参 軍議
軍議はくすぶったまま終わった。
白坂口で倒幕派の一隊を蹴散らした翌日。会津藩家老の
息つく間もなく始まった軍議で、オレは白坂口の守りを固くするよう進言した。西郷さまの反応は、かんばしくなかった。
「端々の守りに兵力を割き、肝心の城の守りが手薄になっつまっては本末転倒だべ。兵力はこの白河城と、城の南の稲荷山に集める」
「しかし」
「おお、そだに気ぃ揉んだ顔しらんに。白河城は北を
「白河が要塞と呼ばれるのは、北に備える場合です。南からの敵は、今までの白河の守りでは、不十分かと」
「山口どのは、おっかねぇがよ? まあ、無理もねえ。母君が会津の血を引いていても、山口どのは江戸育ちだからなあ。奥羽は見たことのねぇ景色ばかりで、戸惑ってんべ?」
調子を崩されて、オレは黙るしかなかった。だいたい、藩政を
「白坂口の防衛強化の案はどうなった?」
「却下された」
「ほう。それで肩を落として帰ってきたわけか。局長が辛気臭い顔をするな」
「局長代理だ。ただ、新撰組を白坂口に配置するのは許された」
「そうか。だったら、我々にできることをやるしかないな。西郷さまが実戦に出られるのは、これが初めてなんだろう? 戦い方を知っている者で、うまく補わんといかん」
西郷さまは戦いたがらない人、という噂は聞いていた。会津藩は京都でも伏見でも戦ってきたが、西郷さまはどの戦にも参陣していない。
六年前、幕府から
容保公は西郷さまを遠ざけて京都に
遠ざけられても、西郷さまは、会津藩が京都守護を引き受ける必要はないと説き続けた。京都から追放されて家老の職を解かれても、主張を曲げなかった。
「どうもよくわからない」
「何だ、斎藤? 気になることがあるなら、何でも言え。口が堅いのと抱え込むのとは違うんだからな」
島田さんはよく人を見ている。縁の下の力持ちで、聞き上手だ。島田さんといると、オレはいくらか口数が増える。
「なぜ急に西郷さまが前線に出ることになったんだろう?」
「ああ、その件か。おまえが軍議に出ている間に、会津藩士から事情を聞いたぞ。順を追って話すと、まず、西郷さまが家老に復帰したのは今年の一月、伏見の戦で幕府軍が大敗した後だ」
「それは知っている」
「会津公は
「西郷さまが講和を進めていたのか?」
「ああ。そしてこのたび、見事に交渉は決裂した。倒幕派が天皇への恭順の証として要求したのは、会津公の首だったんだ」
「馬鹿な」
近藤さんの死に様が胸によみがえった。新撰組局長、近藤勇は、倒幕派の大軍に包囲されたオレたちを逃がすために、ただ一人で敵陣に乗り込んで捕らえられた。そして罪人として斬首された。首は京都で
別れ際の記憶をまだ夢に見る。そのたびに後悔の念に焼かれる。近藤さんを行かせるべきじゃなかった。何としても引き留めるべきだった。
島田さんがオレの顔をのぞき込んだ。
「会津藩は、主君を決して手放すまいよ」
「当然だ」
「呑めるはずのない非礼な条件を突き付けたのは、つまり、倒幕派には暴れる意志しかないってことだ。仮に会津公が自らの首を差し出したとしても、火がおとなしく消えるとも思えない。連中が満足するまで、新しい標的が作られ続けるだろう」
「何にしてもオレたちは、できることをするだけだ」
「違いないな。よし、善は急げだ。白坂口の警備に就く
「お願いしたい。明日の朝には合流する。白坂口は土塁を築いて塞いでしまおうと思う」
「了解した。三、四班を連れていくことにしよう。運べる武器や道具は運んでおくぞ。負傷兵は城に置かせてもらえるのか?」
「ひとまずは。後で城下町の宿に移すことになるが」
「あいわかった。出立するときには一言、声を掛ける。そこいらの隊士におまえの命令を伝達するよ。ああ、いや、これはおまえが自分で命じるほうがいいか?」
「今は島田さんにお願いしたい。オレは喉が痛い」
「普段はちっともしゃべらないくせに、今朝はずいぶん大声を出していたからな。今さらだが、斎藤はいい声をしてるじゃないか。それじゃあ、後でな」
島田さんは大柄な体をのしのしと揺らして、城壁の武者走りへと上がっていった。ざわつく隊士たちに集合を命じる。
城内は赤々と
胃の痛くなるような焦燥感がある。
会津は秋が深まると雪が降り出して、春の半ばまで白く閉ざされるという。どれほど寒いか、想像もできない。
オレと同じで、西や南から来た倒幕派の連中も、会津の冬を知らない。だったら、雪が降るより先に会津攻めを完了させようと目論むんじゃないか?
間の悪いことに、今年は閏月が四月の後に入って、夏が一箇月長い。一箇月もあれば戦況が激変し得ることを、この半年で嫌というほど味わっている。
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