第五章 蒼き炎

第五章 蒼き炎(1)


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 アロゥ族のナムコ(村)を出た三人と一匹は、昼なお暗い森の中へ入って行った。

 ソーィエを連れたビーヴァが先頭を歩き、エビがその後を行く。マシゥは、エビのかなり後方を歩いていた。べつに、離れていたいわけではない。遅れまいと努力しても、いつの間にかそうなってしまうのだ。

 落ち葉と苔の積もった土はやわらかく、滑りやすく、足をとられやすい。マシゥは、たびたび石や木の根につまづいた。慣れぬ斜面を登るので、息があがる。エビとビーヴァは、そんな彼の様子に気づく風もなく、黙々と歩き続けている。

 道はない。木々が無秩序に生い茂るなかを、二人が迷いなく進んでいけるのが、マシゥには不思議でならなかった。

 速い。

 マシゥは、時々立ち止まって二人を眺めた。彼が足場をさがして一歩進む間に、彼らは数歩すすんでいる。ほとんど足音をたてず、荷物を負っていながら呼吸を荒げることもない。優雅で落ち着いたその様は、森に棲むユゥク(大型の鹿)のようだ。

 マシゥは、ひとあしごとに石にぶつかり、木の葉に滑り、がさごそ音をたてる自分が、ひどく無作法で醜い者のように思われた。敵意をもって行く手を阻んでいるかのような木々の枝が、彼らには、逆に歩き易い場所を示しているようだ。

 マシゥは、溜息をついて、傍らのエゾマツを見上げた。

 ひとかかえほどもある幹が、まっすぐ天を目指してそびえている。ささくれた木肌を覆う苔の表面に、銀の水滴が載っているさまは、まるで深緑の絨毯に置いた真珠のようだ。枝は重くたわみ、周りの木々と競って重なり合う。梢できらめく木漏れ日が、うすもも色の光の花びらを散らしていた。

 若葉の匂いが、地面から立ち上る朝露の匂いと混じり合い、肌をなぜる。すきとおった冷たい風に乗って、小鳥の声が聞こえた。

 マシゥは、彼らを呼び止めることにした。

「あの」

 意外にも、二人はすぐ立ち止まってくれた。その場で、彼を振り返る。

 マシゥは、ごくりと唾を飲んだ。

「待って……下さい。そんなに、速く、歩けない」

 二人は、顔を見合わせた。それから、黙って引き返してくる。

 マシゥはほっとして、両膝に掌を当てた。身を屈め、息を整えていると、頭上からエビの声が降って来た。

「大丈夫か?」

「ええ……はい。まあ」

 ぜいぜい息をしていると、ソーィエと目が合った。赤毛の犬は、琥珀色の瞳で彼を見詰め、ぱさりと尾を振った。それが、いかにもお愛想な雰囲気だったので、マシゥは苦笑した。

 エビは、怪訝そうに続けた。

「どこか、身体の具合でも悪いのか」

「えっ?」

 質問の内容に驚いて顔を上げると、ビーヴァの姿が目に入った。ブドウツルの袋を背負い、矢筒を肩にかけ、足元を確かめながら歩いてくる。柔和なかおに表情はなく、己の思索に沈んでいるようだ。

