4、僕とキミの15センチ

 カタ……、とキーボードを打つ手を止めて辺りを見渡した。

 部室内は薄暗くなっていて、節電のためか僕の真上にある電灯だけ点けられていて、あとは消灯していた。みんなは帰ってしまったのか、部室には誰も居ないようだった。


 パソコンの時計に目をやると、午後7時を表示している。僕が部室に来てから3時間、書き始めてから2時間が経っていた。


「ふぅ……」


 まずはみんなに手伝ってもらった、『男女で感じる15センチの距離の違い』を元に簡単なプロットを作り、そこから一気に書き始めた。

 いつもなら、しっかりとプロットを練ってから書き始めるんだけど、今回ばかりは時間がないから、プロットもほどほどにして、練りつつ書きつつといった感じで進める。


 執筆速度から「自分にはあまり向いていないな」と思ったけど、ネット小説の場合はこういったライブ感も大事だという。今の僕には、まだちょっと分からない。


「書けた?」


 椅子の背もたれに体を預けていると、執筆スペースの向こう側にあるソファから部長の声が聞こえた。

 体を少しずらしてそちらに目をやると、両ひじ掛けに頭と足を乗せて、ソファに寝っ転がりながら本を読む部長が居た。


「行儀が悪いですよ」


 みんなが座る場所だから、と、このソファは緊急時以外に横になることが禁止されている。

 それなのに、部長はお行儀悪く横になる。何がいけないって、部長はスカートを履いているから、無作法に寝っ転がるとスカートが捲れ上がってしまう。今も太ももいっぱいまで捲れてしまっている。


「なによ。あなたが頑張って書いているから、先生に居残りの申請をしてきてあげたのに」

「それは、ありがとうございます」


 運動系の部活は、練習時間が長いから自動的に最終下校時刻が延びるけど、ここみたいな文系は文化祭くらいじゃないと最終下校時刻を過ぎることはない。

 だから、文化祭以外でそれを過ぎる場合は、先に顧問やその日の責任者の先生に申告しておかなければいけない。

 これをすっぽかすと、部活停止とか色々と面倒で大変なことになる。


「それで、書き終わったの?」


 素直にお礼を言ったからか、部長は初めこそ少しだけムッとした表情になったけど、あとはいつも通りの口調と顔で聞き返した。


「大体の流れは」

「何文字?」

「1万1千文字くらいですね。推敲で前後すると思いますけど」

「ちょうど良いくらいじゃない? 正味2時間で1万書ければ、良い速度よ」


 執筆速度もそうだけど、僕にしてみれば奇跡的にラストまで書けた。その代わり、未来のコンテストに出す予定だった作品のアイディアを、少しだけ削って持ってきてしまったけど。


