第一章 父と子(6)



          6


 マシゥは、しばらくそこに佇んでいた。

 エビは何も言わなかったが、ここを去れという意思は理解できた。生命を奪うことはしない。だから、仲間の許へ帰れ。もう二度と姿を現すな。と、思われていることは。

 確かに、帰りたかった。

 この地で経験したことを全て忘れ、何もなかったことにして。そ知らぬ顔で故郷に戻ることが出来たなら、どんなによいだろう。どうせ、コルデたち開拓者にも、ビーヴァたち森の民にも、自分の存在は望まれていないのだ。帰って王に試みは失敗だったのだと、報告することが出来るなら。

 誘惑は強かった。けれども――だからこそ、彼は、黙って立ち去ることが出来なかった。

 革紐にこすられた手首が、ひりひりと痛む。マシゥは、舌打ちしながら周囲を見回した。木々は粛然と佇み、見張りがいる気配はない。本当に、独りきりにされたらしい。

『どうしよう』

 自らに問いかけつつ、答えを既に知っていることに気づく。マシゥは、眉間に皺をよせた。こじれてしまった事の経緯と、これから己がしようとしていることの困難を思うと、容易には前へ踏みだせない。

「…………?」

 手がかりを求めて彷徨う視線が、木陰でまたたく小さな光にとまった。ビーヴァが弓を構えていた場所だ。近づいたマシゥは、くさむらに放置された矢柄やがらをみつけた。

 灰色の縞模様のある矢羽根が、無言で日差しを反射している。

 マシゥは腰をかがめ、そっとそれを拾い上げた。端に、持ち主の印が刻まれている。やじりはない。眺めていると、初めてそれを手にしたときの犬使いの声がよみがえった。

《戦うつもりはない、という意味です。》

 ユゥクの肉片に、モミの緑枝とともに添えられていた。会ったことがなく、言葉を交わしたこともない相手に示された、つつましやかな好意。――それに対する仕打ちを思うと、マシゥは、また泣き出したい気持ちにかられた。

 ひとが死んだのだ。もう、取り返しがつかない。彼らのかけがえのないものが奪われ、傷つけられ、うち壊されたのと同時に、自分の中からも貴重なものが失われてしまった。

 しかし、進まなければならない。

 マシゥは、ぐいと目元をこすって顔を上げると、折れた矢柄を手に歩きはじめた。



 レイム(太陽)は西へ傾き、木々は、藍色がかった長い影を地上にのばしていた。カラマツとシラカバが交じり合う森の下草には、踏みわけられた跡がある。

 マシゥは、集落に背を向け、北へ、ゆるやかな斜面を登っていった。しばらく進むと、木立に融けこむようにして、小さな家が建っているのが見えた。

 風が、淡い金色の木漏れ日を揺らして吹きぬける。マシゥは外套の襟を合わせ、小屋へ近づいた。扉の隙間から中をうかがう。人のいる気配はない。

 彼は、ぐるりと周囲を見渡した。

 東南に向かって傾斜した台地の端から、ふもとの村が見えた。木々の枝の隙間から、銀色にきらめくオコン川の流れが見えている。その手前、シラカバがさしのべる枝の下に、人影がうずくまっていた。

 マシゥは、溜息をついた。

 セイモアの白い毛皮は、それ自体が光を放っているかのように、ぼうと輝いていた。マシゥに気づき、尾を振って駆けてくる。ソーィエは、主人の傍を離れず、おざなりに尾を振った。

