プロローグその2

 白いドレスの女の誘拐実行犯の1人。マテウスの正面から、小剣型装具を携えてにじり寄っていくこの男。彼がこの誘拐犯達の副官であった。本来なら彼が率先して指揮をり、目標の誘拐を最優先に動くべきではあったが、彼はまだ息のある頭目を放ってはおけなかった。


 目撃者の始末、という雇い主からのオーダーもある。その上に彼は、仲間の2人を倒した標的マテウスと、直接正面からやりあいたい。そういう欲望をいだいてしまった為、仕事においての優先順位を失念してしまっていた。彼はそういう男であったから、実力はあれど仕事をするにあたって、いつも副官止まりの男であった。しかしマテウスからすれば、当然副官のそんな思惑など分かろう筈もなく、彼は構えていた小剣を、静かに下ろす。


(この期に及んで命乞いか?)


 マテウスの行動に対して、誘拐犯達の誰もがそう思ったし、副官もその行動に対して興醒きょうざめしたが、反面冷静になる事が出来た。武器を捨て、命乞いをするのであれば勝手にさせよう。その後に、丸腰の標的を殺せばいい。同じくそう思った3人の足が、同時に止まる。


 しかし暫く待ってみても、何故かマテウスから小剣型装具が手離される様子は全くない。そして、その剣先がゆっくりと頭目の頭をなぞるようにして止まった所で、冷静になっていた筈の副官の頭に、再び火が着いた。


「なんのつもりだ?」


「ようやく口を開いてくれたか。なに、少しお話がしたかったんだよ」


「……言ってみろ」


 小剣型装具を使って、子供が路傍ろぼうの石をもてあそぶように頭目の頭を軽く突くマテウスの姿は、とても真面まともに対話を始める様子ではなかったが、ともかく彼の冷たい印象を抱かせる三白眼は、友好的に細められていた。


「俺はただの雇われ警備員でな。彼女とは縁もゆかりもないんだ。正直なところ、どうでもいいとも思ってる。お互い誤解はあったが、幸いまだ人は死んでな……死んでないよな? んっ、まぁほら……息はある。だからそうだな……俺たちがこれ以上傷つけ合う必要はないと思うんだが、どうだ?」


「うぅーーっ。おおんっうぅううーうーううーーっっ!」


 大人しくしていた白いドレスの女が、マテウスの言葉によって再び暴れ始める。その内容といえば、なにか激しく抗議をしているのだろう事ぐらいしか分からない。そんな雑音を無視して、副官は思案は始めた。標的マテウスは誘拐するにあたって無害で、女には人質の価値がない。その上でまだ自身に危害を加えるのであれば、こちらには人質(頭目の事)がいるぞ……そう言いたいのだろう。


 標的マテウスが不利な状況はなにひとつ変わってないままに、彼は逆に誘拐犯達を脅す側に回ったのだ。これに気付いて、副官は小さく歯噛みした。確かに今、頭目を失うのは手痛い。依頼主とのやりとりは彼が一手に引き受けていたし、その実力を失うのは勿論、彼の事を信頼する仲間も多かったからだ。


 だが、それだけの事……ここで動揺を見せれば、標的マテウスに有利に働く。副官、そして誘拐犯達にとっての優先順位は、任務の達成と目撃者の始末。頭目の事はもちろん気にはなるが、優先順位から……それ以上に個人的な感情から、副官は目撃者マテウスを生かして返す気がなかった。


「好きにしろ。我々は目撃者は残さず殺す。それだけだ」


「冷静だな。大したもんだ。だが、まぁ……劇場からぞろぞろ出てきたんだろうが、みなが皆、名演というわけにはいかないようだな?」


 マテウスの言葉と視線に対して、副官は振り返る。彼の背後では仲間が、女を抱えたままの姿勢で、固唾かたずを呑んで頭目をジッと見つめていた。あれでは覆面越しにも、簡単に表情がし量れてしまう。マテウスの後ろから近寄る仲間達にしても、小剣が頭目の頭上でひるがえる度に、その歩みを止めて凝視してしまっている。マテウスは彼等の視線を受けて、倒れている男(頭目の事)には人質としての価値がある。そう判断したのだ。


