女王の短剣と竜の王と、一連の何らかの騒動

阿山ナガレ

女王の短剣と竜の王と、一連の何らかの騒動

 それまで空を覆っていた淡雲がいつしか千切れ、その雲間から陽が覗いた。その陽光は帯のように広がって王宮へと降り注ぐ。薄暗かった謁見の間にも、天窓を通してそのオレンジ色の光が差し込んだ。

 謁見の間では、親任式の最中であった。年若い女王がとある青年に”勇者”の称号を与える。女王は、青年に王家の秘宝である短剣を手渡した。青年は女王の前にかしづき、それを恭しく受け取った。女王は微笑み、新たなる勇者に向けて、ある一つの使命を授けた。北方に棲む邪悪な竜を退治するという大命だ。 

 それを聞き、任命されたばかりの勇者は、その凛々しい顔を上げて女王を見つめた。彼女もまた、勇者の瞳を見つめた。しばしの間、二人の視線は交差し、謁見の間は静寂に包まれた。

 勇者は、何か言いたげな顔で、一言だけ声を発した。

「ん?」

 その意図が掴めず、女王もまた小首を傾げて言った。

「ん?」


 また暫くの間、静寂が続いた。傍らで控えていた大臣たちも、この様子を固唾を飲んで見守った。勇者が口を開いた。

「あ、えと、すいません、女王様」

「ん?」

「聞き間違えたかもしれないので、もう一度、話してもらってもいいですか?」

 思いもよらぬ依頼を受け、女王は少し戸惑った。これまで読み上げていた書簡カンペを慌てて手に取ると、そのページをペラペラと捲りながら答えた。

「え、ええ。構わないわよ? どこから?」

「えー、”汝、勇者アガレスよ~”ってところからで」

「えーと、”汝”、”汝”……、どこだっけ、あ、ここか」

 目的のページを見つけ、女王は改めて親任の言葉を述べた。

「えー、えー、コホン。汝、アガレスよー。汝の実績を認め、ここに王家に伝わる伝説の宝剣を授けよう。これをもって、汝は国王の剣となり、その宝剣は王の身体と知れ――」

 勇者がすかさず声を上げて制止した。

「あ、そこじゃなくて」

「え、違う? ここじゃない?」

 傍らに控えていた大臣の一人が、女王の元へと駆け寄った。書簡カンペ担当の大臣だ。今回、女王が読み上げる文章を考案し、書き上げたのは彼だった。素晴らしい記憶力の持ち主で、その作成した文章のすべては彼の頭の中に格納されている。

(女王、女王、すいません。ちょっと書簡を拝見)

 彼は女王の耳元で囁いた。本来、この神聖なる親任式においては、女王とその受勲者以外は口を開くことが許されていないのだ。場の荘厳な雰囲気を崩さないように、彼は女王の持つ書簡にそっと手を伸ばし、そのページを数枚捲って小声で伝えた。

(ここです。このページ)

 女王はうんうんと頷いた。

「あ、これか。えー、汝、勇者アガレスよ……」

 女王の眉間にしわが寄った。文章を指さし、大臣へ小声で確認する。

(これ、なんて読むんだったっけ?)

(そなた、です)

 彼女は姿勢を正し、改めて文章を読み上げた。

「えー、コホン。汝、勇者アガレスよ。其方そなたに命ず。北方の街を荒らすという邪悪なる竜の王を見事討伐し、我らが王国の威光をその世に示――」

「ああ、そこです。そこ」

 すぐに勇者が口を挟んだので、女王はすぐに読むのを止めた。これ以上読んでいると、また読めない単語が出てきた時に困るからだ。彼女は澄まして勇者へ別れの言葉をかけた。

「そうか。では、勇者どの、旅の安全を祈っているぞ」


 ――またも静寂。勇者は女王の瞳を見つめ、また女王は勇者の瞳を見つめていた。周りの大臣たちも、それをはらはらと見守った。

「ん?」

「ん?」

 見つめ合っていた二人が、互いに意図が掴めず小首を傾げる。

「い、いや、そこで質問なんですけど」

「どうした、我らが勇者よ」

「その”竜の王”って、何ですかね?」

 女王が「ははっ」と一声発し、愛想笑いを浮かべた。そういえば伝えていなかった。あまりにも書簡の文章が長かった上、よく分からない単語が多かったので、なんだか難しそうなところは読むのを端折ったのだ。慌てて手元の書簡から該当箇所を探す。