 二匹の動きに気づいて、ビーヴァがこちらを振り向いた。

 澄んだ黒曜石の瞳に浮かんだ驚愕と、怒りの混じった悲しみに、一瞬、マシゥは胸を衝かれた。

「あの」

 意を決して話しかける。

「さっきは、ありがとう。助けてくれて……」

 ビーヴァは、マシゥを見続けている。『どうしてまだここにいるんだ』と思われていることは想像できた。

 マシゥは、手の中の矢柄に視線を落とし、足元で鼻を鳴らす仔狼をみつめ、次の言葉を考えた。顔をあげると、ビーヴァも彼の矢柄を見詰めていた。

「話したいことがあるんだ。聞いてくれないか」

「…………」

 ビーヴァは答えなかった。瞳に翳が落ち、顔から表情が消える。それは、言葉にならない青年の心の痛みを表していたので、マシゥはいたたまれなくなった。

 それでも。

 マシゥはビーヴァに近づき、隣に腰を下ろした。ビーヴァは彼から顔をそむけ、項垂れる。そんな主人を何とかしてくれと言わんばかりに、ソーィエが困った顔でマシゥを見上げた。

 マシゥは、赤毛の犬の背中を撫で、弱々しく微笑んだ。状況が変わっても変わらない二匹の態度が嬉しい。それから頬を引きしめ、赦されるはずのない相手にかける言葉を探す。

 二人の声が重なった。

「あの」

「どうして」

 マシゥは口を閉じた。ビーヴァは、両腕で膝をかかえ、足の間の地面を睨み据えていた。他人事のように訊く。

「――仲間の許へ、戻らない?」

 マシゥの胸を、切り裂かれる痛みが走った。彼は自嘲気味に答えた。

「私も、帰るところを失くしたんだ……」

「…………」

 ビーヴァは彼を見ようとしなかったが、言葉の意味を考えているようだった。マシゥは、恩赦を待つ死刑囚の気持ちで、その沈黙を受けとめた。

 セイモアが、両耳をぴくりと動かし、ぱさりと尾を振った。その背に片手を置き、撫でながら、ビーヴァは暗い声で呟いた。

「ルプス(狼)は、ルプスを殺さない……」

 しなやかに伸びた指の間を、銀灰色の毛が滑っていく。マシゥは、沈んだ声に耳を傾けた。

「ゴーナ(熊)はゴーナを、ユゥク(大型の鹿)はユゥクを、殺さない。縄張りや連れ合い(牝)をめぐって争うことはあっても、殺すことまではしない。それが、テティの掟だ」

 気持ちよさそうに眼を閉じていたセイモアが、飽きたのか、主の手を離れて歩き出した。シラカバの木の匂いを嗅ぎ、根元をくるりと回って戻ってくる。

 再びビーヴァが尋ねた。今度は、もっと厳しい口調だった。

「何故、ムサ(人)がムサを殺す? それが、貴方のテティ(神)の教えなのか」

「違う……」

 マシゥは、震える息で囁いた。我知らず、長い吐息がもれでる。泣きだしたい気持ちを必死に抑え、言葉を継いだ。

「レイムは、善と慈愛の神だ。人殺しは、私の国でも、最も忌み嫌われる大罪だ。ビーヴァ、どうか――」

 己の無力を痛感し、眼を閉じた。

「――信じて欲しい、と言ったところで、無理なのは分かっている。しかし、私はコルデとは違うのだ、本当に。エクレイタ王の御意志とも、これは違う。……このままでは、帰れない」

 マシゥは、両手で顔を覆った。

「君には、二度も命を助けてもらった。その君たちをおいて、私だけ、逃げ帰ることは出来ない。こんな状況を放って。王にも息子にも、会わせる顔がない」

 ビーヴァが、ぎょっとして振り向いた。

「息子がいるのか?」

「あ? ああ。まだ赤ん坊だが。……言っていなかったか?」

「…………」

 切羽詰った声音に驚いたマシゥが問い返すと、ビーヴァは、目をまるくした。先刻までの悲嘆の翳は消えうせ、呆れた表情が瞳をよぎる。忌々しげに首を振り、はあーっという吐息とともに前髪を掻きあげた。

「ビーヴァ?」

 マシゥは首を傾げた。青年は彼を見ず、肩を落とし、濁った声で呟いた。――「それを先に言ってくれ。殺すところだったじゃないか。子どもがいるのに、どうしてこんなところにいるんだ……」