 ただの警備員にいいように遊ばれ、無様な醜態しゅうたいを晒す仲間達。そんな状況に対して、副官は怒りをやっとの思いで押さえつけながら、白いドレスの女を抱えた仲間を振り返る。


「ここはいい。先に行け」


 白いドレスの女を抱えた仲間は、副官の言葉になにか言いたげな視線を返すが、苛立ちを隠そうとしない、副官の声色がそれを許さない。白いドレスの女をもう1度抱えなおしてその場を去ろうとする。


 この時マテウスは、それをそのまま見逃すかどうかの選択に迫られる。彼が理想としていた展開は、足元の男を人質に後ろの2人を下がらせてから、自らが生還。出来る隙があるならば、白いドレスの女を救出する予定だったのだが、どうやらそう容易たやすくは転ばならしい。


 誘拐犯達の反応から、多少は利用価値があるように思えた足元の男にしても、副官の言葉から、強力なカードになりえない事を知った。優先事項が目撃者の始末であるならば、いずれしても自身は殺されてしまうだろう。


 で、あるならば……マテウスが決断してからの、1歩目は速かった。白いドレスの女を抱えた男は既に背中を向けていたので気付かなかったが、マテウスに向き直っていた副官は、彼の動き対して反応する。突然の事に意表をつかれて少し遅れたが、マテウスの後ろから距離を詰めていた2人も、それぞれの思いで一気にマテウスに対して駆け寄った。


 不意でも突いたつもりか……副官からすれば、標的マテウスの判断が愚かなものにしか見えなかった。迎え撃つように小剣を構えるが、標的マテウスは前屈みになにかを拾い上げる動作を見せる。副官はそれがなにを拾っているのかを見る事が出来なかったが、顔を上げたマテウスの次の動作でそれを知る事になる。小剣型装具を左手に持ち直したマテウスが右手に握っていたのは、頭目がマテウスに向けて投擲とうてきした、投げナイフだった。


 牽制に投げつけるつもりなのかと、副官は左篭手型装具の理力を解放して、輝く障壁を展開する。それはマテウスが火柱を払いのけた時に顕在させた、盾状のモノと同様の形だった。


 副官の視界の端では、マテウスの後ろから近づいていた2人が、頭目を確保している。これで、標的マテウスは頭目の身柄というアドバンテージを失い、対して得たのは、投げナイフを拾い上げるというわずかな時間だけ……愚策というより他ないと、副官は腹の内で嘲笑あざわらう。


 副官にとって、正面から大股5歩はありそうなこの距離から、投げつけられるナイフなど、小盾程の輝く障壁があれば十分だった。身体を少し縮めるようにして、その瞬間を待って身構える。


 しかし、マテウスが投じたナイフは、副官が輝く障壁で打ち払うまでもなく、大きく逸れていった。副官には、この距離で狙いを外す事の意味が分からなかったが、彼にとってはそれに答えを出すよりも、まるで重戦車の如き突進で間合いを詰めてくる、標的マテウスへの対処が先決だった。


 それぞれの理力が干渉を起こしてしまう為、装具の理力解放インゲージは原則1度に1つまで。


 訓練で何度も身体に覚えさせた教訓が、打ち払うまでもなく逸れていくナイフの先を追うよりも、輝く障壁を閉じて小剣型装具に理力の解放先を変更させ、標的マテウスと対峙する事を選択させる。


 「グアーッ!」


 副官にその声が届いたのは、彼が輝く障壁を閉じた瞬間だった。まさかという想いが、確認したいという誘惑を後押しして、一瞬だけ視線を後ろへと配ってしまう。


 彼の視線の先では、白いドレスの女を抱えて無防備に背を向けて逃走しようとしていた仲間の尻を、投げナイフが捕らえてた。こんな場合でなければ、声を上げて笑ってしまうぐらいには、見事に尻の割れ目中央に食い込んでいたのだ。


 仲間は飛び立とうとしたのであろう姿勢のままに、なんとか再び着地したのも束の間、糸の切れた操り人形のように、白いドレスの女共々その場に崩れ落ちる。ナイフに毒が塗られているのは、その鈍い輝きで分かっていたマテウスだったが、その種類までは理解していなかったので、この即効性は彼にとっては僥倖ぎょうこうであった。


(初めからこれを狙って?)