 マシゥが見ると、エビは困惑したように首を振り、片手を頬の模様に当てた。それで、マシゥにも、彼の疑問の理由が解った。

「ああ、違います。私たち、刺青はしない、だけ」

「……ふうん」

 納得出来ない風ではあったが、エビは頷いた。『彼らから見れば、刺青を入れないことの方が奇妙なのかもしれないな……』と、マシゥは考えた。

 ビーヴァは、二人の側まで来ると、辺りを見回して言った。

「ここは、場所が悪い。もう少し先へ行って、休もう」

 それで、彼らは再び歩き出した。急な斜面を登りきり、やや平坦な場所へ出ると、シラカバの林の中で足を止めた。

 樹間が開き、日差しが地に届いている。マシゥは、乾いた場所をみつけて腰を下ろした。荷物を置き、思わず溜息をついていると、残りの二人が立ったままなことに気づいた。

 エビとビーヴァは、それぞれシラカバの幹に片掌を当て、何事か呟いている。祈りのことばのようだ。

「何をした、です?」

 隣に座ったエビに、マシゥは、興味津々問いかけた。ビーヴァは、まだぶつぶつ言っている。エビは、軽く肩をすくめた。

「シラカバのテティ(神霊)に、ここで休ませて頂くお礼を言った。火を使わず、血を流さないことを約束して」

 そう言うと、荷袋から、酒の入った筒を取り出した。

「飲むか? 力が出る」

「あ、ありがとう」

 エビは、器に酒を注ぎ、マツの実も出してくれた。ビーヴァは、ソーィエと一緒に、辺りの地面を調べている。その様子を眺めながら、マシゥは、器に唇をつけた。酒は、村で出されたものと味は同じだが、爽やかな木の香りがした。

 ソーィエが吼え、得意げに尾を振った。一本のマツの根元に、ビーヴァがしゃがみ込んでいる。土中に開いた穴に手を突っこみ、何か探っている。やがて、仲間の許に戻って来た彼は、マシゥに片手をひろげて見せた。

「これは」

 掌いっぱいに、秋にならないと採れないはずの、コケモモや野イチゴの実があった。どれも、今摘んで来たかのように瑞々しい。目を瞠るマシゥの前で、ビーヴァは、赤い実をいくつか口に放り込んだ。

「どうして?」

「ネズミがいるんだ」

 慣れているらしく、エビは驚かない。手を伸ばして相伴にあずかりながら、ビーヴァの代わりに説明した。

「秋に集めておいて、そのまま、忘れていることがよくある。そいつを、俺たちがいただく。子どもの頃、よく食べたもんだ」

「へえ……」

 ビーヴァは無言のまま、にこりと微笑むと、マシゥの掌に残りの実を全部のせた。それから、自分の荷の中から干し肉を取り出し、端を少し切りとる。小さな黒曜石の刃が、青年の手の中で器用に動くのを、マシゥは目を丸くして見守った。

 ぱたぱた尾を振るソーィエを従えて、ビーヴァは、先刻のネズミ穴のところへ戻っていった。今度は、肉の切れ端を、中に入れる。ここでも、エビが相棒の行動を説明した。

「戻って来て何もなかったら、ネズミたちが可哀相だからな。お礼に、肉を置いておく。イエンタ・テティ(狩猟の女神)との約束だ」

「…………」

 マシゥは、今度は相槌をうつことを忘れてしまった。

 シラカバの木に礼を言い、野ネズミのために貴重な食糧を分け与える。冗談でもなんでもなく、二人が真面目にそうしていると解ったのだ。

 マシゥは、赤いコケモモの実を眺めながら――森を焼いて畑を造り、木々を抜いて砦を築く。――自分たちと彼らの違いについて、ぼんやり考えた。

 酒と野イチゴのおかげで、疲労感がやわらいだ。そんな彼を、エビが促した。

「さて。暗くなるまでに、もう少し進んでおこう」



 それから二人は、マシゥの歩く速さのことを、考慮してくれたようだった。ビーヴァは、先へ進もうとするソーィエを足元に引き寄せ、エビは、マシゥの隣を歩いた。無駄なおしゃべりをするわけではなかったが、やや打ち解けた雰囲気が、マシゥには嬉しかった。

 いくつかの斜面を登り、くぼ地を渡り、森がいっそう暗くなると、二人は立ち止まった。

「今夜は、ここで休もう」

 エビが言い、ビーヴァが賛同した。いったい何を基準に寝る場所を決めているのか、マシゥには検討もつかない。振り返ってみたが、針葉の森は藍色の宵闇に沈み、山々の稜線も銀色に光る川の筋も、もう見えなかった。

 二人は、例の如くマツの大木に挨拶をすると、寝仕度を始めた。エビが乾いた木の枝を拾い集め、ビーヴァは、近くの木の皮を剥いで来る。樹皮は、木を枯らさないように、剥ぐ場所や範囲が決まっているらしい。