 マシゥの目頭が熱くなった。切なさが、胸をひたす。


 彼らは、決して獰猛な殺戮者でも、理解力のない人々でもない(コルデたちに比べれば、はるかに礼儀正しい……)。ただ、この世の見方と生き方が、エクレイタとは違うだけで(コルデのような連中がいることを思えば、彼らの方こそ、善なる神の民の名にふさわしい……)。親の仇かもしれぬ相手に向ける、この慈悲心はどうだ(自分がもし平然と人を騙せる男であったなら、ビーヴァは殺されていただろう)。

『コルデのように……。でも、私は、コルデとは違う』

 繰り返し考えているうちに、マシゥの胸の底から、ふつふつと怒りに似た感情が湧いてきた。改めて、自分が身を置くべきなのは、彼らの側なのだと理解する。コルデたちを野放しにしていては、自分をこの地に送りこんだエクレイタ王の希望はかなえられない。

 なによりも――。

 セイモアがマシゥを見上げ、ぱふぱふ尾を振る。微笑み返してやりながら、マシゥは、しみじみと考えた。

 ビーヴァは、優しい。絶望的なほどに……。ビーヴァの意思を受け入れ、彼の命を助けることに同意してくれたエビたちも、優しかった。こんなことでは、彼らは、あの連中に滅ぼされてしまいかねない。

 ビーヴァを守りたい。この、神々の森で暮らす人々を。

 ――その思いは、闇の中にさしこむ一条の光のように、彼の心を照らした。傷つき疲れた身体に、不思議な力が湧いてくる。


 マシゥは顔を上げ、改めてビーヴァを見た。

「ビーヴァ」

 彼を憎めばよいのか赦せばよいのか判らずに混乱している青年に、マシゥはきりだした。

「もう一度、私を、長のところへ連れて行ってくれないか」

 ビーヴァの眼が細くなり、透かすように彼を眺めた。心の裏側まで映し出そうとする黒曜石の瞳に、マシゥは、怯むことなく向きあった。

「私は使者だ。エクレイタ王と君たちの間に友誼を結ぶのが、私の使命だ。……コルデに邪魔はさせない。君の仲間を、助けたい」

「…………」

「私を信じてくれなくてもいい。どうしても憎ければ、射殺せばいい」

 マシゥは、拾って来た矢を、彼の前にさし出した。

「だけど、私は、君を信じてここへ来た。今も、信じている……」

 ビーヴァはマシゥの顔を見詰め、折れた矢柄を見下ろした。眉間に皺が刻まれ、額にただよう困惑が強くなる。森の民同士が交わす矢の合図と、そこに刻まれた己の印と、マシゥの言葉の意味を考える。

 マシゥは待った。待ちながら、これは『はじまり』なのだと思った。

 闘いのはじまりだ。

 友好の使者として訪れた自分が闘いとは、皮肉ななりゆきだ。けれども、いずれコルデと対峙しなければならないことは分かっていた。王の使者として、開拓団長のうらぎりを見過ごすことは出来ない。

 否……。これは、彼の闘いだった。

 失われた信義をとりもどし、与えられた責任を果たす。そのためには、たとえビーヴァに拒絶されても、闘わなければならない。

 己が信じるもののために――。


 考えこんでいたマシゥの掌が、ふと軽くなった。ビーヴァが矢を受け取ったのだ。はっと我に返るマシゥを、青年は無言で見詰めていた。

 まだ、赦されたわけではない。

 くらい瞳は、射抜くように彼を見据え、それから矢柄に向けられた。矢羽根の根元に刻まれた印を指先でたどり、正中で折り曲げた部分を確かめる。そして、無造作に、二つの端を切り離した。

 息を呑むマシゥの眼前に、ビーヴァは、矢羽根のついた方をさし出した。彼の印が残っている側だ。

 おずおずと受け取りながら、マシゥの頭の中は疑問でいっぱいになった。折れた矢が友好のしるしだということは教えてもらったが、今度はどういう意味だ? 自分は赦されたのだろうか? それとも――。