 女の命に興味はないなどと油断を誘い、傷つけ合う理由はないなどと話を持ちかけておいて……しかし、そんな怒りに震えている時間も、視線を外している暇も、副官にはなかった。彼がそれに気付いた時には全てが遅い。副官が視線を標的マテウスへと返した時、大股5歩離れていた2人の距離は、既に半歩にまで縮んでいた。副官は、標的マテウスから自身へと突き出された小剣型装具を打ち払おうと、得物を我武者羅がむしゃらに振るうが、その一刀は武器を捕らえ切れずに空を切る。


 結果として、マテウスの小剣型装具は深々と副官の左腕を抉った。情けない声をあげないように、歯を食い縛る副官だったが、出来た抵抗はそこまでだった。小剣を右手で掴んだまま、ゼロ距離までに間合いを縮めたマテウスが、副官の腹部を皮の鎧の上から、捻り上げるようにして繰り出した左掌底を打ち込む。副官の皮の鎧は防護の役目を果たせず、その衝撃は副官の背中を通り抜け、彼の身体をクの字に折り曲げた。


 この1撃で肺に残った酸素を全て吐き出し、まるで身体のあらゆる臓器が意識下を離れたような苦しみに、声も出せずに崩れ落ちようとする副官に対して、マテウスは彼の左腕に突き刺したままの小剣型装具に、理力を通す。


 理力解放された瞬間に、刀身全体が発熱する小剣型装具。熱を帯びた部分は全て、焼きごてのように目に見えて分かる程赤くなり、当然、突き刺さったままの副官の腕からは、焦げついた臭いが上がった。


「がぁっがぁーっ!」


 身体の中から高温であぶられる痛みに、直前に酸素を失った身体から、絞り出すような悲鳴を上げる副官。それを無視して、小剣型装具を上手うわてに握り直して、力任せにそれを振り抜くマテウス。結果として、小剣型装具は副官の腕を、ケーキのようにあっさり切り裂いた。肉を半分削がれた腕は、辛うじて繋がっているはいるものの、2度と腕としての機能を果たす事はないだろう。大きく開かれた傷口からの出血は少なく、その代償のように小さな煙を上げていた。


 マテウスは小剣型装具を振りぬくと同時に、身を屈めながら副官の左腕の下を潜り抜け、彼からの反撃に備える為に、身を離しながら振り返る。そしてそれがないと知ると、誘拐されていた女の下へ駆け寄った。


 男の拘束から解放されていた女は、自力で口の中に詰め込まれていた異物を吐き出して、咳き込みながら必死に呼吸を整えていた。マテウスが確認する限り、彼女に目立った外傷はなかったが、彼は念の為にと直接、女へ声をかける。


「おい、大丈夫か? 立てるか?」


「けほっ。ごほっ……はぁ、はぁー……えぇ、大丈夫よ」


 白いドレスの女に手を差し伸べて、引き上げて立たせてやる。その手は小さく力なかったが、触れ合う肌はしっとりとしていて、傷ひとつない。顔を上げれば、ゆるくウェーブのかかった金糸のような長髪が肩を伝って揺れて、こちらを見上げる大きく鮮やかな青い瞳は、映した相手を吸い込んでしまうような輝きを宿していた。


眉目秀麗びもくしゅうれい、深窓の令嬢、傾国の美女……こんな場合にもかかわらず、マテウスがそんなありきたりな言葉を浮かべる程に彼女は美しかった。襟元や袖口、裾にまで宝石を使った煌びやかな装飾が施された白いドレスさえも、彼女を引き立てるには至っていない。


 それ以上にマテウスは、そんな彼女の容姿に対して、強い既視感きしかんを覚えていた。思わずそれを彼女に直接問いただしたくなるが、今はその時ではない。頭を冷やして首だけを廻らせて、後ろから迫る2つの脅威を確認する。


 マテウスが振り返った先では、頭目に肩を貸して半ば背負うように立たせている男の姿と、小銃型装具をこちらへと向けたまま、動く事が出来ない男とが並んでいた。念の為に、靴型装具へと理力解放先を変更するマテウス。


