Atmos

@MyYm-34443

Message

 今の彼氏とは付き合って三年になる。

 最初は中学三年のころだったか、なんとなく仲が良かったけれど、告白されたときはびっくりした。

 嫌な気持ちはしなかったし、私もその人がうっすら好きだったから付き合うことにしたんだ。

 彼はいつも私よりもちょとだけ出来がいい。私も馬鹿じゃないとは思うんだけど、彼は私と同じくらいか、上だと思う。テストの点数がそれを物語る。ほとんどの科目で80点を超える彼と、得意科目は80を超えて、ちょっと70点台のもある私。平均点はもうちょっと低いから、お互いに平均以上の学力だと思う。

 だから高校も同じとこを受けることになった。別に合わせたわけじゃない。私はそういうタイプじゃないし、彼もわざわざ合わせるほど馬鹿じゃない。

 私には少しレベルが高めの学校だったからそれなりに必死に受験して、なんとか受かった。彼はもうちょっと余裕をもって受かったみたいだ。二人の番号を見つけたときは思わず抱き合ってしまった程度には嬉しかった。

彼は次第に空気みたいな存在になっていた。隣にいるのが当然な関係。私にはそれが心地よかった。きっと彼にとっても心地いいんだろうな。そう思っていた。

 ある日のことだった。私は何人かの女友達と一緒にサイゼリヤで談笑していた。

 それぞれの恋人の話をしていて、私と彼氏が周りに比べて喧嘩が少ないことがわかった。

「彼氏優しすぎでしょー」

「それはそれでなんか心配じゃない?」

 私はそれに乗せられて、その場の盛り上がりに合わせて高揚こうようした気分を鎮めることをしなかったんだ。

 話の流れは、私が彼氏を試してみる、という方向に固まってしまった。それが嫌でなかった自分がいた。彼氏への信頼感の表れなのだ。

「ごめん、別れてほしい」

 この一文だけ、そっとメッセージを送った。何人かがドリンクバーを取りに席を立った。たまたま席には私ひとりになった。

 沈黙。

 なぜか私だけ、世界から切り取られた。

 周りの席も学生で埋まっている。笑い声。喧噪。洪水。溢れ出て反芻していく。

 汗が滲んだ。

 額から垂れていくひとつぶが、顎を伝う。

「……あ、既読……」

 思わずこぼした声は、自分でもびっくりするくらいか細かった。

 席を立った。私のコップがいつのまにか空っぽになっていたから。

 表面に付いた水滴も机に垂れ下がって水たまりを成していた。

 足早にドリンクバーの装置に向かい、適当な飲み物をなみなみと注ぐ。

 友人たちとは気づかないうちにすれ違っていたらしい。既にテーブルに座っていた。

「ね、ね、どうだった?」

 嬉しそうな顔をして聞いてくる友人。

「あー、まだ既読付かないや」

 携帯も見ずに言う私。

 そのまま他愛たわいない話をして、十分が過ぎた。私には永遠とも思える時間。二度目の永遠。はやく画面を見たかった。安心したかった。

「ごめん、今日予備校だったの忘れてたから先帰るわ」

 もうひとつ嘘をついてカバンを肩に引っ掛ける。レシートを見て、財布を見て、硬貨をいくつか置いて、足早に外に出た。これ以上窮屈な呼吸はしたくなかった。

 息を少し切らしながら家に向かう。地元の店でよかった。電車なんて待ちきれない。

 家に着くよりもはやく鍵を取り出して、すがるように扉を開けた。

 まだ誰も帰ってきてないみたい。少しだけ安心したけど、それでも汗は引かない。

 自分の部屋で鞄を投げ出す。携帯を見てみる。

 メッセージがきてる。

 開く。

「うーん」

「うん」

「わかった。そうしよう」

 三通。最後のメッセージのうしろに時刻が記されていた。三十分も前じゃなかった。きっと私からのメッセージを見てすぐに返信したんだろう。

 なんで?

 そう聞く権利なんかないのわかってるよ。

 でも、ほら、こんなことってさ。

 きっと悪い夢だ。

 ……でも私の感情は、思ったより混沌に落ちなかった。

 静かに天井を見上げた。

 ベッドに上体を預け、無機質な天井を見つめていた。愛しそうに。

 そこからは普段の生活となんも変わらない。

 その日の夕ご飯はオムライスだった。おいしかった。

 その日ははやめに眠れた。疲れてたみたい。

 その日は涙を流さなかった。ほめて。

 ほめて。ほめて?

 私をほめてくれたあいつがいなくなったって気づいたのは次の日の朝だった。

 その日は涙を流しすぎて、顔がぐしゃぐしゃになった。

 その日は嗚咽を漏らしすぎてクッションを口に強く当てた。

 その日はあいつを恨んだ。

 その日は友達を恨んだ。

 なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの。

 そもそもなんであんなメッセージ送らなきゃいけなかったの。

 てか少しは嫌だって言えよ。私たちの過ごした年数はそんな薄かったのかよ。くそ、くそ、くそっ。

 わかってるんだ全部私が悪いんだ。

 違うんだ、私は悪くないんだ。

 なんで。

 なんで君はそんなに。

 そんなに空気みたいなんだ。

 一緒にいたら、そんなに楽だったんだ。

 もっと私を焦らせなかったんだ。

 なんで私を安心させたんだ。

 なんで離れて行っちゃうんだ。

 掴んでも、掴もうとしても、手ごたえなく。

 指をすりぬける君は、まるで風で。

 私の涙を乾かしていくんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Atmos @MyYm-34443

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