「あー、ちょっと待って。どっかに書いてたから……。あ、これだ。えー、”龍の王、その名はコーフィアス。その、た、た、た……”」

 また読めない単語が出てきた! 横にいた大臣が書簡を覗き込んだので、女王は不明箇所を指さして小声で問いかける。

(これ、この文字!)

(たいく、です)

 さすが優秀なる大臣である。難しい単語をよく知っている。この文章を書き上げたのは彼なので、当然と言えば当然であるわけだが。――いや、とすると、実はさほど優秀ではないのかもしれない。肝心の読み手の頭の程度を理解していないのだから。

 問題が解決し、女王は続ける。

「えーと、”竜の王、コーフィアス。その体躯は山のごとし。純白のいわ、えー、いわ、い、あ……、が、岩盤のような鱗を身にまとい――”」

 たどたどしくはあったが、その一文を読み切ると女王は満足げにほほ笑んだ。すると、勇者が質問を加えた。

「”山のごとし”ってことは、大きいんですか?」

「そうだね」

「どれくらい?」

「――その体躯、山のごとし!」

 女王は右手を腰に当て、胸を張って誇らしげに答えた。難しい単語をそれっぽいポージングと共に、それっぽく使いこなせるというのは気持ちいいものなのだ。勇者が呆れ顔で口を開く。

「いや、そういうのいいから」

 不意にツッコまれて、女王がビクッと肩を振るわせた。勇者はさらに質問する。

「具体的に、どれくらいの大きさなんですかね?」

 女王は頬をぽりぽりと掻いた。すると突然勇者に背中を向け、背後に控えていた書簡担当大臣とひそひそと小声で会話しはじめた。

(何か反抗的ね、この勇者……)

(平民ですからな。仕方ありませんな)

 謁見の間に不穏な空気が立ち込めると、それを察した大臣の一人が声を上げた。

「確か北の商人からの嘆願書に書いてたかと思います」

 郵便担当の大臣だ。王宮に届く手紙の類は、一旦全て彼の管理下に置かれることになっている。その中から重要と思われる物だけが選抜され、女王にお目通り適うのだ。”北の商人からの嘆願書”もまた、重要文書のひとつとして女王に拝謁されていた。女王はまた愛想笑いを浮かべ、あっけらかんと口を開いた。

「ああ、そうだったっけ? 適当にハンコ押したから読んでなかったわ」

 郵便担当大臣が勇者の質問に答える。

「えー、”ローメアの丘”に匹敵するほどの大きさ、だったかと」

「おー、それはでかいなー」

 女王が感心すると、周囲の大臣たちも口々に感嘆の言葉を上げた。

「なんと、ローメアの丘と!」「信じられん!」「そんな生物が存在するのか!?」

 部屋中がざわつくと、女王が片手を上げてそれを制した。想定外の展開があったとはいえ、今はあくまでも神聖なる親任式の真っ最中なのだ。荘厳さを失ってはならないのだ。皆が口を閉ざして部屋に静寂が訪れると、女王は、また胸を張って勇者に言葉を告げた。