 彼の靴型装具では、誘拐犯達の装具を上回る機動力は得られない(そもそも女連れでは、同じ装具でも不可能)し、銃撃を警戒する必要もある為の判断であったが、2人の男からは動こうとしない。


 やはり、彼等が小銃型装具という火器を持ちながら使用しないのは、発砲音を配慮して制限をかけているからだろうか? もしくは、誘拐した女と隣り合って並んでいる今の状況ならば、彼女への被弾を避ける為という可能性も考えられる。


 どちらにせよ、状況の変化に対応できずに、彼等が浮き足立っているのは、彼等を指揮する者がいないからだろうとマテウスは結論を下す。そして、自身が倒した4人の中に、おそらく指揮者がいたのであろう事も検討付けていた。


(2人目の男と、最後の男……両方だな)


 彼等の力量と言動から情報を整理し、正解に近い結論を得ていたマテウスは、次の一手に逃走を選択する。誘拐犯達は現状、発砲を制限されたままに、目撃者マテウスを排除して、ターゲットである白いドレスの女を傷つけずに誘拐し、証拠を残さない為に倒れた4人を回収しなければならない。


 これらを同時に行う必要があるのに、目に見えて残された人数は2人。指揮者がいない今、彼等は尚更に動揺している事だろう。この隙に乗じて、目撃される事を良しとしない誘拐犯達から距離を取り、人目のつく場所まで移動してしまえば、自分達が生き延びる可能性は更に高くなる筈だ。


 そう考えたマテウスは、何処に向かって逃走するか……すぐにその答えを導き出す。


「走れるか? 逃げるぞ」


「ちょっと、どこに行くのよっ?」


 女の当然の問いを無視して、マテウスは非常口を目指した。それは彼が路地裏に入り込んだ場所を入口とするならば、更に奥まった場所にある。おそらく女を誘拐する時に、館内からの逃走経路に使ったのだろう非常口は、見た目には固く閉ざされていたが、例え鍵が掛かなおされていようとも、誘拐犯達から奪った武装を使えば、難なく開く事が出来るだろう。


 人目のある場所に向かいたかったマテウスは、この時間帯ならば闇雲に外を逃げ回るより、屋内で警備員達と合流した方が確実であろうと判断したのだ。


 マテウスがあと1歩で屋内に踏み込めるという距離まで走った所で、彼の視界の外の風切り音に気付く。反射的に左腕に健在させていた輝く障壁で顔を守るように腕を掲げた瞬間、障壁越しに強い衝撃が伝わる。なにが起こったのか確認しようと顔を上げる彼に向かって、続けざまに火球が飛来してきた。


 マテウスはすぐに飛来してくる火球を辿る。すると、2つの人影が見て取れた。黒装束の風貌とその携える小銃型装具から、マテウスは背後の2人の仲間だと結論付ける。マテウスにとって、誘拐犯達にまだ仲間がいる事は想定の範囲内だったが、容赦なく発砲してきた事に対して、彼は驚きを隠せずにいた。小銃型装具の射線上には、白いドレスの女がいたからだ。彼等の計画にとって、白いドレスの女の生死は問わないのだろうか?


 もしそうだとすれば、自身達がこのまま誘拐犯達に背を向けて、屋内に逃げ込もうとすれば、その背中を標的として差し出すようなものだ。マテウスは、方針の再検討を強制されたのである。


 しかし、その時間を誘拐犯達は与えたりしない。小銃型装具の引き金を引く度に、次々と火球がマテウスに向かって飛来してくる。それを彼は、身を屈めながら左に顕在けんざいさせた輝く障壁で受け流し、右に握った小剣型装具で打ち払う。


 一方、マテウスの背後にいる白いドレスの女は、火球を目で追う事が出来ずに、立ち尽くしていた。着弾と同時にレンガ作りの石壁が音を立てて抉れ、破片と粉塵ふんじんを撒き散らす。それに対して彼女は、自身の顔を守るように両手をかざして、自ら視界を遮ってしまう。


 まるで案山子かかしのような反応。そんな白いドレスの女に向けて、遂に1つの火球が迫った。マテウスは咄嗟とっさに小剣型装具を持ったまま、刃を寝かせて右手を伸ばし、女を掴んで引きずり倒す。


