第41話 トリアナンの英雄譚を作った話

 気が付いたら椅子に座ったまま寝入っていた。

 夜気の冷たさで目覚める。眠い目にオレンジ色の暖かな灯が飛び込んできた。誰かがランプに火を入れてくれている。

 背中と肩の痛みで、認めたくないことだが、そろそろ徹夜も辛い年齢になったと実感する。

 他の一等法務官は弟子のような形で二等法務官を助手にするのだが、筆者は一人仕事を好む。

 今回のような経済事件や醜聞椿事に関わる案件を多く取り扱っていると、助手やお手伝いが情報漏えいの元となる。

 バスタル先輩にはいつも咎められるが、筆者が助手や弟子を取ることは無いだろう。

 今回だってそうだ。

 筆者一人でなかったら、関係者が見せしめに殺されていたかもしれない。

 筆者の命があるのも奇跡的なことだと思うが、もとより命とはそういうものだ。

 階段で足を踏み外して死ぬことだってある。助手に『階段で足を踏み外す役』を押し付けられるというなら考えないでもないが、それはそれで罪悪感が募るに違いない。

 だからだろうか、熱い茶を差し入れてくれたシャルルに、どんな顔をしていいか分からないでいる。

「マーカス先輩、熱いお茶です。目が覚めますよ」

 声に振り向けば、給仕のような手つきでティーセットを運んできたシャルル・ギルスネイである。

 眠気を噛み殺していて言葉を出せない筆者の目の前で、美青年が茶を注ぐ。

「ありがとう、助かるよ」

 そう言うと、シャルルはにこりと笑う。それすらも耽美派絵画から抜け出したようで、実に絵になる男だ。

 口づけた茶は、渋みが強く一気に目が冴えた。

「美味いよ」

「それはよかった」

 答えるシャルルの顔から、恐怖や焦りは抜け落ちていた。

 焦燥に充ちて自尊心を喪失した男のうらぶれた魅力は消え失せ、今はただの穏やかな男となっている。これが元々持っていた、ミランダのいうところの良き兄なのだろう。

「変わったな、シャルル・ギルスネイ」

「シャルルでいいですよ、先輩。もう、子供を作ることも、あの女に怯えることも無い。先輩のおかげです」

「そ、そうか」

 ここしばらく、女中や女騎士の視線が生ぬるい。

 浮いた話の一つも無い中年法務官と白皙の美青年。妙な妄想を女は好む。

 筆者の友人に恋愛小説家のプランシーがいる。プランシー曰く、男色家を特別視する女性は多く、自らも本当はそれを作品にしたいのだという。

「それはそうと、台本はどうだった?」

「台詞は覚えましたけど、きちんと言えるかどうか……」

「なあに、多少は失敗したっていい。どうせ、キミの美貌しか目に入らんよ」

 ははは、と笑ってみるとシャルルも小さく笑った。

 続けて筆者は言う。

「時機は早まったが、聖女との共同作業だ。あの女狐に任せておけば上手くやってくれるさ」

「僕の妻になる人に女狐とは……」

「そういう手合いだと思っておくといい。監視役は陛下直属だから、安心していいさ」

「先輩は、凄いんですね」

「凄いヤツっていうのは、もっと自信に満ちて生きてるヤツだよ。俺なんかと違うさ」

「珍しいですね『俺』なんて」

 口が滑った。

 仕事気分が抜けるとそんな言葉を使ってしまう。

「聞かなかったことにしてくれ」

「はは、一つ貸しですね」

 さて、書類でも片付けるか。

 報告書を小説風にしろなどと、妙な指示が降りている。

 耳講奇譚集の書き方しか知らないが、それでいいのだろうか。まあいい、本気で小説にしたいならプランシーに書かせればよいだけだ。

 かつて、耳講奇譚集は一月ほどとはいえ書店にあった。それとは対照的に、この怪奇記録はやんごとなきお方の手に渡り、そこで終わる。ありのままに書けるという意味では非常に有難い。

