その名の宿命その1

 ―――同時刻、バンステッド闘技場内、特別観覧席


 レスリーを医療班が搬送した後、片膝を着いて此方こちらに向かって黙礼する赤鳳騎士団の面々。彼女等を惜しみない拍手でもって称えて、闘技場から送り出しながらも、王女アイリーンは自らもその後を追いかけたくて仕方がなかった。


(うぅー、レスリー大丈夫かしら? 心配だわ。エステルに格好良かったって言ってあげたいっ! ヴィヴィが弓を使ってるのを初めて見たけど、赤くて綺麗で凄かったし、フィオナがあの異形アウターの動きを止めたんだよねっ! あんなに強かっただなんて……くぅーっ、なんで私とパメラだけこんな所で……)


 しかし、それをする訳には行かない。自分は女王ゼノヴィアの代行としてこの騎士団査定に参加している。この観覧席でもって、全ての騎士達がその技術を示すのを、平等に見守らなければならない。


 勿論、それは建前の話であって、初日から彼女の頭の中は赤鳳騎士団の事だけで一杯だったが。


 出来るのであれば、アイリーンも赤鳳騎士団として共に戦いたかったが、そんな彼女の想いが許可される理由ワケもなく、誰に相談しても完全否定を返され続けたので、流石の彼女もこうして大人しく観覧席で見守っているのが現状だ。


 それはアイリーンの身を案じての事が第一ではあるが、それと共にこの場にいない女王ゼノヴィアの代行としての役目がある、というのも大きかった。


 では何故、ゼノヴィア自身がこの場所に姿を出せなったのかというと、それはノーランパーソンズ社の元労働者への配慮であった。


 彼等の中には、一連の事件から1ヶ月近く過ぎた今でも、就職先が定まらず、N&P社やマクミラン商会を前に、保障に対する抗議活動を行っている者が多数いた。


 そして言ってしまえば、そんな彼等でも、社会に籍を残しているだけマシな部類だ。一部には、それ以上に深刻な事態に陥っている者もいた。


 ゼノヴィアはそのような、領内外含めた全ての国民の為に、女王として可能な限りの保障をする約束を開会式の場において改めて宣言し、初日の午前中には会場から姿を消して、今も議会と検討を繰り返している。


 ゼノヴィアとて、マテウスと直接顔を合わせる事が出来るであろうこの機会を逃したくなかったに違いない。だが、それを押し隠して女王としての責務を果たす為に動いているのだ。自分だけが裏切るわけにはいかない……アイリーンとて、それぐらいの理性は働かせる事が出来た。


 ふと双眼鏡を使って騎士団関係者席を見下ろす。つい先程までその場所にいた筈のマテウスの姿が消えていた。おそらく赤鳳騎士団の様子を見に行った筈だが……


(もしかしてさっきまで隣にいたあの女の人とフラフラと遊んでるんじゃないでしょうね? 後であの女の人が誰か問い詰めてないと)


 赤鳳騎士団が命をけて戦っている最中に、誰とも知らぬ女とイチャイチャと……と、フツフツ疑念を抱きそうになったアイリーンであったが、冷静に考えてみればあの堅物がそんな甲斐性がある筈もないか、などと妙な答えを得て再び落ち着きを取り戻す。


「どうしたのですか? なにか気になる事でも?」


「ひゃぃんっ!」


 椅子の手すりに置いていた右手にいきなり触れられて、アイリーンの敏感肌が反応し、思わぬ声が彼女の喉から零れる。慌てて立ち上がって隣に座る元凶を見下ろして、その存在をようやく思い出した。


 バルド・リンデルマン。現ラーグ領領主、リンデルマン侯爵の息子だ。その端正な顔立ちの眉間に皺を寄せて、怪訝な眼差しを送ってくる。


「……いえ。なんでもありません。御心配お掛けしました、バルド卿」


「こちらこそ、驚かせてしまって申し訳ありません」


 美しい目元を綻ばせながら笑う仕草は上品で、それだけで女性であれば勘違いを起こして舞い上がってしまいそうな程の美男子。反面女性関係がだらしないとの噂もあるらしいが、アイリーンは自らがファンだと公言するマーティン・コールズと並べても、なんら見劣りのない容姿をしていると、改めて思った。