「ひぃやぁっ!? ちょっと、どこ触って……」


 マテウスが大して確認もせずに掴んだ部分は、女の胸部の谷間だった。彼女のドレスは肩から胸元まで大きく開いており、豊かなに育った果実のような胸部が、零れ落ちんばかりに突出していた。諸氏の視線を集めるであろうそれが、今のマテウスにとっては……


「すまん、掴みやすかった。いいから頭を下げていろっ」


「つかっ……!? もぅっ、最低っ!」


 マテウスの言葉に顔を真っ赤に染めたのは羞恥か憤怒か。とにかく彼の指示は伝わったようで、女は素直に身を屈める。そして半分以上に露になってしまった胸部をドレスに押し込んで、ネックレスに吊るしていた紫水晶のような輝きを放つ、大きな宝石を引きちぎる。


「なにをしているっ?」


「私だってね……」


 女は胸元で祈るようにして両手で宝石を包み、瞳を閉じる。すると、彼女の両手から、溢れる程の輝きを宝石が放ち始めて、その輝きはマテウスと女をすっぽり包み込む障壁へと変化した。


 マテウスが顕在させた輝く障壁と同様の輝きではあったが、彼女のそれは、厚みや規模の格が違っていた。誘拐犯達はそんな変化に怯む事なく、輝くの障壁に対して、次々と火球が撃ち込み続けるが、火球は触れると同時に打ち消されるばかりで、全てが無駄に終わっていく。


上位装具オリジナルワンか? 貴族だとは思っていたが……」


 マテウスや誘拐犯達が使う下位装具ジェネラルとは違い、貴族の……その中でも選ばれた者だけが保持と使用を許される、最高級の一品だ。それらは製作、運用共々に莫大な費用がかかるので、庶民には手の出しようがない。つまり彼女が、正当な家柄と財力共々を所有している事を表していた。


「少しは態度を改める気になったかしら?」


「どうかな。庶民からすれば、見上げる先の格差なんて気にならんのでね。それより、このまま屋内に入るぞ」


「はぁー……ほんっと、失礼な人ね。貴方って」


 前述したような、近寄りがたい美しさを備える女だったが、コロコロと変わる表情には、親しみやすい愛嬌あいきょうがあった。このような事態にも、活力を失っていない様子から、見た目に反した図太い神経の持ち主である事がうかがい知れる。それとも、マテウスとの会話で取り戻したのか。


 雑談を交える程度には余裕の出来た2人だったが、それでも警戒を緩めずに、ゆっくりと館内へ後退していく。上に配置された誘拐犯達2人、そして先程まで棒立ちで構えていた男……3人の小銃型装具から狙い打たれるが、障壁にはヒビ1つ入る様子がない。


 そんな状態に痺れを切らしたのは、最初にマテウスに向けて発砲した男だった。使っていた小銃型装具を置き、背中に背負っていた別の装具を取る。


 槍のように長い全長と、大きな銃口。それを現代兵器で例えるならば、対戦車ライフル程度の大きさはある。そのフォルムにマテウスは見覚えがあった。そして彼が知るその装具は、人ではなく異形アウター……その中でも巨獣に部類する標的に向けて放つ、威力に特化した下位装具であった。


「おい、下がるぞっ」


「なに? だから今そうして……って、ひゃいっ?」


 マテウスが女に声をかける間に、男は理力倉の装填を終えていた。腰溜めにして両手持ちに支え、屋上から身を乗り出してマテウス達に狙いを定める。


 マテウスは今の事態が飲み込めずにいる女の腹部に腕を回して、無理矢理に片腕で抱え上げて、同時に館内へと飛び込んだ。大砲のような低く大きな発砲音がすると同時に、マテウス達の影を一際大きな火球が射抜く。


 ズンッと劇場全体が揺れる程の爆発が起こった。非常口は全壊し、劇場と並び立った家屋の壁面まで消し飛び、まるでクレーターかのように地面は抉れて、粉塵を舞い上がらせる。


 その為、誘拐犯達からは、マテウス達の死を確認できる状態ではなかったが、これ以上は人が集まると判断した彼等は、続けて発砲を繰り返しながら、仲間の身柄を抱えて退却を始めた。

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