 救われないなと、そう思う。

 苦笑すると、勢いよく執務室のドアが開かれた。

「ダンナ、届け物だって教会の騎士様がいらっしゃってます」

 アリスは勢いよくドアを開けたはいいが、シャルルと差向いで茶を飲む筆者を見て、「しまった」という顔になった。

「ああ、お邪魔しました」

「待て、誰に吹き込まれた」

「えっと、その、御届け物は、四十分くらい待ってもらったほうがいいですか」

「生々しい時間はやめろ。いいから、通しなさい」

 くそっ、なんなんだこれは。

 こんなことがミランダに知れたらどうなるか。

 そんなことを考えていると、教会騎士と修道女が大きな包みを持って近づいてくる。無論、教会の敵である筆者に対しては仏頂面だ。

「先輩、ここは僕が」

 シャルルが立ち上がり、目当ての届け物を受け取る。

「ご苦労様です。暑いさ中、大変だったでしょう。お二人とも、御髪おぐしが乱れていらっしゃる」

 胸元から取り出した櫛で、騎士の髪を撫でつけ、修道女の手を引いて茶を振る舞う。

 仏頂面だった二人はしどろもどろになり、ついには笑顔に。

「どうもありがとう。感謝を申し上げます」

 シャルルに微笑まれて顔を赤くした教会騎士と御付きの修道女は、上機嫌で帰途についた。

「お前、凄いな」

「ふふ、もうこの顔に負い目を感じずに済みます。先輩のおかげですよ」

 このように白皙の美貌を上手く使うシャルルだが、彼は主体性の無い男だ。

 何かの役割さえ与えてやれば、それをこなすことに注力する性質を持っている。

「シャルル、台本の役柄には慣れたかな?」

「ええ、とても馴染み深い役です」

 自嘲的に言うシャルルに与えた役柄とは、『傀儡であることを隠さない美形の盆暗』である。

 女を惹きつけるための話術や仕草も必要ない。ただ、元々持っていた育ちの良さで紳士的に振る舞うだけ。

 必要なことは全て筆者か帝国からのお目付け役がする。

 ごくごく自然に、日々は簡単な仕事をするだけでいい。

「先輩、僕はずっと何かにならなければならないと思っていました。子を為して、ギルスネイ家に恥じない男として、子供のできる女を捜す。女を捕まえるというのも大変で……。相手の望む男にならないといけない。そんなことをしなくていいというのは、とても、安らぎます」