「ローメアの丘と同じくらい、だそうだ」

「いや、分からんし。ローメアの丘って、貴族御用達の避暑地でしょ?」

「知らんのか?」

「知らんよ。俺、平民だし。あんなとこ行くこともねぇスよ」

「何、平民はローメアの丘に行かんのか?」

 女王が目を丸くすると、再び大臣たちがざわつきはじめた。

「なんと」「信じられん!」「ローメアの丘を知らんだと……、そんな者が存在するのか!?」

 皆が周章し、同時に憐れみにも近い目で勇者の姿を見つめた。王国一のリゾート地であるローメアの丘を知らぬ者など、彼らの常識では考えられないことなのだ。ちなみにその丘の頂上にはワイン醸造所が建てられており、リゾートで訪れる人々の舌を楽しませている。お土産としても好評だ。

 またも部屋が騒がしくなってきたので、女王が片手を上げる。神聖な式典なのだ。荘厳さを失ってはいけないのだ。

 部屋が静かになると、女王が恐る恐る口を開く。

「で、では……」

 ごくりと唾を飲み込み、続けた。大臣たちも固唾を飲んで見守る。

「平民たちは、夏の三度目のバカンスをどこで過ごすと言うのだ?」

 しばしの沈黙。すると、言葉の意味を図りかねていた勇者が、突然それを理解し、まくしたてた。

「いや、バカンスとか無いから。つか、あんたらの課した税金のせいで、そんな暇ねぇよ!」

 突然大声を上げられて、その場にいた全員が肩を震わせる。

「それに三度目って何だ。年に何回バカンス行くんだよ、あんたら!?」

「え、バカンスは季節ごとに九回。つまり年三十六回。常識だろう?」

「ねえよ! 遊びすぎだろ、お前ら!!」

 この一言で、三度部屋中がざわついた。大臣たちが口々に言う。

「なんと、バカンスに行けない者がいるのか!?」「信じられん!」「気の毒すぎる!」

「さっきからうるせぇぞ、そこの連中!」

 勇者の鋭いツッコミが飛び、彼らは慌てて口を閉じた。そう、神聖な式典の最中なのだ。荘厳さとやらを失ってはいけないのだ。


 改めて勇者が問いかける。苛立ちを隠せない様子だ。右足のつま先が、ぱたぱたと床を叩いた。もはやその態度に尊敬の念は微塵も感じられない。

「で、どれくらいの大きさなのよ、その丘は?」

 彼はかの有名なローメアの丘を知らないので、その大きさを想像しようもない。平民とはなんと困った生き物であることか。そう不満に思いながらも、女王は両腕を組み、しばし宙を見上げて考えた。二、三回小首を捻った後、「あ」と声を上げた。良い答えを思いついたので、笑顔でそれを述べた。

「うーん。ドドンゴの火山島、くらい?」

「いや、それも分からん」

 これを受け、大臣たちがまたも「ドドンゴを知らんとは」「まじかよ」「これだから平民は」とざわつく。ドドンゴの火山島と言えば、年末年始に家族総出で出かけるくらいのメジャースポットなのだ。特産のマカデミアナッツは土産物としても評価が高い逸品だというのに……! 女王がまた目を丸くして質問する。

「で、では、平民は冬の五回目のバカンスは――」

「だから、夏も冬もバカンスはねぇの!! ドドンゴもローメアも分からん!! 俺でも分かる例えを出さんかい!」


 この勇者の言葉に、いち早く反応した人物がいた。この国の司祭だ。彼はすっと右手を上げ、一歩歩み出て口を開いた。

「では、僭越ながら、この私が勇者殿の疑問にお答えしましょう」

「お、任せたぞ大神官どの」

 女王がにこやかに彼の発言を許した。周囲の大臣たちからは、「さすが大神官殿」「頼りになるお人だ」と安堵の溜息が漏れる。司祭は左手を胸に当て、厳かに言葉を告げた。

「ローメアの丘と、ハバリアスの神聖樹、ほぼ同じ大きさと聞いております」

 司祭という立場に相応しい、素晴らしい例えだった。大臣たちが「おお」「さすが」「神託を得た方は言うことが違う」などと感嘆の声を上げる。女王も満足げに頷いた。が、勇者が不満げに司祭に言い放った。