「どんな話にしたの?」

「部長のオススメ通り、この部みたいなおかしな文芸部の話です」

「あなたは良いかもしれないけど、他の二人はきっと怒るわよ?」

おかしな文芸部・・・・・・・って言ったじゃないですか。部長も、もちろんその中に入ってますよ」


 そこでなぜ、部長が非難がましい目を向けてくるのか、今の僕にはちょっと理解できない。

 そもそも、なんで自分だけおかしくないと思ったのか。この文芸部でおかしくない普通の高校生は、どう考えても僕しかいないはずだ。


「それじゃあ、一応の完成ということで。さっさと作品を保存して帰るわよ」

「はい」


 部長は、パタン、と本を閉じてそれを本棚へ持っていく。僕は、フロッピーアイコンを押して上書き保存をした。

 二人して荷物をまとめ、帰り支度をする。冬とは違って、今の時期は荷物が少なくて助かる。

 部室を出るころには、薄暗かった外は真っ暗になっていて、廊下はほぼ真っ暗になっていた。


「夜の学校って、やっぱ不気味ですね」

「知っている場所だと、今まで見ていた見え方と違う差異から違和感を覚えて、その齟齬が不気味に思えるらしいわね」


 言葉にならない感覚の理由を、口で説明できるように理解しておくのは文字書きとして必要なことだけど、こうも簡単に説明されるとロマンがないね。


「カーテンよし、パソコンの電源よし、灯りよし」


 車掌のように、部長は一つ一つ指差し確認で済まされているか確認してから、扉の鍵をかけた。


「鍵は私が職員室に持っていっておくから、あなたは先に帰っていていいわよ」

「最後までちゃんと付き合いますよ」


 僕のために居残り申請をしてくれたのに、さらに鍵の返却まで一人でやらしては申し訳ない。


「そう? ありがとうね」

「もう暗いですから――」

「きゃぁっ!?」


 床に置いていたカバンを拾い上げ、職員室へ向かうために歩き始めていた部長に並ぼうと駆けたら、僕と部長の肘同士が当たってしまった。


「もう! いきなり何するのよ!」

「すみません。暗くて、目測ミスりました」


 僕としては、ただ当たっただけだけど、不意を突かれた部長は――。


「部長、大丈夫ですか?」

「大丈夫。へーき平気


 明らかに平気ではない口調と顔の赤さが心配だけど、たぶん、今の僕も顔がやばいことになっているから指摘できなかった。

 そういっただったとはいえ、胸を押し付けてくる部長のくせに、ちょっと肘が当たっただけで可愛い悲鳴と、こんな風に真っ赤になってしまうのは反則だ。



 鍵を職員室に戻して、一か所しか開いていない玄関ドアを開けてグラウンドを抜ける。


「もう暗いんで、部長の家まで送っていきますよ」

「遠回りをしてまで、送り狼かな?」

「強くないから、番犬にもならないですけどね。でも、居ないよりはマシということで」


 文系の人間で喧嘩が得意な人なんて居ないだろう。居てもいいんだろうけど、問題が起きないか他人事ながら心配になる。


「コンテストに応募したとして、選出されそう?」

「自信作ではありますけど、色々な人が参加する賞だから分かんないですね」

「まっ、落ちたら次のコンテストに応募すれば良いだけよ」

「それもそうですね」


 ダメなら、それはそれで落ち込むんだろうけど、良い経験にはなるだろう。


「あっ、そういえば……」

「忘れ物?」

「いえ、違います」


 今さらながらに思い出したことがある。

 記憶を掘り返してみても、加松くんや脇坂さんが最終下校時刻近くまで残っていることは少なかったので、一緒に帰ることはまれだった。

 でも、部長とはこうしてちょくちょく帰ることがあった。


「15センチの距離ってやつ」

「…………思い出さなくて良いから」

「いや、そうじゃなくて」


 胸を当てた時のことを思い出してか、肘が当たった時みたいに真っ赤になる部長を宥めて続きを話す。


「こうして一緒に帰るときの距離って、結構、15センチに近くないですか?」

「そう……かしら……?」


 指でピストルを作って距離を測ると――――あっ、20センチくらいあるわ。予想よりもちょっと広かった。


「――って、ちょっとずつ離れないでくださいよ!」


 20センチくらいの距離があるのは、歩きながら部長が僕から離れて行っていたからだった!

 なんでこんな嫌がらせをするのか!


「たっ、たまたま近かっただけじゃない?」

「いえ。思い返せば、帰るときは大体15センチくらいの距離でした」


 そうかそうか。それなら――。


「それなら、あんな大騒ぎする必要なかったですね」

「……どうして?」

「だって、部長と帰っていた時の気持ちを元に書けばいいんですから」


 それに、ちょうど男と女で要求されたお題はクリアしている。

 今日、書いたものは、今のこの気持ちを付け加えてから推敲することにしよう。


「さっき書いたやつは、結構、良い仕上がりになりそうです」

「そう。それは、よかったわね」


 少しだけ固い口調になった部長。良い作品が出来るといったのに、何か気に入らないことでも言ったっけな?

 まぁいいや。早く家に帰って、残りの作業を消化しなくちゃいけない。そして、一番に協力してくれた部長と、距離感を感じる生贄になった二人に見てもらわないといけない。



 完成した小説は、カクヨムの『僕とキミの15センチ』タグをつけて投稿した。

 小説投稿サイトに投稿するのは初めての経験だったので、自分の小説がどれくらい読まれているのかいまいち分からなかったけど、みんなが言うには悪くないようだ。


 選出されるか『神のみぞ知る』といったところだけど、やれることはやったんだから、あとは自信をもって待つだけだ。



 さぁ、この経験を元にもっと面白い作品を書いていこう。

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らのべろのべらべのらべのら文芸部 いぬぶくろ @inubukuro

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