 しかし、彼の不安はすみやかに消え去った。

 ビーヴァの表情は硬く、動作はぎこちなかった。けれども、彼は矢柄の残りの部分を懐に入れ、空いた片手をマシゥに差し出したのだ。

「…………」

 マシゥはその手を見下ろし、ビーヴァを見た。怜悧に輝く冬の夜空のような瞳を見詰めながら、両手で彼の手を握ると、泣き笑いの衝動がこみあげてきた。


           *


 森は、夕日に染まっていた。

 ナムコ(村)のあちらこちらで、小さな灯火が揺れている。人々は、瓦礫のなかから使えるものを探し出し、壊された家を建てなおす作業を行っている。

 タミラの葬儀を終えても、すぐに砦に向かえるわけではない。捕らわれた女と子どもたちを、どうやって無事に救いだすのか。戦うのか、否か。――まだ、何も決まっていないのだ。

 二人の族長は、ラナの家にこもって話し合いを続けていた。マグたちは、焦れながら指示を待っている。

 キシムは、最後の怪我人の手当てを終えると(病者を癒すのも、シャムの重要な務めだ)、自分で自分の肩を揉んで立ち上がった。建物の外へ出ると、ひやりとした風が、彼女の頬を撫でた。

 太陽は、木々の梢のむこうから、別れの光を辺りへ撒き散らしている。すきとおった紫色の風を吸い込んで、キシムは辺りを見渡した。

 松明を手にしたエビが、かがりに火を入れているところだった。緋色の輝きを、魅入られたように見詰めている。

 キシムは彼に声をかけた。

「ビーヴァは、まだ帰ってこないのか?」

「…………」

 エビは、じろりと彼女を一瞥したが、黙っていた。キシムは肩をすくめた。

 母を亡くした青年を、誰もが案じている。彼の傷心を慮って、独りにさせたのだが……。

 エビは、ちらちらと森を見遣った。ビーヴァを探しに行くべきか迷っているのだ。夜になれば、別の危険が友に及びかねない。

 キシムは胸の前で腕を組み、軽く息をついた。

 広場の反対側を歩いてくる一団の人影が目に入った。ワイール族の男たちが、森から新しい木を伐り出して戻って来たのだ。ディール(トゥークの兄)の姿もあった。彼はキシムに気づき、軽く頭を下げて挨拶をしたが、彼女は見てみぬふりをした。今は、互いにしなければならないことがある。

 キシムは、男たちの向こうに視線を投げた。急速に暗くなっていく木立の間に、ビーヴァの姿を探す。――そして、目を瞠った。

 森へ通じる道のうえに、二人は並んで立っていた。蒼い森を背景に、そこだけぼうと浮かび上がって見える。赤毛の犬が尾を振り、白いルプス(狼)が彼らの足元を駆け回っている。踊るように。

「…………?」

 キシムは眼を細めた。あわい光に照らされて、彼らの輪郭は互いに融け合っていた。それは、幻想のなかでシャム(巫女)を護るテティ(補助霊)に似ていたので、彼女を戸惑わせた。