 地をならして樹皮を敷き、倒木をマツに立てかけ、毛皮を張って風よけを作る。ビーヴァの作業を、マシゥは、驚きながら見守った。そうしている間に、エビは火をおこす。小さな石を打ち合わせて乾いた苔に点火する技術に、マシゥは目をみはった。

「私たちは、木を擦り合わせて火を熾します」

 火花を放つ黒い石を、マシゥは、興奮気味に手にとった。

「時間がかかるので、ウシの糞を使って、火種を保存します。これはいい。石ですか?」

「アムナ山からの贈り物だ」

 エビは、集めた薪に火を移しながら、ちょっと得意そうに答えた。彼らの村の東にそびえるアムナ山は、昔火を噴いていたのだ。

 マシゥは、火の山が産んだ火の石の話を、目を輝かせて聴いた。――これは、貴重な情報だ。是非覚えておこう。

 エビは、焚き火の周囲に石を並べて、即席の炉を作った。料理用の革袋に水を注ぎ、焼けた石を木の枝で掴んで中に入れる。じゅうっという音がして、真っ白な湯気と、魚と野草の煮えるいい匂いがたちこめた。

 ビーヴァが、シム団子を焼いてくれる。エビは、酒の入った木筒を温めて、マシゥにふるまった。二人の手際のよさに感心しながら、マシゥは、温かな食事に舌鼓をうった。


 食事が終わると、改めて、夜の冷気が彼らを包んだ。闇はますます厚く、木々の陰と重なり合い、視界を遮る。男たちは、外套の襟を合わせて火に近づき、ソーィエは、主人の膝に身を寄せた。犬の瞳は、ゆらめく炎を反射して、ときおり金緑色に輝いた。

 ビーヴァはソーィエの背に片手を置き、膝を抱えるようにして、炎の向こう側の果てのない闇を見詰めている。ぬるくなった酒を口に運びながらその横顔を眺めたマシゥは、『不思議な若者だな……』と考えた。

 体格や行動力、発言などで、エビの存在感ははっきりしている。彼に比べると、ビーヴァは実に穏やかだ。年長のエビに遠慮しているのかもしれないが、無口で控えめで、淡々と物事をこなす。マシゥがいることに、違和感を感じている風もない。

 隣に座っていながら、半分はそこにいないような……同時に、どこにでもいるような。茫漠とした意識の広がりを感じさせるのだ。

 このときも、そうだった。彼の目は、こことは違う、別の世界を覗いていた。

 マシゥは、青年の思索を遮ることに抵抗を感じたが、思い切って話しかけることにした。

「ビーヴァ」

 ビーヴァは振り返り、曇りのない眼差しを彼に向けた。

「あの矢を持っていますか?」

 青年は、無言で片手を外套の前合わせの中に入れると、そこから折れた矢柄やがらを取り出した。やじりは外してあった。矢羽根の根元に、見覚えのある印が刻まれている。

 エビが、マツの実をかじりながら、興味深げに二人のやり取りを見ている。マシゥは、頬が火照るのを感じた。

「そのう……良かったら、貰えませんか。記念にしたい」

「…………」

 ビーヴァは、軽く首を傾げつつ、矢をマシゥに差し出した。彼が嬉しそうに受け取って懐にしまうのを、不思議そうに眺める。マシゥは、少々気恥ずかしいと思いながら、彼に微笑みかけた。

「ありがとう。大切にします」

 青年は、表情を変えずに頷くと、炎に向き直った。マシゥは、もう少し彼と話をしたいと思った。

「訊いてもいいですか?」

 ビーヴァは、ちらりとエビを見て、それから彼を顧みた。エビは、膝の上で腕を組み、面白そうに彼らを眺めている。

 マシゥは、ビーヴァの漆黒の瞳をまっすぐに見た。

「今日みたいなことは、いつもするのですか? 私がいるから、ではなく」

 ビーヴァは、黙って瞬きをした。マシゥは、顔の前で片手を振り、言い改めた。

「昼間、木に挨拶をしていたでしょう? さっきも」

「……ああ」

 怯む風もなくマシゥを見返す、ビーヴァの顔に、質問を理解した表情がよぎった。再びエビと視線を交わし、頷いた。

「いつもだ。……貴方たちは、しないのか?」

「何故?」

「なぜって」

 奇妙なことを訊く、と言うように、ビーヴァは曖昧に微笑んだ。

「テティ(神霊、ここでは森の木々)は、何でも知っている……」

「…………」

 マシゥは、ごくりと唾を飲み下した。『何でも』――ビーヴァが囁くようにそう言った途端、ざあっと木々を揺らして風が吹き、雲間へ渦を巻いて消えたような。夜がそれだけ深くなったような、そんな気がしたのだ。頭上で瞬く星々が、冷たく輝いたように思われ、マシゥはぞくりとした。

 彼は、息だけで繰り返した。

「何でも?」

「そうだ」

 疑いの欠片も感じさせない真摯な表情で答えて、ビーヴァは夜空を仰いだ。つられて見上げるマシゥの耳に、やわらかな声が告げる。

「誰がどこから来て、どこへ行ったのか……。風の通り道は。雨はいつ降るのか。今年の冬は長いのか。雪の深さは……。森は全て、知っている。俺たちの行く先も」

 視線を下げて、マシゥを見る。一瞬、天の星が瞳にそのまま宿ったように、マシゥには見えた。

「だから、失礼のないようにしなければならない。テティ(森)を怒らせたら、何事もうまくいかなくなる……。逆に、きちんと挨拶をしておけば、いろいろと助けてくれる」

「…………」

 マシゥが呆然としていると、エビが口を挟んできた。

「俺たちは、木から生まれたんだ」

 いよいよ驚く彼の顔を見て、愉快そうに笑った。

「天神の息子・スカルパ(雷神)が、シラカバのテティに恋をして雲から足を踏み外し、落ちたときに生まれた双子が、アロゥ族とシャナ族の祖先だ。シャナは木のテティに、アロゥはモナ・テティ(火の女神)に養われた。だから、俺たちは火の、シャナ族は木の模様の刺青を頬に入れている」

 エビが話している間、ビーヴァはソーィエの首を掻いていた。犬は気持ちよさそうに眼を細めている。その様子を眺めながら、エビは続けた。

「俺たちの長は、ロコンタ族から来た。連中は、月へ登ったシャマン(覡:男の神官)の一族だ。月の紋章を入れている」

 ふと、マシゥは犬使いを思い出した。日に焼けた褐色の膚に刻まれた刺青を。

「……鳥の絵の刺青を入れた氏族はいますか?」

 この問いに、エビとビーヴァは、揃って彼を顧みた。

「それは、ワイールだ」

 答えるエビの瞳に、鋭い光が煌いた。

「連中のテティ(神)は、ワタリガラスの姿をしている。ずっと北で生まれて、この地へやってきた氏族だ」

 マシゥの顔を、探るように見て、

「知っているのか?」

 マシゥはドキリとして、うつむいた。

「ああ、いいえ。見たことがあるだけ、です」

「ふうん……。どうせ、すぐ会える」

 エビは、ゆるりと欠伸を噛み殺した。

「俺たちがこれから行くのが、ワイールのナムコ(集落)だ。お前の足なら、三日もあれば着くだろう」

「…………」

 褒められたのかけなされたのかよく判らなかったが、マシゥは頷いた。心の中では、湧きあがる違和感をどう処理すればよいのか解らず、困惑していた。

 木といかずちから生まれた人間の子ども、月へ登った人間、鳥の姿をした神……。血なまぐさい獣を神と崇め、物言わぬ木々に話しかける。あまりにも、自分たちと常識が違っている。

 マシゥは、その思いを口に出していいものか迷ったが、結局、訊いてしまった。

「信じているのか?」

「え?」

 緊張のあまり、吐く息は震え、言葉は声にならなかった。訊き返すエビの精悍さに怯みながらも、繰り返した。

「そんな話を……本当に、信じているのですか?」

「なに?」

 エビの片方の眉が、いぶかしげに跳ね上がった。怒鳴られるか拳が飛んでくるかと身をこわばらせるマシゥの隣で、突然、ビーヴァがシイーッと歯を鳴らした。

 マシゥは、息を呑んで彼を振り向いた。

「静かに……。テティ(森)に、聞こえる」

 冴えた双眸でマシゥを見詰め、ビーヴァは囁いた。マシゥは、身体がカッと熱くなるのを感じた。鼓動が速くなり、口の中が渇く。エビが、炎を反射して碧色に輝く瞳を、ぐるりと動かした。

