弐 緒戦
倒幕派との間に戦端が開かれたのは、それから五日後の明け方だった。
新撰組が、その白坂口を守っていた。
街道を挟んで両側は
「斎藤の読みが当たったな」
島田さんが、木立を盾に銃弾をやり過ごしながら笑った。オレはうなずく。
上方から挟撃してくれと言わんばかりの街道を、倒幕派が突っ切ろうとするはずもない。伏兵がいると山を張って、左右どちらかの隊の背後を突こうとするだろう。オレが警戒を命じたのは、街道ではなく小山の側面からの奇襲だった。
敵の兵力は、銃撃の規模から図るに、二百かそこらだ。銃声が聞こえれば、向かいの小山の分隊がすぐに応援に来る。連携の手筈は幾とおりか想定して、班長格の隊士に叩き込んでおいた。
霧を透かして確認する。敵との距離、おそらく二町ほど。オレたちが装備するゲベール銃の射程内だ。
「構え!」
地面に伏せ、あるいは木から半身を出して、一斉に敵へ銃口を向ける。
「撃て!」
乾いた銃声が重なる。敵陣から悲鳴が聞こえた。と同時に、飛んでくる銃弾の層が厚くなる。闇雲な威嚇射撃から、的を絞った攻撃に変わったようだ。
「構え!
兵を
たちまち怪我人が出る。
敵陣のほうが低い位置にある。次第に立ち込めた霧がそこに
「今のうちに畳み掛けろ!」
怒鳴る喉に火薬の匂いが染みる。
野戦の指揮は初めてだ。そもそも百人を超える兵を指揮することが初めてだ。白河に来たのも初めてだ。山に
けれど、戦況が読める。銃声と怒号の中、声を張って命令を飛ばしながら、すぅっと静かな場所にオレはいる。
考えるより先に体が動く。喉から声が飛び出して、軍勢がオレの指揮に従う。
わあっと
「尻に撃ち込んでやれ!」
銃声、悲鳴、銃声、銃声、銃声。霧の中に敵軍が消える。応援部隊がオレの隊へ合流する。興奮した顔ぶれを前に、オレは即座に命じた。ここは勢いに乗ずるべきだ。
「島田さん、二班を率いて負傷者の介抱と、敵が捨てていった武器の回収を」
「承知!」
「一班、三班、四班はオレに続け。追撃する。全員は殺すな。捕縛して情報を引き出す。行くぞ!」
おうッ、と声が上がった。オレは先陣を切って駆け出す。
昇り始めた朝日が、逃げ散る敵軍を照らす。南への退路は突如、朝日を背にした砲撃によって阻まれる。近くに駐屯していた会津藩士が駆け付けたらしい。
「会津軍に遅れるな! オレたちも手柄を重ねるぞ!」
兵に発破を掛ける。おかしなもんだ。こんなにやすやすと言葉が口から出るなんて、常日頃のオレにはあり得ない。
オレの体に誰かが乗り移っているんだろうか。例えば近藤さん。それとも、土方さんの生き霊か。いや、何だっていい。勝てりゃいい。兵を死なせずに済めばいい。倒幕派から会津を守れればいい。
いまだに敵を「倒幕派」と呼び続ける
徳川宗家は半年以上も前に政権を天皇に奉還した。慶喜公は将軍職も辞した。つまり、徳川幕府はもう倒れている。新撰組や会津軍をひっくるめて幕府軍と呼ぶが、それもまた本当は滑稽だ。
じゃあ、互いを何と呼べというんだ?
敵は「官軍」を名乗っている。「
結局、オレたちが幕府軍や佐幕派を名乗って存在し続ける限り、連中は倒幕派だ。
「簡単に倒されてたまるか」
劣勢は思い知っている。負け戦に次ぐ負け戦。オレの知る新撰組は崩壊した。ここにあるのは、新撰組の名を受け継いだだけの別の集団。あるいは、名だけでもいいから新撰組を死なせたくなくて、この集団を新撰組と名付けたのか。
しかし、白河防衛の緒戦はオレたち幕府軍の勝ちだ。
初陣の若い隊士たちが興奮に顔を輝かせている。こいつらを一日でも長く生かしてやるために、局長代理のオレに何ができるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます