第12話 ミス・ステラがシルセン子爵家の浄化を請け負った時の話 前編
結果から言うと、降霊会はつまらない詐術とケチな癒しのインチキ霊媒師がやる見本のような代物だった。
ミス・ステラはその異様な容姿でご婦人を呑み込むと、後は言葉巧みに泣かせ懺悔させ、間接を鳴らしたりテーブルを蹴ったりして霊を演出した。
目で合図してくるものだから、筆者までそのインチキに加担することになった。
病で御子を無くしたという貴族の婦人は、大いに泣いてすっきりした顔になり、まさしく憑き物が落ちたという様子で朝方には屋敷を去った。
法務官である筆者の目の前で、謝礼の金貨を魔法封印式の手提げ金庫に詰めていくミス・ステラは堂に入った
「やれやれ、朝までかけて詐術とは」
「うふふ、霞を食べて生きていける訳ではありませんよ。ですけど、金貨七枚とちょっとした宝物で、あの方は生きる希望を取り戻しましたの。良心的ではありませんこと?」
自責の念から悲しみの地獄に堕ちていた婦人は、目の前で子供の霊が天に昇る姿を見たのだ。
真実は、ミス・ステラの詐術でそんな風に思い込まされているだけだ。しかし、それで良い。彼女はちょっとした散財で、人生を取り戻した。
「……私は法務官です。ミス・ステラ、今後あの方の家に入り込むようなことがあれば、覚悟をして下さい」
「ふふ、捕縛されて取調べでもされるのかしら」
「誰かに斬らせます。あなたは魔神と戦って死んだということにでもしましょうか。そんなお話を造るのは得意中の得意です」
包帯の隙間にある瞳が剣呑な光を放つ。
「乱暴だわ。それが帝都のやり方なの?」
「暮れ六つに仕事を終わらせるコツです。手早く済ませれば、空いた時間で好きなことができるというものでしょう」
同僚の騎士ミランダはその辺りが苦手な若者だ。大人になればおいおい分かる。
「耳講奇譚集の著者なだけありますわね」
「誉められては……おらんのでしょうな」
ミス・ステラは笑うと、メイドを呼んで冷たい水と煙草を持ってこさせた。
「煙草よ。健康にいいらしいわ」
「ほう、高価だと聞いていますが」
「銀貨一枚で百回は吸えるから、そんなに高いものでもないわよ」
大麻が禁じられてから阿片の流行などがあり、最終的には煙草という干し草が出回り始めた。気持ち良くはないが、美味いのだとか。
筆者はあまりそういうものが好みではない。香りの強いものは嫌いだ。
「人形の祠とシルセン子爵家のことを調べているそうですけど、ロクなことにはなりませんよ。あれは関わっただけで蜘蛛の巣にかかったようなもの」
「馬鹿馬鹿しい。死人にそんな力があるものか」
「ベイル・マーカス様、あなたがそれを言うのですか」
よくよく勘違いされるが、筆者は目の前の幽霊を素直に信じられる人間ではない。
不思議なもの、恐ろしいものは数あるが、調べていけば何かがある。その何かの大半は形ある人の何かだ。
焚書の憂き目には遭ったが、著書である耳講奇譚集は蒐集した話の中で、筆者でも首を傾げる話だけを厳選したものだ。数限りなく集めて、ようやく本一冊分である。
「ミス・ステラ、幽霊話のほとんどは見間違いと思い込みです。本物にはなかなか会えないのですよ」
「イカレてるわ。……だから、あなたはこんなにあれに近づいてるのに、なんともないのね」
「思わせぶりなことを言うのは霊媒師の悪い癖だ」
きっ、と包帯の隙間より睨まれる。
包帯の下には傷など無いのだろう。きっと、ミス・ステラは名のある詐欺師の類だ。ああ、そういえば、思い当たることがあった。
「ミス・ステラ、帝都を騒がせた女のことを知っていますか?」
「なんの話かしら」
動揺したな。
髪を触る、目じりを触る、鼻が開く、目の下の筋肉が引き攣る、そのどれもを忍耐と包帯で隠せても、目の開き方に力が入っていた。
「帝都一の娼館、いや
芝居の演目にもなった女傑義賊の英雄譚である。
芝居は美化と脚色されているが、そのほとんどは真実だ。
「昔、流行った芝居の話でしたわね。まさか、それが私だと言うのかしら」
「さて、トリアナンは潜むには丁度いい場所ではある。誰もが納得する程度にはね。それに、彼女は皇帝陛下が恩赦を与えているから罪には問えない。その時に痛い目にあった連中は血眼で捜してるそうだが」
「そんな与太話」
「一等法務官がそんな噂があると言ったらどうなるね」
睨み合う。
「……良い話ではないわ。話した私に良くないことが起きる程度には」
「頼むよ」
「クソ野郎め」
ミス・ステラは、煙草の煙を吐きだして毒づいた。実に蓮っ葉で、この方が魅力的だ。
ミス・ステラから聞いた話を小説として纏めたものが下記である。
◆
ミス・ステラがトリアナンへやって来た八年ほど前のことである。
競売物件の屋敷を持て余している。
ラシャンテ男爵はトリアナンの土地売買で巨額の利益を得ている大貴族である。騎士オズマとは逆に、完全に商人化した男爵家であった。
一族の落ちこぼれが爵位を継いで、商会自体は優秀な嫡子が引き継ぐというのだから徹底したものである。
やり手のラシャンテ男爵が十年以上前から持て余しているのが、シルセン子爵邸宅である。
血生臭い事件が起きた邸宅は相場の十分の一以下で手に入ることがある。
シルセン子爵邸宅はその中でも破格であった。
「家の中さえ綺麗にしちまったら、後は使えるんでね。異人のお大尽に貸してやったんだが、バケモノが出るって逃げちまう」
ラシャンテ男爵は町方言葉でミス・ステラに言ったそうだ。
トリアナンに来たばかりのミス・ステラは女雲助か
「教会は伯爵の命令が無いと動かないって話でね。アンタの実力ってヤツも見てみたいのさ」
霊媒の中には事件屋紛いのこともやる者がいる。ラシャンテ男爵はそれを見抜き、彼女にそれなりの支度金を渡して家を片付けろと命じたのである。
チョロい
トリアナンだけで有名な大商人お抱えの霊媒師というのは、案外悪くない立ち位置ではないのかと、ステラは楽観的でいた。
それが大きな間違いだということに気付くのは、取り返しがつかなくなってからのことである。
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