 マシゥは、咄嗟に、ビーヴァに窮地を救われたのだと理解した。いくら常識が違っていても、ここは彼らの国、彼らのテティ(神々)のいます森だ。その神々を冒涜するようなことを言えば、どんな災厄が降りかかるか解らない。

 そうでなくとも――マシゥの使命は、彼らを理解して友誼を結ぶことであり、批判することではない。それを忘れかけた自分を、恥ずかしく思った。

 項垂れる彼に、ビーヴァはそっと話しかけた。

「マシゥ。貴方の神は、どんなテティだ?」

 ビーヴァ自身にそんな意図はなかったかもしれないが、低い声は、労わるように優しく響いた。エビも、機嫌よく言った。

「そうだ。刺青をいれない、エクレイタの民よ。お前たちの神は、何と言う?」

 それで、二人が彼の失言を聞き流してくれたと察したマシゥは、ほっとして顔を上げた。(今度訊くときは、別の言い方を考えよう……。)彼らが自分と自分たちの名称を覚えてくれていたことも、嬉しかった。

 マシゥは、飲み干した酒の器を片手に持ち、もう片方の手で天を指した。

「私たちの神は、もう沈んでしまいましたが……あの太陽、光の神です」

 彼が話し始めると、ビーヴァはソーィエの首を掻く手を止め、エビは脚を動かして、聴く姿勢を整えた。風は鎮まり、炎は明るく輝いている。マシゥは、落ち着いて話すことが出来た。

「私たちの伝説では、世界は昔、闇の神・ギヤが支配していたことになっています。獣の神、冬の神……死をもたらす病の神でもあります。その下で、他の獣たちと同じく火を知らず、言葉も煮炊きも、家も持たず苦しんでいた人間のところへ、ある日、レイム(光の神)が降臨なさいました」

 ソーィエが、ぴくりと耳を動かした。どこか遠くで、ハッタ(梟)が鳴いている。ビーヴァは、その方向を確かめるように視線を向けたのち、前足を並べた上に顎を乗せる相棒の背を、そっと撫でた。

 エビは、マシゥを見詰めている。マシゥは、眠っている森を起こさないよう、囁き声で続けた。

「レイムは人間を憐れみ、ギヤ神と戦って、闇と死を地底に追い払って下さいました。人々に火と言葉を与え、善と悪を教えました。ウシを飼うことや、家と舟の造りかたを教えた後、人の女と交わって子を成し、その子孫にパンサ(麦)と国をお任せになって、天に戻られました。……今でも、レイムの力が弱まるときには、ギヤが来て、雪害や疫病をもたらします。しかし、私たちはレイムの教えて下さったように地を耕し、パンサを植え、それを食べて暮らしています」

 マシゥの話が終わっても、エビとビーヴァは、しばらく黙っていた。二人とも、今聞いた話について、考えこんでいるようだ。顔を見合わせることもなく、それぞれの心の奥を見詰めていたが、やがて、エビがぼそりと言った。

「違うな、俺たちと」

 マシゥは肯いた。

「ええ、違います」

「けれど。確かに、俺たちも、アレがいないと困る」

 そう言ってエビが天を仰いだのは、昼間の太陽の軌跡を捜そうとしたらしい。

 ビーヴァも、ぽつりと呟いた。

「レイム……。悪い神ではなさそうだ」

 青年は、マシゥを見て微笑んだ。つられて微笑み返しながら、マシゥは、胸の奥があたたまるのを感じた。

 いっそう冷たくなった風が、木々の梢を揺らして吹いてきた。高さを増した夜空で、銀の星が瞬いている。

 男たちは、火をそのままにして毛皮に身を包むと、並んで眠りに就いた。


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