 本心からの言葉なのだろう。

 シルセン子爵家の当主が受け継いだ異常性はシャルルにもきっとある。だが、それは子を作るという行為に疲れ果てたシャルルを奮い立たせるものではあるまい。

「聖女ミントも、……悪い女ではあるが人は悪くないだろうさ。多分だがね」

 懲りずに妙な謀略をやるというのなら、その時はその時。なんとでもしよう。

「会うのが楽しみです」

 どうなるかな。

 明日はぶっつけ本番だが、時間をかけて教会に隙を見せたくない。

「そろそろ明日に響く。私は寝るから、シャルルも帰るといい」

 朝一番に風呂屋へ行こう。

 今は眠りたい。

「おやすみなさい、先輩」

「ああ、いい夜を」

 軽口のような挨拶が終わり、シャルルは執務室を出た。

 騎士服のまま寝台に寝転がると、寝台の下にミイラを押しこんであることを思い出す。

 されこうべの埋まる真上で眠り、祟られたという話が脳裏に浮かぶ。

 それも悪くないが、この仕事が終わるまでは生かしてくれと、そんなことを思って口元に笑みが浮く。

 休みの日、昼まで眠れていたのは二十代までだ。

 仕事があると、勝手に身体が目覚めるようになった。



 ◆


 トリアナンの街は祭りの狂騒に包まれていた。

 ギルドが設営した露店には色とりどりの花や菓子が並び、人々は庁舎からシルセン子爵邸への道のりに列をなしている。

 シルセン子爵邸を中心として、庁舎とは真逆の位置にある天道教会からも人波は続いていた。

 昼一つを示す鐘の音が響く。

 庁舎から礼服姿の騎士たちが行進を開始する。

 先導は黒馬に跨るミランダが務めた。

 女騎士の正装である青い騎士服に身を包み、芸能ギルドから呼び寄せた化粧師に整えられたミランダは凛々しく美しい。

 男たちは息を呑み込み、女性までが頬を紅潮させている。

「魔祓いの行進であるッ。道を開けよッッ」

 ミランダの大声に、通りを埋めていた人々は慌てて端によった。

 ゆっくりと騎士たちは進む。

 その誰もが正装だが、全身鎧や槍を持つ者はいない。

 厳かではあるが、そこに戦のささくれ立った気配は無かった。むしろ、凛々しい騎士たちの煌びやかな行進である。

 家格の高い者は馬に乗り、平騎士や兵士は徒歩で付き従う。

 行列は帝都でなされる始祖皇帝生誕祭などと比べれば規模は小さいものだが、その熱気は負けずとも劣らない。

「ひゃあっ、悪魔だっ」

 いの一番に見つけた見物人が悲鳴を上げた。

 戸板に張りつけにされた悪魔を、よく見えるように大八車で兵士に引かせているのだから、それも当然のことだ。

「安心めされよ、この悪魔を滅しに行くのだ」

 よく通る凛々しい声で放たれた言葉は、羽帽子を被った騎士からのものだ。

 白馬にまたがり、白を基調とした騎士礼服に身を包むシャルル・ギルスネイである。

 顔を上げて、その美貌が衆目に触れるや否や、辺りはしんと静まり返った。

 男も女も口を開けて声を出せない。

 悪魔を倒すというのに、これほど説得力のある容姿もあるまい。

 静寂の後、歓声が上がった。

 女たちは紅潮した頬でシャルルを見つめ、中にはへなへなと座り込む者までがいるほどだ。

 何一つ偉業を為していないが、騎士に叙されるのに相応しい英雄はこうして生まれたのである。