「ハバリアスの神聖樹って、ミラージュ教の聖地だろ。神官と王族しか見れないだろ」

「え?」

 狼狽える司祭。勇者が続ける。

「つまり、この国ではあんたらしか知らねぇ情報じゃねえかよ、それ」

「え、でも、有名でしょ。ハバリアスの神聖樹。平民でも知ってるでしょ?」

「大きさまでは知らねぇよ! つか、伝わらねぇよ!」

 女王がうんうんと頷く。大臣たちも口々に「見たことないよな」「知らないし」「知ったかウザイ」と司祭を批判し始めた。ちなみに、女王ですらハバリアスの神聖樹は見たことが無い。まあ、本人に興味がないので、見に行くこともない。

 女王が司祭に向かって口を開いた。

「ふむ、では神官殿が一緒に行くのはどうだ? 竜討伐に」

 彼にしか分からない情報が出てきたので、これは仕方ない提案だ。これを聞くや否や、司祭は突然腹部を抑えてうめき声を上げた。

「あ、すいません。お腹痛くなったので勘弁してください」


 腹が痛いと騒ぐ司祭を無視して勇者と女王の話は進む。彼にとっては依然として疑問が解けていないのだ。ちなみに、この親任式は神聖な式典であり、荘厳さを失ってはならないということらしいが、もはやそんなことはどうでもよくなってきている。と言うか、元よりそんなものが最初から存在していたのかすら怪しい。司祭はなおも腹が痛いと言って床の上でもがいている。そういう演技をしている。


「つか、竜の王て実際そんなに大きいんスか?」

「まあ、大きい、てきな?」

「何だ、その”的”って」

「嘆願書には、大きいって書いてた(らしい)から、そうなんじゃないかなあ、てきな?」

「で、あんたらの中で、実際にそれを見たことある人は?」

「ハバリアスの神聖樹を?」

「竜の王をだよ!」

 女王が困って大臣たちに視線を向ける。彼らは口々に「ない」「ないです」「動画でなら」と答えた。

「ちょっと待て。今、誰か、動画とか言ったか? 舞台設定無視したやついたか?」

 勇者が騒ぎ出すと、女王が右手を上げ「衛兵、連行しろ」と合図した。

 女王が命ずると、扉付近で控えていた衛兵たちが、件の発言をした大臣を連れ出した。動画担当大臣だった。同時にSNS担当大臣も連れ出された。


 ひとしきり部屋の中の者が発言すると、大臣の一人がそれをまとめて回答とした。

「えーと、誰も見たことはないです」

 勇者が腕を組み、訝し気に問いかける。

「……本当にいるのか? その竜の王」

「な、何言ってるの!?」

 女王が狼狽える。信じられない、と言った目で勇者を見つめた。竜の王の存在を疑うなんて……! この男は物語の根幹部分から破壊しようとしているのだ。いくら短編とはいえ、許されない暴挙である。女王は諭すように言葉を繋げた。

「いや、いるでしょ? タイトルにも”女王の短剣と竜の王と――”ってあるし」

「いや、タイトルって何だよ?」

「タイトルはタイトルよ! 考えてもみなさい、タイトルの重要性を!」

 そして女王は得意げに話しを続ける。

「”ドラゴンボール”に”ドラゴンボール”が無かったことがあったかしら? もしそんなことがまかり通ってれば、『でぇじょうぶだ。死んでもドラゴンボールがある』の名セリフも生まれなかったのよ」