 だがそんな事よりも、マテウスにこの半分でも私に対する気遣いや中世があればいいのに……と、他の事ばかり考えてしまう程度に、不思議と彼に興味を抱かなかった。


「しかし、王女殿下も不思議なお方だ。こういった野蛮な行為は好まないのかと思っていましたが……存外、楽しんでいるご様子」


「そうですね。精強なる皆さんの活躍に心から賞賛を贈りたい。そう思います」


「正直、あのリングに立てる者達が私は羨ましい……貴女の熱い視線を独占出来るのだから」


 瞳の奥まで射抜くような真剣な眼差しと共にこの言葉を重ねられて、心が揺れない女は少ないだろう。それに対してアイリーンは気の利いた返しが思い浮かばず、苦笑いを浮かべるだけだった。彼女にとってどんな美男子であろうと、王女である肩書きを背負っている間では、自らに近づいてくる男の1人……そうとしか見れないのである。


「……赤鳳騎士団。とてもいい活躍ぶりでしたね」


「そうでしょうっ? 皆、私の自慢すべき騎士達なんですっ」


 アイリーンから余りいい反応を得られなかったバルドは、あっさりと話題を変えた。思わず声を弾ませるアイリーンの様子に、話題の選択が間違っていなかった事を知る。


「女性ばかりで、ワイルドバイソンを退けてしまうとは……しかし、王女の護衛としてはいささか力不足ではないでしょうか?」


 バルドの言葉に、アイリーンはムッと表情を変化させる事を抑えられなかった。バルドがそこに気付く事が出来ていれば、これ以上この話を続けなかったのだろうが、彼は生憎あいにくリングの方へ視線を向けていた。


「私に命じていただければ、王族である貴女を守るに相応しい、りすぐりの騎士達を、すぐに用意します。女性に拘りをお持ちならば、白狼騎士団の方を紹介してもいい。彼女達と私は知己ちきの仲。声をかければ何人か……」


「お気遣い感謝いたしますが、結構です」


「ほう、ですが……いや、分かりました。もし気が変わるような時が来ましたらいつでもお声を掛けてください。いつ、いかなる時でも、私の力の全てで持って、貴女へ応えましょう」


 食い下がろうとしたバルドだったが、アイリーンの隠し切れない不満気なオーラに気付いて進言を下げる。女性の機微きびに敏感なバルドではあったが、なにが彼女の機嫌を損ねたかまでは、結局理解出来なかった。


 だが、それは仕方がない。2人の間には、騎士団に対する考え方に、深いへだたりがあったからだ。


 エウレシア王国には爵位が存在する。爵位はそれぞれ上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とあって、国への貢献や支配する領土の広さによって王より与えられて、貴族としての仲間入りを果たす。


 勿論、上であればあるほど貴族としての地位は高い。そして更に、この下に騎士という爵位が存在しており、これは前述した爵位を持つ貴族であれば、誰にでも与える事が許されていた。つまりこの世界での騎士団とは、騎士より上の爵位しゃくいを持つ者が、王より与えられた騎士団名で立ち上げた集団の事を指すのだ。


 騎士団の構成は、こうした騎士の爵位を持つ者が主流である事が多く、直接爵位を与えた間柄でもない貴族達からすれば、一応の敬意は払えど、平民となんら変わらず、下に見る事の方が多い。


 例外的に黒羊毛騎士団や、当時の青鷲騎士団のように、貴族自らが団長となった場合は、多く者に認められる事もあるが、それでも所詮は王族から直接名を与えられた貴族お抱えの傭兵集団。代えの利く荒事専門の消耗品……宮仕えとして王宮や要人の警護をする衛士とは違い、騎士団とはその程度の立場なのである。


 前述したように、騎士団に対してそういう認識しかないバルドにとって、アイリーンが赤鳳騎士団に対して持つ強い信頼や執着は、生涯理解出来ないものであった。


(それに、私とパメラも入っていれば、赤鳳騎士団の実力はこんなものじゃない……あれ?)


 そこまで考えて、ふと周囲を見渡すアイリーン。そこで初めて、いつでも傍に控えている筈のパメラの姿がない事に気付いて、彼女は小さく首を傾げた。

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