 その時、筆者はこの祭りに協力した裏方であるギルドの責任者、アシュトン、ミス・ステラたちと胸を撫で下ろしていた。

 行進より少し離れた通りである。

 ここでシャルルがトチって民衆が暴徒と化していたら、潜ませていた冒険者を使ってそれを鎮めるハメに陥るところだった。

「上手くいったか。法務官を罷免されずにすんだよ」

 筆者のそれは冗談なのだが、関係者たちはそうとは受け取らなかった。

 皆、大きな仕事をしたという達成感に包まれている。

「短期間にこれだけの絵図を仕上げるとは、見誤っていましたよ」

 と、アシュトンはにやりとして言った。

「皆が協力してくれたおかげだ」

 教会の甘言に乗っていた組織と貴族家はこぞって協力してくれた。自発的に相手を動かすようにしないと、弱味を握ったとは言えない。

「いやはや、あなたはやはり恐ろしいお方だ」

 アシュトンのそれが本心からのものかは測りかねた。

「お世辞はいいよ。さ、近道で子爵邸へ行くぞ」

 馬車に乗り込み、行進と被らない近道で子爵邸へと急ぐ。

 この分なら特に問題は無いだろうが、最後まで見守るのが仕事というものだ。



 教会からの道には、教会騎士と輿に乗る聖女の行列があった。

 輿の御簾みすの隙間から聖女を拝もうと、熱心な信者と助平男たちが行列を見守っている。

 ぶっつけ本番だが、いい具合に二つの行列は子爵邸へとたどり着いた。

「美しさは罪だと言ったのは、誰だったかな」

 筆者の独り言に反応したのはミス・ステラである。

「プランシーなんて読むのね。意外だわ。あれって、甘ったるい淑女小説よ」

 奉公先の主人と恋に落ちる女中を描いた大河恋愛小説はプランシーの出世作だ。

 書店に並ぶや否や貴族の女子たちが買い求め、出版の翌日には写本が市井向けに流されるという人気作である。

「ああ、あいつのか。友人なんだよ」

「え、うそ。え、え、ほんとに」

 ミス・ステラはなぜか目を白黒させている。

「あ、あのね、マーカス、いえ、マーカス様、あの、サインとか欲しいんだけど」

「意外だな。今度会う時に頼むのは別に構わないが」

 ミス・ステラは口元を手で覆って礼を言った。にやけているのを隠しているのだろう。

 なんとも妙なことである。

 妙なこともあったが、子爵邸の庭園では悪魔調伏の儀式が始まるころだ。

「多少、セリフが気障で古臭いのが珠に疵ですな」

 アシュトンはにやりとして言う。

 余計なお世話だ。




 輿から降りた聖女はベールを脱ぎ捨て、シャルルに微笑みかける。

 並の男なら、それだけで腰砕けになりそうな淫蕩な笑みに、シャルルは薄らと微笑み返すのみ。

 見守る見物人たちは、あまりにも美しい貴人の邂逅を口を開けて見つめていた。

 叙事詩サーガに詠われてもおかしくない二人の邂逅は、時が止まったかと錯覚するほど短く長いものであった。

「悪魔を滅すお手伝いに参りました」

「よくぞ参られた。我が愛しき人よ」

 シャルルの言葉にどよめきが巻き起こる。

 二人の寸劇を横目に、兵士たちが戸板にはりつけにされた悪魔を用意してあった台に取りつけて、直立する姿勢に固定した。

「ここにあるのは、大叔父に当たるシルセン子爵が遺した呪わしき魔剣。魔を滅するのは魔に他ありませぬ。聖女殿、我が身が魔に魅入られた時は、私ごと悪魔を滅して頂きたい」