「何言ってるか、まるで分かりませんけども」

「でも、”ゼルダの伝説”が実質”リンクの冒険”っぽくなってて、ゼルダが殆ど出てこない、とか言うのは無しよ?」

「いや、だから何言ってるか分かんないよ!」


 閑話休題。勇者が口を開いた。

「いや、俺、北方出身だけど、竜の王とか聞いたことないし……」

「い、いるわよ。いるに決まってるでしょ。読んでないけど、嘆願書に書いてるんだし!」

「まあ、それはこの際いいけど」

「いいんかい!」

 突然、脇のギャラリーからツッコミが飛んだ。司祭によるツッコミだった。勇者が司祭を睨むと、彼は腹を抱えてうずまった。

「ああ、すいませんすいません。お腹痛いんです。すいません」


 なおも腹が痛いと喚く司祭をよそに、勇者はさらに質問を重ねる。先ほど女王の述べた言葉の中に、まだ気になるフレーズがあったのだ。なお、読者諸兄はお忘れかもしれないが、現在は神聖な式典の最中である。いや、神聖であった。あるべきだった。荘厳でもあるべきだった。そういや、荘厳ってどんな意味だったっけ?


「その竜の王、火を吐くとかも言ってたような気が……」

「あ、ああ、確かそれは……」

 女王が書簡をぺらぺらと捲る。すると書簡担当大臣が素早く彼女へ指示を送った。

(このページです。”その者――”ってとこから読んでください)

 言われたページを開き、彼女は厳かにそれを読み上げた。

「”その者――、あおきころもをまといて、こんじきののにおりたつべし”」

「ああ、それ違うやつです」

 書簡担当大臣が慌てて訂正する。女王も間違いに気付いて狼狽した。 

「しまった。これ別件のやつだ!」

「なんだそれ? 別件て何だ?」

 勇者が騒ぎ立てると、女王が衛兵に「連行しろ」と合図した。書簡担当大臣が連行されていった。何故か、司祭も一緒に連れていかれた。

 女王が舌をぺろっと出して誤魔化す。

「ごめんごめん、こっちだった。

 ”その者、邪悪なる牙を持ち、その吐息は、瞬く間に夜の闇を昼のように変えるだろう”」

 今度は難しい単語も無かったのでスムーズに読み上げることができた。”またたく”は、やや難易度が高かったが、昨日やった漢字ドリルに載ってたからなんとかなった。勇者がその言葉を反芻して確認する。

「つまり?」

「一度火を吐くと、辺り一面火の海、ってことかしら?」

「かしら? じゃねえよ。滅茶苦茶危ないじゃん。ヤバい奴じゃん、これ」

「まあ、頑張れば行ける行ける」

「行けねぇよ!」


「で、そんなヤバい奴相手にするのに、何で武器が短剣一本だけなんだ?」

 最大の懸念を勇者が切り出した。先刻受け取った王家の短剣を取り出し、もう一度それをじっくりと観察する。王家に代々伝わるというその宝剣は刃渡り15cmほど。その刃は鈍い銀色で光り、ピンク色の柄はつやつやと輝いていた。

「刃渡り15cmしかないけど、これでどうしろって言うんだ? 俺を殺す気か?」

「まあ、そこは勇者の努力と技術でカバーしてもらうとして」

「できるか!」

 勇者が怒鳴ると、女王はまた背を向けて大臣とひそひそ話を始めた。話し相手は武器調達担当大臣だ。しばし話し込むと、女王は振り返り、取り繕うような笑顔を湛えて言った。

「えーと、よく考えてごらんなさい? 武器が大きいと、危ないでしょ? ケガしちゃうでしょ?」

「こんなので竜退治する方がよっぽど危ないわ! 大けがするわ! むしろ、大きい武器よこしてくれたほうが、よっぽどマシなんだけど!?」

「だって、それしか売ってなかったし……」

「認めたな! 王家の宝剣とか言ってたけど、嘘っぱちだな!?」

 勇者は短剣を持って大いに抗議した。王家に代々伝わると言われて渡されたその宝剣、どうやら刃はステンレス製であるようだ。柄はピンク色の素材で出来ている。勇者は、その感触からその素材の正体を突き止めた。

「つか、この柄、プラスチックだよね! どう見ても、王家の宝剣とかじゃないよね!? さらによく見ると、ダ〇ソーって文字見えるんだけど!!」

 勇者の言う通り、ステンレス製の刃の隅っこに、小さく”ダイ〇ー”のロゴが彫られていた。”〇イソー”のロゴは、勇者の声に呼応するかのように、陽光を反射してキラリと光った。図星を付かれ、女王の額に汗が一筋流れる。

