40 〆

 夫と佐知ちゃんが泊まった熱海の温泉街に祐子さんがいたという匿名の手紙が高橋先生の許に届く。

 金曜日に、だ。

 翌日の土曜日あるいは金曜日の夜、高橋先生が熱海に向かう。

 同様の匿名の手紙が祐子さんにも届く。

 アル中が抜けていない祐子さんは酒に酔ったまま、もしかしたら行きずりの男に見送られつつ土曜日あるいは金曜日の夜、熱海に向かう。

 葉山刑事によると熱海で二人が出会うことはなかったようだ。

 が、それでも自分たちの気持ちには気づいただろう。

 あとは時間の問題だ。

 けれども、そんな誘拐事件とは何の関係もない高橋先生と祐子さんの振舞いが葉山刑事を混乱させる。

 直接わたしを知らなければ、温泉宿の人たちが祐子さんをわたしと見間違えても可笑しくない。

 だから葉山刑事は混乱したのだ。

 けれどもそんなふうに考えるのは、わたしの驕りかもしれない。

 逸早く、佐知ちゃんが元ヤンキーだと調べ上げた葉山刑事なのだ。

 突然家に現れた土曜日の朝、葉山刑事が帰り際、佐知ちゃんに何事かを耳打ちし、佐知ちゃんがあからさまに不快な表情を浮かべたが、あのとき葉山刑事は佐知ちゃんに『あなたは元ヤンキーですね』と確認したのだろう。

 わたしには、そう思える。

 今度の土曜日に葉山刑事が我が家を訪れ、事件の真相を話すというから、どちらにせよ、そのときに、いろいろなことが明確になるだろう。

 ちなみに多重人格節や夫が妻殺害の犯人説はわたしの夫であり且つ霧島佐知の愛人である山下豪儀を虐めるためのデッチ上げだ。

 もっとも今の時点でわたしが姿を晦まし、自殺し、その死体が発見されれば、デッチ上げでは済まなくなるかもしれないが……。


【橘夫人のモノローグ】


 フン、わたしは最初からいけ好かないと思ってたんだよ。

 お高く止まった変態女、顔が綺麗でも変態男……。

 それが金持ちなんだから本当にいけ好かない。

 ああ、いけ好かない。

 貧乏にすることは無理だとしても世間的に恥をかかせたい。

 だから変態写真をいずれ街にバラ撒こう。

 足がついたらマズいから、今のところ警察には送っていないが、変態写真をあいつらに送りつけたのは、ああ、このわたしだよ。

 ウチのポストに入った手紙や小包そっくりに偽装して……。

 脅迫状もつけたから、もう少し遊べるかと思ったが、実は誘拐事件だったのか。

 ふうん、まるで知らなかったよ。

 まあ、金を取られたんなら、いい気味だ。


【遠藤氏のモノローグ】


 人間、金に困れば何でもしてしまうが、やはり慣れないことをするべきではなかったと今更のように後悔する。

 どうしてそんな気になったのか、自分でも説明できない。

 けれども金の匂いを、あの若い女から感じたのだ。

 それで後を付けてしまう。

 アパートを探り当てる。

 その日は、それだけで帰るが、確信が欲しい。

 それで盗聴器を仕掛けることにする。

 チラシに貼り付けて郵便受けに入れれば、暫くは部屋のごみ箱の中にあるはずだ。

 音量を最大限にすればアパートの壁越しで聞こえるはず。

 あとは自分自身がアパートをうろつく、あからさまな不審者には見えないことを願うだけ……。

 えっ、本当に金があるのか。

 それも二億円だって……。

 妄想を独り言しているのか、それとも現実なのか。

 課長さん、とはいったい誰だ。

 ああ、不倫をしているのか。

 だから今時の若い女は……。

 いつ盗みに入ろうか。

 上手い機会があるか。

 いや、必ず機会は訪れるだろう。

 あの女が鍵をかけずに近所にごみを捨てに行ったり、あるいはコンビニに買い物に行ったり……。

 それとも家に帰り、偶々鍵をかけ忘れるとか……。

 ええっ、浮気相手が、まさかの山下さん……。

 もう、ダメだ。

 今やるしかない。


【葉山刑事のモノローグ】


 ピースが嵌らん。


(了)

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妻そっくり り(PN) @ritsune_hayasuki

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