雨天決闘その2

 ―――同時刻。王宮前広場中央


生憎あいにくの空模様だ。はやく終わらせたいですね」


 広場中央、マテウスと互いの声が届くほどに近づいた時、ジェロームは晴れやかにこう言った。互いの装備の差などないかのような振る舞いである。対するマテウスも、日頃の挨拶を交わすような、気楽な声音で答えを返す。


「あぁ、同感だ。風邪は引きたくないからな」


「そのような心配も、今日で終わるでしょう」


 その物言いのひとつひとつが自身を挑発しているのだと、流石のマテウスも気付いてはいたが、肩を竦めるだけでそれ等を全て聞き流す。その様子がジェロームには気に入らない。彼の内心で、マテウスがもっと醜く狼狽うろたえて縋り付くような命乞いをしたり、逆上して口汚く自分をののしる姿が見たかったからだ。


「両名、武器を持て」


 立会人の声を合図に、脇に控えていた男達がマテウスとジェローム、それぞれに武器を手渡す。ジェロームは自身が用意した武器を手に持ったが、マテウスはその時点で初めて武器の内容を確認した。


 マテウスの武器は、レイナルド社製、ヒートエッジと呼ばれる片手剣型の装具だった。見た目は刃渡り50cm程度の、なんの装飾もない無骨なショートソードである。エウレシア騎士の正規装備のひとつなので、勿論マテウスもよく使っていた過去があった。


 使った事のある下位装具ジェネラルに一先ずホッと胸を撫で下ろし、それを再び自身の手に馴染ませる為に軽く振るうが、彼はそこで違和感を覚える。


 マテウスは慣れた手付きで、ヒートエッジの柄の底の部分を捻って叩く。中には黒い棒状の芯のようなモノが詰まっていた。これは理力倉カートリッジと呼ばれる、その名の通り理力解放インゲージに必要な理力を貯蔵しておく部品なのだが、マテウスが取り出したそれは、残量が完全に失われていた。


「おい、理力倉が空のようだが?」


「両名、位置に着け」


 マテウスは立会人に声を掛けるが、彼の声はなかったものとして無視された。


 1回の理力解放の行使に必要な容量は、熟練者と初心者とに差が生じる。理力系統にも個人の相性があったし、その他の環境に左右される事もある。しかし、理力倉の容量が空であったならば、例外なく理力解放は不可能だ。無から有を生み出すのは、人の領分ではないのである。


「おい、聞いてるのか? 理力倉が空……」


「どうしました、マテウス元将軍。早く始めましょう。それとも臆しましたか?」


 マテウスは片手剣がらくたを突き出しながら、再度立会人に声をかけるが、今度はジェロームにそれを遮られる。どうやら彼等は結託けったくしているようだと、彼は察する。異様に片寄ったオッズの理由の一端はこれもあるのだろう。2人だけではなく、もっと大勢の意志が働いてる……であるならば、これ以上の抗議は無意味だと彼は断じた。


「ハッ……冗談キツイぜ」


 マテウスは状況の悪さに小さな悪態を呟く。理力倉は取り外したままにしておいた。どうせ装填しても役に立たないのならな、他の形で役立たせるしかない。それ以上は抗議する事もなく、素直に立会人の指定した初期位置まで下がるマテウス。


「それでは、これより我らがエウレシア王国、ゼノヴィア女王陛下の権利によって、ドレクアン共和国出身、アイリーン王女殿下の騎士ジェロームと王女殿下誘拐の容疑者、マテウスの決闘を行う」


(容疑者になっているのか。どおりで)


 立会人の口上が始まる。それに合わせて野次馬達があおるようにリズムを合わせて足を踏み、柵を叩き始めた。この野次馬の多くが、装備を引き剥がされ、張り子の武器を持たされた罪人が、道化として無駄に抗う姿を、血を流して這いつくばる様を、心待ちにしているのだ。


「王女殿下に剣は2本と要らない。そうだろう? マテウス元将軍」


「どうかな。予備に2、3本あってもいいんじゃないか? 使い回せば長持ちもする」


 王女殿下という単語に、マテウスは昨夜のアイリーンの言葉を再度思い返す。


『ごめんなさい。マテウスに相談も出来なかった』


 多分、今も同じような顔をしているのだろう。あの言葉を聞いた時から、この決闘裁判が分の悪い賭けだと、彼には分かっていた。


 マテウスからは、ジェロームの顔が高揚していくのが見て取れる。彼の表情は野次馬のそれと変わらない。自らに危害が届かぬ高みから、一方的に力を行使するだけの者が浮かべる独善的な笑み。子供が、蟻や羽虫に対するような、嗜虐的しぎゃくてきな殺戮。公開処刑。今から繰り広げられるであろう光景は、いっそそう呼んだ方が清々しい。


 だが、そんな状況になっていたとしてもマテウスは、昨夜のアイリーンに返した言葉は違えるつもりはなかった。


『上出来だろう。後はその危なかっしい策で、俺が結果を出せばいい』


 ジェロームの右手のレイピアが雨の中で輝き、その周囲に水が顕現けんげんされて、渦巻くように変化し、刀身の周囲に水流を纏い始める。マテウスも腰を落として肩の力を抜いた。その時、遠雷の響く音に重なって、雨が一層激しく降り注いだ。


「ナマクラには予備すら務まらない事を、教えてさしあげます」


「俺からも教育してやるよ。剣は切れ味だけじゃないってな」


 マテウスは再度現状を確認する。左手に片手剣。右拳を軽く握り締める。あの誘拐事件から今まで、賽の目は最悪だ。理力倉の残量は無し。腹の具合も十分には程遠い。風呂で温めた身体は、冷たい雨に打たれ続けてまた冷え切った。


 だがどんなに劣悪な状況であれ、舞台が戦場で、明確な敵がいるのなら、悲観する必要はない。アイリーンとの言葉に誓い、彼女の剣としてもう1度騎士たらんと決めたのだから、誓いに恥じぬ誇りを持って、己に出来る事を成すだけだ。


「この決闘が、2人に大いなる審判を下すだろう。立会人として、我がそれを見届ける。それでは……始めぃっ!!」


 アイリーンの騎士が、その一歩を踏み出した。

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