 シャルルは言うと、佩いていた剣を抜いた。

 鍛冶師ガルブの話にあった穢れた鉄により鍛えられた魔剣である。

 それは拵えの美しい業物として人々の目には映っただろう。

「我が血脈にかけられた血の呪い、ここに解き放つ」

 腰だめに剣を構えたシャルルの突きが、悪魔の胸に突き入れられた。

 後に、それを見ていた者たちの多くは悪魔の断末魔を確かに聞いたと証言している。

 剣を突き刺したままの姿勢で暫時、時が止まったかのように誰一人として声一つ上げない。

 強い風が走り抜けて、シャルルの羽帽子が空に舞いあげられた。

 悪魔の肉体より、炎が漏れ出た。

 炎は悪魔の身体を舐めていき、全身と戸板に至るまでを覆い尽くした。

「シャルル様」

 聖女ミントが叫べば、剣を突き刺したままの姿勢であったシャルルの手が、剣より離れる。

 墓標のごとく悪魔に突き立てられた魔剣をそのままに、シャルルは聖女ミントに振り返る。

 聖女は駆けて、シャルルの胸元に飛び込んだ。

 見物人から、歓声が上がる。

 仏頂面の僧と修道女が、聖句を吟じ始める。

 万雷の喝采と読経の中、恋人たちは互いの温もりを確かめ合っていた。




 ギルドに依頼して寄越した魔法使いたちは良い仕事をしてくれた。

 完璧なタイミングで突風を起し、これまた最高の瞬間にミイラに発火させる。

 子爵邸の廃墟、その二階で顛末を見守っていた筆者たちは、仕事の成功に手を叩き合って喝采を上げていた。

「あのセリフ、ちょっとクサすぎない?」

 ミス・ステラが言えば、アシュトンはうんうんと頷いた。

「マーカス先生、まるで巡礼の変の時代に描かれた英雄譚のような出来ですぞ」

「批評はもういい。官のやる催しは六十点で上出来なんだ」

「二十八点ってとこかしら」

「四十点は差し上げたい」

 芸術方面には厳しい山師たちに、筆者は苦笑いで応えた。

 なんにしても、これでシルセン子爵家の呪いは解けたということになる。

 貴公子が魔剣を用いて悪魔を滅し、聖女と教会が土地を清めたのだ。これ以上に必要なものがどこにあろうか。

 迷信深い辺境だからこそ、それでいい。

「ここまでやったんだ。教会も派手には動けんよ」

 教会には優しく釘を刺すだけで終わり、華まで持たせた。

「教会、ギルド、他にも色々と……。マーカス法務官、恨まれていますよ」

「協力したキミたちも同じことだな。それに、今更そんなものが一つ二つ増えた所で変わらないさ」

 負け犬たちの取り繕い合戦は皇帝陛下を大いに愉しませるだろう。

「後は、人形の祠だけか」

 最初はその調査をするということだったが、妙なことになったものだ。

 話が正しいなら人形の祠の隠し部屋に『おころも様』の依代が祀られているはずだ。

 割れ窓から見下ろせば、寸劇も終わりを迎えたところだ。

 貴公子と聖女は幸せな接吻をして、めでたしめでたし。

 幸せに暮らしましたとさ。

 そうなって欲しいと、切に願う。





 ◆


 人形の祠は老朽化が激しいため、こちらも解体される。

 冒険者からの苦情と筆者の口利きで、幾つかの教会とギルドが金を出し合って冒険者向けのセーフハウスを設けることとなった。

 特に、何か面白いことがあったかと問われれば何も無い。

 以前の話でも人形の祠の様子は紹介したので、今回は省こう。

 以前にも世話になった職人の棟梁と共に赴き、隠し部屋を見つけて依代であるとされる人形を回収する結果となった。

 棟梁は腰を抜かしていたが、邪宗にはよくある様式の祭壇があるだけで、怪しいことは何一つ無い。

 うん、まあ、こんなものだな。

 そういった感想しか浮かばない。

 邪宗の儀式場を忌まわしいという人がいるが、見慣れてしまうと人間の意識を感じるようになる。

 この意識とは超常的なものではない。

 知れば知るほど、そこに意味があると分かる。意味が分かってしまうと、それは途端に薄気味悪さがなくなるものだ。

 例えば、血で満たした杯は天道教会の教義を穢しているように見えるが、実際には邪宗でも有名な飢餓大神イーティングホラーへの供え物である。飢餓大神に贄を捧げることで飢饉を避けようとする儀式だ。

 見慣れていなければ邪悪に見えるが、飢餓大神が飢えると人から龍までを喰らい尽くして不毛の大地を作るという言い伝えがあり、大神の好物を捧げてその暴威を収めて頂こうという目的がある。

 このように、邪宗は奇妙な神を信仰しているだけで、幸せそうな人間を殺害しようするような単純な悪意に満ちたものではない。故に、分かってしまえば『そういうもの』と理解できる。

 おころも様の祭壇もそれと同じで、獣人の末裔たちが『おころも様』を恐れていたことはよくよく伝わってくるが、それ以上の不気味さはなかった。

 肝心のおころも様だが、この報告書を記している筆者の執務室に飾ってある。

 アリスに命じ、伸び放題になっていた人形の髪を切り揃えて姫風に結ってみた。

 なかなか良い出来だと思う。

 値打ち物なのは見て分かるため、後日シャルルと聖女ミントに返還するつもりだが、是非ともコレクションに欲しい。

 これにて、人形の祠の調査は終了となる。




 破り捨てられた報告書



 人形の祠の廃材と共に、人形の供養を行うこととなった。

 教会よりダリオの嘆き谷へ派遣された僧たちは、山と積まれた廃材と人形を火にかけ、聖句を吟じる。

 炎は全てを浄化し、輪廻の輪に戻す。

 そのように信じられているため、念の篭った人形などはお炊き上げで供養することになっている。

「もう、いいだろう」

 おころも様の依代。

 故人であるクラウディアという少女の愛した呪い人形は、よくある類の髪の伸びる人形であった。

 髪が伸びるというのも、人毛で造られた髪が空気中の魔力素を吸収することで起きる魔法理論で説明できる現象らしい。

「古いものの時代じゃあないんだ。少し惜しいが、燃えてくれ」

 おころも様をお炊き上げするため、炎に放り込もうとしたところ、誰かに袖を引かれた。

 振り向けば、誰もいない。

『ベイルおじさま』

 懐かしい声に、びくりとして辺りを見回す。

 うら寂しい資源迷宮ダリオの嘆き谷の地獄めいた景観があるだけだ。

「……どうしたものかな」

 筆者は霊を信じているが、こう、気のせいであるとも思える内容については、信じられない。

 最初から引っかかっていたのは、クラウディアという少女のことだった。

 おころも様は多少古びているが、高価なものだと一目で分かる。

「礼のつもりだとしたら、悪趣味だよ」

 燃すことを諦めて、人形を抱いて帰途についた。

 後処理はまだ残っている。





 一等法務官ベイル・マーカス、帝都へ帰る。

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