漆 白鳩
雲一つない夏空から鳥の羽ばたきが降りてきた。白い
オレは鳩に腕を差し出した。鳩は腕には止まらずに、肩に降り立ってオレに頬ずりする。鳩の体をそっと押さえて、オレは手紙をほどいた。
京都にいたころから懐いていた鳩は、オレが江戸から宇都宮、会津、そして白河へと転戦しても、迷わずオレに手紙を届ける。鳩が賢い鳥なのか、こいつが特別に賢いのか。
江戸からの手紙が来るたびに、開くのが怖い。覚悟はできていると幾度も自分に言い聞かせて、ようやく文字に目を通す。
訃報だった。江戸は
天才の剣、猛者の剣と
「斎藤さま、
呼び掛けられて振り返る。時尾は、何かを予感した顔をしていた。オレは事実だけを告げた。
「沖田さんが死んだそうだ」
時尾は顔を伏せた。小さな唇が動くのが見えた。声は聞こえなかった。
オレは空を仰いだ。戦の日々の
白河街道、
オレが寝泊まりする宿屋は格式が高いらしい。
だったら何だ、と言いたくなる。物見遊山に来ているわけじゃない。
オレたちは白河奪回を目指すとしながら、ろくな手立てを打てずにいる。
小丸山で伊地知と対峙したあの日、五月一日。夕暮れ時を待たずして、白河は倒幕派の手に奪われた。
後にわかったことによると、倒幕派の軍勢はわずか七百だった。対する会津藩連合軍は二千五百の兵力を擁していたのに、大敗。七百人以上の兵士が命を落とした。
耳元で鳩が喉を鳴らした。オレは鳩の体に手のひらを添えてやる。鳩は甘えるように、オレの指をついばんだ。
「オレが怖くないのか?」
問うてみても、鳩は首をかしげるだけだ。
時尾がおずおずと近付いてきた。隣というには遠いところで立ち止まる。
「鳩さんには、斎藤さまのお人柄がわかってんだべし。おっかねぇお人ではねえ、と」
時尾の声は涙に震えていた。思わず顔を見ると、潤んだ目で微笑んでいた。
「沖田さんのこと、つらいか?」
「はい。だけんじょ、斎藤さまのほうがきっと、お苦しいべし。子どものころから同じ道場に通う仲間で、京都でもずっと一緒で……わたしにとっての八重さんのようなお人だ。そっだ大事な仲間が、亡くなっつまったら……」
こらえ切れなくなったように、時尾は口を押さえて下を向いた。小さな肩、地味な小袖、擦り傷の残る手、宿場の髪結いがこしらえた
「泣くな」
「はい……申し訳ごぜぇません」
「違う」
謝らせたいんじゃない。責めているわけでもない。
オレは鳩を抱えて、時尾の肩に載せた。鳩はオレを見て時尾を見て、時尾の腕と胸の間に、すとんと収まった。うつむいたままの時尾が微笑んだ。頬を涙が伝って落ちた。
短い間、黙っていた。
時尾が小さく鼻をすすって顔を上げた。
「斎藤さま、怪我や火傷の
「さすけねえ。
「また斎藤さまは『さすけねえ』なんて。島田さまも心配しておいでだなし」
「島田さんこそ重傷だろう。あんたの術がなければ死んでいた」
「だけんじょ、斎藤さまはいつもいちばん危険な任務を引き受けて、何度も死にそうな目に遭って、怪我だらけで」
時尾が口を閉ざした。時尾の視線を追うと、弥曽が庭に出てきたところだった。
「山口さま、傷にお薬を塗って差し上げます」
ため息が出た。
「いらん世話だ」
独り言を時尾に聞かれた。時尾はかぶりを振って、声を潜めた。
「そっだこと口にしたら、弥曽さんが傷付きます。お世話してもらえばよかんべし。弥曽さんは気立てのいい美人だと、会津でも評判が高ぇのですよ」
「気立てがいい? お節介が過ぎる。オレが間違いでも起こしたらどうするつもりだ?」
時尾が息を呑んだ。じっと見られて、ばつが悪くなる。オレは時尾の腕から鳩を抱き上げた。くるくると鳴く鳩を自分の肩に載せて、時尾にも弥曽にも顔を向けずに告げる。
「鳩に何か食わせてくる」
「山口さま、そっだら、わたくしが台所に行って何かいただいてきますから」
「いい。一人にしてくれ。古馴染みの仲間が死んだんだ」
嘘ではない。が、胸が鋭く痛んだ。沖田さんを
オレは足を速めた。どんなに急いだって、気まずさや胸の痛みから逃げ出せるわけでもないのに。
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