相席上等

@tanukids

相席上等

「只今大変混みあってございまして……。相席をお願いしているのですが宜しいですか」


 茶のポニーテールと黒のエプロンの可愛い子にあんな申し訳なさそうな顔でお願いされれば断れるはずもない。俺はランチタイムで込み合う狭い食堂を縫うようにして進み、指定された二人がけのテーブルにたどり着いた。既に注文を済ませているのか、ワイドショーを食い入るように見ているオヤジに軽く会釈をして座る。


「御注文お決まりでしょうか」


 俺はメニューに目を通すこともなくしょうが焼き定食を頼んだ。あの子が去ってから回鍋肉定食にすれば良かったと臍を噛んだのは内緒である。


「兄ちゃん、もしかしてアレかい。一目惚れってやつ」


 上の空でしょうが焼きを待っていると、突然目の前のオヤジに話しかけられた。


「いや注文の時もずっとあの娘のこと見てたからさ。見た感じ大学生か?ㅤ若いっていいねえ」


 俺は全力で首を振る。


「まあまあ照れなさんな。あの娘いいだろ?容姿もそうだが、気立てもいい。なんと言っても汗水垂らして働く健気さ。これくらいの年になると特に輝いて見えるよ」


 オヤジは俺の主張に耳を傾けることもなく、一方的に話しを続ける。


「兄ちゃん酒は飲めるかい?ㅤこの店、夜はこじゃれた居酒屋になるんだ。あの娘とゆっくり話したいならビシッとキメて夜にもう一度来てみな。へへ、前途ある若者の活躍を祈っているよ」


 そう言い残してオヤジは店を去って行った。俺のしょうが焼き定食が運ばれてくると同時に、空いた席は若いサラリーマンによってすぐ埋まった。




 夜、俺は一番のスーツを着て再び定食屋を訪ねた。暖簾が出ていないがまだやってないのだろうか。引き戸を開けて中を確認してみると、掃除をしているあの子と目が会った。途端に花が咲いたような笑顔になる。


「あ!ㅤありがとうございます!ㅤ今、母は買いものに出ていまして……。よろしければこちらのテーブル席へどうぞ」


 店に客は一人だけで、四人がけの大きなテーブル席へと通される。メニュー越しに様子を伺っていると、あの子は二人分のお茶を出して、目の前にストンと座った。空白の数秒のあと、二人の頭の上に疑問符が浮かぶ。


「え?ㅤ店先の張り紙を見て来て下さったんじゃないんですか?」


 俺は一言断りを入れて、張り紙とやらを確認しに外へ出た。見れば、「急募! ㅤアルバイト募集中」と書かれてある。


「この店、お父さんが死んじゃってから私とお母さんの二人で切り盛りしてるんですけど、もう目が回る程の忙しさで……。もし宜しければ短時間でもいいのでうちで働いてくれませんか」


 活躍とはそういうことだったのか。娘を餌に暇そうな大学生を釣るとは大したタヌキオヤジである。この子にこんな申し訳なさそうな顔をされた時点でもう負けは確定だ。俺は首を縦に振る。すると同時に入り口の引き戸が音を立てて開いた。


「あら、もしかしてウチで働いてくれるの?こりゃお祝いだね!ㅤ酒は飲めるかい?」


 スーパーの袋を両手に抱えながら、オカンという言葉が何よりも似合う女性がそこに立っていた。慣れない酒をしこたま飲まされたので、そこからの記憶は曖昧だ。


 ただ一つだけはっきりと覚えていることがある。相席もたまには悪くないということ。一人より二人で囲う飯の方がきっとうまい。三人より四人で囲う酒の方がきっとうまい。

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