「あー、それは、王家に代々伝わる紋章で、ほら、”代々祖先から伝わる”、だから頭文字を略して”ダ〇ソー”、とか? それっぽくない?」

 苦しい言い訳だった。目の前にいる怒りっぽい平民なんぞに伝わるわけがない。さらにヒートアップする勇者だった。

「竜退治だよね!? 何で100円の包丁で済ませようとしてんの!? 108円(税込)で済ませようとしてんの!?」

 この言葉を受け、ギャラリーの中の一人が反応した。

「ちっ」

「誰だ、舌打ちしたの!?」

「すいません、キャ〇★ドゥ派なもので」

「知らんわ!」

 舌打ちしたのは、キャン★〇ゥ担当大臣だ。その横にいるセ〇ア担当大臣も、不満そうな表情を浮かべている。女王がすかさず衛兵に指示を出す。

「連行しろ」

「もうええわ!」

 勇者がツッコミを入れると、衛兵が困った顔で反論した。

「いやしかし、このままでは舞台設定が滅茶苦茶に……」

「どっちにしろ滅茶苦茶じゃん!! これ見ろ、これ!!」

 勇者は王家の短剣――もとい、”らくらくお料理! お子様でも安心して使える安全包丁(カラー:ピンク)(税込108円)”を高く掲げて部屋中の者にアピールした。恐らく中国製だ。そして、さらに抗議は続く。

「こんなので竜退治とか、無理だろ! どんだけハードモードなんだよ!! アルドゥインを素手で倒すよりしんどいわ!!」

 ちなみに、アルドゥインとは某有名RPGゲームのラスボスであり……、いや、なんか説明するのも面倒くさくなってきた。まあ、詳しく知りたいならGoogle検索でもしてくれれば良いだろう。空を飛び回るので、素手だけで倒そうとするとそこそこしんどい敵である。

 女王が勇者をなだめる。

「ま、まあ、アルドゥイン最終戦はイベント戦闘みたいなもんだから」

「そういうことを言ってるんじゃねぇよ!!」

 アルドゥインとの最終戦は、味方NPCがやたら強いので、放っておくとアルドゥインはいつの間にか瀕死の状態になっていることが多いのだ。詳しくは動画でもググってもらいたい。


 勇者が激昂していると、突然謁見の間の扉が開いた。そこに現れたのは白髪の老人だった。銀色の王冠を被り、純白の毛皮のコートを身にまとっている。その姿を確認するや否や、部屋の中に緊張が走った。

 現れた老人は、西の塔で隠居生活を送っていた法王陛下だった。先代の国王にして、女王の父親だ。法王は、厳しい顔つきで部屋の中を一瞥すると、勇者に向かって力強く言葉を告げた。

「落ち着け、勇者よ!」

「落ち着けるか!!」

 もはや法王だろうが誰だろうが関係ない。近づくものは何者であろうとツッコむのだ。彼は完全に狂犬と化した。

 偉大なる法王は若き勇者の非礼を咎めることなく、逆に頭を下げて詫びた。

「すまん、本当のことを言おう。……実は、そなたを試したのだ!」


「え?」

 勇者は耳を疑った。

「え?」

 女王もまた耳を疑った。勇者がそれに気づく。

「いや、何で今、あんたが”え?”って言った!?」

「いや、知らなかったから……」

 女王は本当に知らなかったのだ。すると、法王が微笑んだ。そして真相を告げた。

「……今のは、なんとなく言ってみただけだ」

「だよねー。パパらしいボケだよねー」

 女王が合いの手を入れて囃し立てる。法王がにこやかに応える。

「カッコよかった?」

「うん、パパカッコよかったー」

 勇者は思わず「死ね!」と一言だけ叫んだ。

 ちなみにこの式典は神聖で荘厳なものであり、……ああ、なんかもういいや。


 すると、またも突然謁見の間の扉が開いた。一人の女性が、女王にも法王にも臆することなく、ずかずかと部屋に入ってくる。年のころは50歳後半。頭に白い布を巻き、青いエプロンを身にまとっている。その手には、バケツとモップ、ホウキなどが握られていた。清掃担当大臣だ。