 村人たちも、二人に気づいた。ビーヴァとマシゥが肩を並べているのを見ると、彼らは手を止め、ぽかんと口を開けた。俄かには信じられない光景だ。

 エビは、絶句している。

「ビーヴァ!」

 マグが、声をあげて駆けて来た。

「ビーヴァ。これはいったい――」

 不安げに、二人の顔を見比べる。それから、敵意をこめてマシゥの腕を掴み、引き離そうとした。

「貴様、ビーヴァに何をした?」

 マシゥが呪術を用いてビーヴァの行動を縛ったとでも思ったのだろう。マシゥの代わりに、ビーヴァが答えた。

「何もされていない。俺は大丈夫だ、マグ……」

 その声のあまりの静けさに、マグは毒気を抜かれて立ち尽くした。

 ビーヴァは、仲間の手をそっとマシゥから離れさせた。無表情で動作も淡々としていたが、青年の身体から滲み出る雰囲気に、マグは打たれたように黙り込んだ。

 キシムは強く眉根をよせた。エビが息を呑む。


『ああ』 ビーヴァを眺めながら、マシゥは思った。『あの気配だ……』

 ふかく透明で、不思議にひろい。確かにそこに在りながら、何処にもいないような。放っておくと風に融けて拡がり、そのまま空と森に同化してしまいそうな……。

 おそらく、ビーヴァ本人は意識していないのだろう。マシゥは、彼のそういうところが好きだった。しかし、自分より彼を知っているはずの仲間たちが驚いているのは、奇妙だと思った。


 ビーヴァが、冴えた眼差しを彼に向ける。マシゥは、気を取り直して人々に話しかけた。

「王に取り次いで下さい」

 足元で、仔狼が尾を振っている。フンフンという息づかいを聞きながら、マシゥは一同を見渡した。

「どうか、もう一度、私の話を聞いて下さい……」

 マグは、こぼれ落ちんばかりに目をみひらいた。ビーヴァは瞼を伏せる。その横顔から、内心は窺えない。

「何事だ?」

 騒ぎを聞きつけて、アロゥ族の長が姿を現した。ワイール族の長も現れる。やはり、驚いて立ち尽くした。

 マシゥとビーヴァは、王に向かって一礼した。

 ゆっくりと顔を上げる青年に、王(アロゥ族の長)は、溜息まじりに囁きかけた。

「タミラの息子よ。お前は、ときどき、ほんとうに私を驚かせる……」

 二人の顔を交互に見て、眉を曇らせた。

「これが、お前の答えなのか」

「……俺にも、よくわからないのです」

 ビーヴァの口調は穏やかで、落ち着いていた。まだ戸惑っているような視線をマシゥに向ける。しかし、瞳の奥の闇はあたたかい。

「なにが正しくて、なにが間違っているのか……。けれども、殺すことは出来ませんでした。テティ(神霊)が俺にそうさせたのなら、それが答えなのでしょう」

「ふむ」

 王は、片手を顎髭にあてがい、考える表情になった。青年を見詰め、マシゥを見る。マシゥは、もう一度頭をさげた。

 王は、ワイール族の長と顔を見合わせると、ゆっくり踵を返した。身振りで二人を促す。

「……入れ。話を聴こう」

 マシゥは、ほうと溜息をついた。膝から力が抜け、その場にくずおれそうになる。ビーヴァは、そんな彼を無表情に眺めていたが、王に従って歩き出した。

 男たちが、慌てて道をあける。

 ここで安心してしまってはいけない。マシゥは、急いで気持ちを立て直した。背筋を伸ばし、神妙な表情で、ビーヴァについて行く。人々が茫然と見守るなかを進み、族長たちに続いてラナの家に入ろうとすると、腕をぐいと引っ張られた。

 エビが、マシゥの肩に腕をまわし、早口に囁いた。

「俺が射ればよかった」

 低い声は怒りに満ち、瞳はぎらぎらと輝いていた。マシゥは、息を呑んで立ち尽くした。

 エビは、押し殺した声で続けた。

「血のあがないを求める権利があるのは、ビーヴァだけだ。だから、俺たちは、今はあいつに従う。だが――」

 脅すように、頚にまわされた腕に力がこめられる。ミシリと骨がきしんだ。

「ロキ(エビの妻)と息子たちの身に、何かあってみろ。俺は、お前を殺すからな……」

 突き飛ばすように背中を押され、解放される。マシゥは、喉に手を当て、咳き込みながら振り返り、エビの表情を確かめた。彼は身体の両側で拳を握りしめ、こちらを睨みつけている。その後方のマグたちも、敵意をほどいてはいない。

「…………」

 マシゥの胸を悲しみが浸したが、どうすることも出来なかった。仕方なく、向きをかえて歩き出す。

 ビーヴァとキシム、そしてディールは、無言でこの遣り取りを見守っていた。


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