物の戦場に放り出されれば、確実に死んじまうだろう。だから辞めさせろ。それがアイツの為だ。それともまさか、父親だけじゃなく娘までその手で殺すつもりなのか?」
「……はっ、そういう面倒見のいい所は昔から変わらんな。なんのつもりで話しかけてきたと思ったが、エステルが心配になったからか? それとも、ゴードン卿への義理立てか?」
「はぁっ!? そ、そんなつもりじゃねーよっ! あぁ、アタシはただ、アンタの顔を見たら、胸糞悪くなって一言文句を言ってやりたくなっただけだっ!」
仰け反りながら距離を取って、顔を逸らしたカルディナ。そのマテウスから隠した両頬が赤く染まっているのは、なにもアルコールだけが理由ではあるまい。彼女の乱暴な口調や、歯に衣着せぬ物言いは、初対面の者に嫌悪感を抱かせ易いが、それだけの女に騎士団団長の器が務まる訳がない。
彼女は、青鷲騎士団に所属していた頃から、部下の面倒見が良かった。それは、この軍縮の時代の流れの中で、白狼騎士団という女性だけの騎士団を立ち上げた事からも推し量る事が出来る。
青鷲騎士団がなくなった後、自身の身の振り方だけを考えるなら、既存の騎士団のいずれかに身を置けばいい。カルディナの実力であれば引く手は数多だろう。
だがその選択を捨てて、
マテウスには理解出来ぬ無謀な選択と、情の厚さ。だが、理解が出来ない事がそのまま嫌悪に繋がる訳ではない。マテウスとカルディナに良くしてくれたエステルの父、ゴードン・アマーリアという男も、そういう男だったのだから。
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