「はいはーい、お開きですー。お掃除始めるので、みんな出てってくださいー」

 清掃担当大臣がぱんぱんと手を叩き、その場にいた全員へ呼びかけた。午後三時からは王宮の一斉清掃の時間なのだ。同時におやつの時間でもあるので、全員で食堂へ移動しなければならない。法王と大臣たちは「今日のおやつは何だろう」などと歓談しながら、ぞろぞろと列を成して部屋を出ていった。女王もそれに続きながら、最後に勇者に一声掛けた。

「そういうわけだ。頼んだぞ、勇者よ」

 突然の展開に勇者は呆れて立ち尽くした。そして”王家の宝剣(仮称)”を片手に、そっと呟いた。

「マジか、お前ら」


 暫くの間、勇者が謁見の間の中央で呆然としていると、突然入口の扉が開いた。勇者がそちらを見ると、女王が仁王立ちしていた。彼女はひとつ大事なことを言い忘れたことに気付き、勇者へ言葉を告げに戻ってきたのだ。その手には、三時のおやつ――食べかけのドーナツ(チョコチップ入り。王宮パティシエの自信作だ!)が握られていた。

「ひとつ言い忘れていた。我らが勇者よ!」

 女王が右手のドーナツ(食べかけ)を勇者に向かってビシッと突き出し、それっぽく格好つけて話し始めた。勇者はやる気なさそうに応えた。

「あ? 何スか?」

 すると、女王がドーナツを頬張りながら、新たなる大命を伝えた。

「コーフィアスの鱗って白くて綺麗らしいから、持って帰ってきてね。スマホケース作りたいの」

「知るか! あとスマホケース言うな!!」

 清掃担当大臣が口を挟む。

「はいはい、掃除機掛けますよ。とっとと行ってくださいね」


 そして、勇者は北の街へ向かった。彼が街へ到着すると、嘆願書の差出人――北の街の商人たちは喜んで出迎えた。北の街の商店街はすっかりと寂れ、まったく人気がなくなっていた。

 彼は、北の商人から譲り受けた鋼の長剣を片手に、すぐさま案内された場所へと向かった。ちなみに、”王家の宝剣(税込108円)”は、出掛けに燃えないゴミとして近所のゴミ捨て場に捨ててきた。

 竜の王”コーフィアス”は街の郊外に、巨大な身体をたたえて彼を待っていた。


 ”ようこそ、コーフィアス・モールへ! 只今、オープニングセール開催中!”

 その白く巨大な外壁の建物――大型複合商業施設”コーフィアス・モール”に掲げられた巨大な看板を見て、彼は大いに脱力した。


 彼はすぐさま取って返し、北の街の商人を締め上げた。問い詰めると、彼らは泣きながらこう答えた。

「だって、こうでもしないと、あの王様、何もしてくれないんですよ。あれが出来たおかげで商売あがったり。24時間営業なもんだから、もう毎晩眩しくて眠れないのなんの」


 そして彼は、腹いせに女王向けに手紙を書いた。それを投函すると、すぐさま消息を絶った。手紙の文面はこうだ。

「我、コーフィアスと会敵す。その軍勢、悪鬼数千匹。我、敗北す。全軍を以て応援請う。なお、悪鬼の軍勢、王都へ向け順調に進撃中也」

 その手紙を受け取った王宮は、蜂の巣をつついたような大混乱に陥ったのだが、それはまた別のお話ということで――。

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女王の短剣と竜の王と、一連の何らかの騒動 阿山ナガレ @ayama70

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