参 軍議

 軍議はくすぶったまま終わった。


 白坂口で倒幕派の一隊を蹴散らした翌日。会津藩家老の西さいごうたのが白河防衛の総督として入城した。


 息つく間もなく始まった軍議で、オレは白坂口の守りを固くするよう進言した。西郷さまの反応は、かんばしくなかった。


「端々の守りに兵力を割き、肝心の城の守りが手薄になっつまっては本末転倒だべ。兵力はこの白河城と、城の南の稲荷山に集める」

「しかし」


「おお、そだに気ぃ揉んだ顔しらんに。白河城は北をくまがわに守られ、四周を見事な石垣で囲われている。そもそも白河の地は天然の要塞だずって城が造られた。ここに陣を構えれば、何千の兵に襲われても、追い返すのは造作ねえ」


「白河が要塞と呼ばれるのは、北に備える場合です。南からの敵は、今までの白河の守りでは、不十分かと」

「山口どのは、おっかねぇがよ? まあ、無理もねえ。母君が会津の血を引いていても、山口どのは江戸育ちだからなあ。奥羽は見たことのねぇ景色ばかりで、戸惑ってんべ?」


 調子を崩されて、オレは黙るしかなかった。だいたい、藩政をになう家老で四十に手が届く知恵者に、オレが太刀打ちできるはずもない。


 さんじゅうやぐらを後にして、新撰組が待機する城の南東部へと戻る。島田さんは、待ち兼ねた様子だった。


「白坂口の防衛強化の案はどうなった?」

「却下された」

「ほう。それで肩を落として帰ってきたわけか。局長が辛気臭い顔をするな」

「局長代理だ。ただ、新撰組を白坂口に配置するのは許された」


「そうか。だったら、我々にできることをやるしかないな。西郷さまが実戦に出られるのは、これが初めてなんだろう? 戦い方を知っている者で、うまく補わんといかん」


 西郷さまは戦いたがらない人、という噂は聞いていた。会津藩は京都でも伏見でも戦ってきたが、西郷さまはどの戦にも参陣していない。


 六年前、幕府からかたもり公に京都守護職の命が下った。容保公は、しなまさゆき公の忠義の家訓を引き合いに出されて命令を受けざるを得なかった。会津藩士たちも軒並み同じ考えだったが、西郷さまは違った。容保公に正面切って反対した。


 容保公は西郷さまを遠ざけて京都におもむいた。会津とは何もかも勝手の違う京都で、ただ誠実に職務に励んだ。禁術に手を出して、赤い環の力を成しさえした。


 遠ざけられても、西郷さまは、会津藩が京都守護を引き受ける必要はないと説き続けた。京都から追放されて家老の職を解かれても、主張を曲げなかった。


「どうもよくわからない」

「何だ、斎藤? 気になることがあるなら、何でも言え。口が堅いのと抱え込むのとは違うんだからな」


 島田さんはよく人を見ている。縁の下の力持ちで、聞き上手だ。島田さんといると、オレはいくらか口数が増える。


「なぜ急に西郷さまが前線に出ることになったんだろう?」

「ああ、その件か。おまえが軍議に出ている間に、会津藩士から事情を聞いたぞ。順を追って話すと、まず、西郷さまが家老に復帰したのは今年の一月、伏見の戦で幕府軍が大敗した後だ」


「それは知っている」

「会津公はくにもとに帰られた後、会津の守りを固める一方で、戦いたがらない西郷さまのやり方にも理解を示された。倒幕派との講和が成立するならそれに越したことはない、とな。会津公ご自身、もともと争い事のお嫌いなかただ」


「西郷さまが講和を進めていたのか?」

「ああ。そしてこのたび、見事に交渉は決裂した。倒幕派が天皇への恭順の証として要求したのは、会津公の首だったんだ」

「馬鹿な」


 近藤さんの死に様が胸によみがえった。新撰組局長、近藤勇は、倒幕派の大軍に包囲されたオレたちを逃がすために、ただ一人で敵陣に乗り込んで捕らえられた。そして罪人として斬首された。首は京都でさらされているという。


 別れ際の記憶をまだ夢に見る。そのたびに後悔の念に焼かれる。近藤さんを行かせるべきじゃなかった。何としても引き留めるべきだった。


 島田さんがオレの顔をのぞき込んだ。


「会津藩は、主君を決して手放すまいよ」

「当然だ」

「呑めるはずのない非礼な条件を突き付けたのは、つまり、倒幕派には暴れる意志しかないってことだ。仮に会津公が自らの首を差し出したとしても、火がおとなしく消えるとも思えない。連中が満足するまで、新しい標的が作られ続けるだろう」


「何にしてもオレたちは、できることをするだけだ」

「違いないな。よし、善は急げだ。白坂口の警備に就くたくを整えよう。今晩中に動ける者を連れて、先行しようか?」


「お願いしたい。明日の朝には合流する。白坂口は土塁を築いて塞いでしまおうと思う」

「了解した。三、四班を連れていくことにしよう。運べる武器や道具は運んでおくぞ。負傷兵は城に置かせてもらえるのか?」


「ひとまずは。後で城下町の宿に移すことになるが」

「あいわかった。出立するときには一言、声を掛ける。そこいらの隊士におまえの命令を伝達するよ。ああ、いや、これはおまえが自分で命じるほうがいいか?」


「今は島田さんにお願いしたい。オレは喉が痛い」

「普段はちっともしゃべらないくせに、今朝はずいぶん大声を出していたからな。今さらだが、斎藤はいい声をしてるじゃないか。それじゃあ、後でな」


 島田さんは大柄な体をのしのしと揺らして、城壁の武者走りへと上がっていった。ざわつく隊士たちに集合を命じる。


 城内は赤々とかがりかれている。明るさと熱が、夜気の冷たさをやわらげる。うるう四月が終わりに近付いた季節。京都なら、そろそろ蒸し暑かった。江戸はどうだったか、十九の年まで住んでいたのに、よく覚えていない。


 胃の痛くなるような焦燥感がある。


 会津は秋が深まると雪が降り出して、春の半ばまで白く閉ざされるという。どれほど寒いか、想像もできない。


 オレと同じで、西や南から来た倒幕派の連中も、会津の冬を知らない。だったら、雪が降るより先に会津攻めを完了させようと目論むんじゃないか?


 間の悪いことに、今年は閏月が四月の後に入って、夏が一箇月長い。一箇月もあれば戦況が激変し得ることを、この半年で嫌というほど味わっている。

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