第18話 スラムの浮浪児に伝わる奇妙な話

 筆者はほとんど家に帰らず執務室や適当な宿で眠ることが多いため、女中に家を任せている。

 一等法務官は強制的に家を持たせられるのだが、独身の筆者には広すぎるため管理費と維持費に頭を悩ませている。そのために、縁のあったエルフの女児、年齢だけで言えば筆者とそう変わらないエルフに留守を任せることになった経緯がある。

 浮浪児のアリ、今は女中としてほとんど帰らない家を任せているアリスより聞いた話である。




 ◆


 トリアナンの子供たちはシルセン子爵家邸宅には近寄らない。

 誰も住まなくなった上に霊媒師までが杖を投げたということから、不気味な邸宅は荒れるに任せた状態である。

 最初は子供たちが忍び込んだりしていたそうだが、妙なことが続き今では子供たちも訪れなくなっている。

 その中でも、子供たちの間では有名な話が幾つかある。



 スラムの子供たちの多くに親は無い。

 子供たちで寄り添って生きているのだけれど、その中に大人が混じったことがあった。

 逞しい身体をした男で、ガッちゃんと呼ばれていた。

 ガッちゃんは傭兵だったらしいが、メイスで頭を殴られて九死に一生を得た後に、どんどん子供の様になってしまい仲間からも捨てられたということだった。

 そんなガッちゃんは子供たちと暮らした。

 ガッちゃんは体が大きく武器の扱いは覚えていたので、スラムによくいる子供を食い物にする大人たちの番犬にはうってつけだったのだ。

 子供から上がりを掠め取るショボくれたチンピラは、ガッちゃんを薄らと呼んで馬鹿にしていたが、女の子を攫おうとしてガッちゃんに頭を割られた。

 子供からの上がりなどたかが知れている上に、子供を襲うなんていうのは渡世人気取りのチンピラには鼻で嗤われる。暴力で食っているくせに、男が下がるなどと言い出すのだ。

 自然と、なんとなくその子供たちは手を出すべきではないという扱いになった。

 本当のところ、ガッちゃんが恐ろしかっただけだろう。

 棒を持った大人に囲まれてもガッちゃんは薄ら笑いを浮かべているが、やるとなったら死ぬまで暴れる。傭兵という職業で得た凄みは、頭のネジが外れても失われていないのだ。

 子供たちはそんなガッちゃんに感謝して、稼いだ金を使って女を買ってやったり、遊びの時にいい役をさせたりしていた。

 スラムの住民としては例外的に幸せな暮らしをしていた彼らだが、ある時、子供たちの一人が妙なゴミを拾ったことから、その幸せは奇妙に捩れていく。



 そのゴミは粗大ゴミで、シルセン子爵家から拾ってきたのだとか。

 子供特有の無鉄砲さで入り込み、三人で担げるギリギリの大きさのものをとってきたのだ。

 それは、鍵のかかった長持チェストである。

 子供一人くらいなら悠々と入れる大きさだ。

 鍵の開錠などできる者はいないので力任せに壊そうとするのだが、子供の力ではいかんともし難い。

 ガッちゃんに頼もうということになり、彼もまた快諾して長持の鍵を破壊した。

 固唾を飲んで見守る中、ガッちゃんは遠慮なく長持を開ける。

「まあ、ここはどこ」

 皆が驚いた。

 中にいたのは、どう見ても貴族のお嬢様だったのだ。

「あら、おかしいわ。シルセン子爵に招かれてかくれんぼをしていたというのに、ここはどこかしら」

 彼女は自らをクラウディアと名乗った。

 子供たちはどうするか話し合って、にこにこと微笑むお姫様を、お姫様として扱うことに決めた。

 それは不思議な日々であった。

 子供たちは一生懸命に働いて、お姫様の食べるものを用意した。

 清潔な水、御馳走。大人たちには決して見せないように、蝶よ花よとお姫様を楽しませる。

 女の子たちもまたお姫様にかしずく侍女のように振る舞った。

 クラウディア姫は、そんな子供たちへにこにこと微笑んで礼を言う。

 それだけで、子供たちは悦びで胸が一杯になった。

 ガッちゃんも同じことで、彼は姫様を守る騎士かゴーレムのようであった。

 哀しいかな、それはスラムの中のこと。

 噂はすぐに広まった。

 子供たちはスラムの顔役、平たく言えばチンピラの類に姫様を奪われそうになったのだ。



 下卑た大人たちが彼らの住まうボロ屋を囲む。

 子供たちは石を投げ、棒を持ち姫様を守る。

 大人は強い。子供がどれだけしたたかであろうと、大人の暴力には敵わない。

 いくらガッちゃんでも、十人相手には立ち回れない。


「みんながこんなことになるなんて。わたしがここにらいるのがいけないのだわ」

 姫様は大層悲しまれた。

「わたしは帰ります。みんなありがとう。あっちにかえります」


 姫様、行かないで。

 姫様。

 クラウディア姫様。


 大人たちがボロ屋の扉を蹴り破ると、あったのは涙する子供たち。

 花や布きれで飾られた揺り椅子には、ドレスを纏った子供のミイラがあった。

 大人たちはあまりの異様さに、弱弱しく悪態を吐いた後にすごすごと帰っていった。

 それから、そこにいた子供たちは姿を消していく。

 一人消え、二人消え、一月もしない内にみんなが消えて、ミイラも誰が持ち去ったものか無くなってしまった。

 ガッちゃんだけが、おいおいと泣きながらスラム街を彷徨っている姿が見かけられた。

 友達とお姫様は消えて、ガッちゃんは独りぼっち。

 その後、ガッちゃんは死んだそうだ。

 誰かに殺されたとも、物を食べなくなって野垂れ死んだとも、城外に歩いていったとも、様々なことが言われているが真実は知れない。

 ただ、死んだということだけは確かなことであるらしい。


 長持の姫は妖精のお姫様で、甲斐甲斐しく世話をした子供たちは妖精の国へ誘われて幸せに暮らしているだとか、そんなお伽噺になった。

 ガッちゃんは死した後にも、子供たちと姫様を捜している姿が見受けられる。

 頭は子供で体は大人。

 真夜中の大男、そう呼ばれる幽霊として怪しげな噂が語り継がれている。

 お姫様の帰った国に、大人の居場所はないのかもしれない。

 嗚咽する大男の亡霊は、失った家族を求めてトリアナンの裏路地を今も彷徨っている。

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