最終話

 アルとゼクスは、お互いに背を向けながら立っている。ゼクスは目の前にある玉座を見つめながら呟いた。

「やはり、魔王というのは、勇者に倒される宿命なのだな……」

 ゼクスの言葉を聞き、アルは彼のほうに向き直る。

「違うな。お前が負けたのは……お前自身が――捨てたもんだよ」

 ゼクスはゆっくりと向きを変え、ルナのほうに目を向ける。彼女は涙を流しながら、ゼクスを見つめていた。

「そもそも、勘違いしてるんだよ――お前は!」

 ゼクスは不思議そうな顔を向ける。その表情を見てハッキリと告げた。

「お前はもう魔王じゃない。俺も――勇者じゃない」

「なら、貴様は一体何者なのだ?」

 ゼクスの問いに対して、アルはゆっくりと息を吸い、胸を叩いて答えた。

「決まってるだろ。俺は……俺が魔王だ!」

 アルの宣言に、ゼクスは苦々しげな笑いを浮かべる。

 そして、もう一度ルナのほうに顔を向け、ゆっくりと言葉を口にした。

「ならば余は、私はもう何者でもないわけだな……それは何とも、素晴らしいことでは、ないか」

 ゼクスが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、彼の体はそのままパンっと掻き消えてしまった。

 直後、アルはバランスを崩して倒れそうになる。ルナはすぐに駆け寄り、アルの体を支えた。

「ボロボロですね、魔王様」

「お互い様……だろ?」

 シルフィたちもゆっくりと立ち上がり始める。全てが終わったことを知り、三人も笑顔を浮かべた。

 笑い合うアルたちを、窓から差す月の光が、祝福するように照らしていた。


 ゼクスが消えた日から、およそ四週間が経過した。

 魔王城にある衣装部屋で、アルは困惑しながら声を上げる。

「服ぐらい自分で脱げるって……ちょっと待ってぇ!」

「いいえ、待てないでござりまする! こういうのは、さっさと済ましてしまうのでござりまするよ!!」

 ローラは無理やりアルの服を脱がし始めた。横にいたシルフィもそれを手伝い始める。女子二人に、服をはぎ取られ、アルは若干の涙目を浮かべる。

「のんびりしている暇はありませんの。このほうが早いのですから、我慢してくださいませ!」

 その様子を見て、ルナは微笑んだ。ガッデスがルナの表情を見て声をかける。

「あの者なら、きっと素晴らしき指導者となるだろう。お前が、しっかりと支えていくのだぞ」

 ガッデスの言葉に、ルナは自信に満ちた顔でハッキリと答えた。

「はい。もちろんです」

 アルの着替えが終わった。それは魔王としての正装。かなり堅苦しい格好であり、アルは窮屈そうにしている。

「う~ん、こういうの慣れないんだよなぁ。特に首元のモコモコしたものが……すっげぇ、くすぐったい!」

 ルナはため息をつきながら言う。

「今日だけですから我慢してください」

 ルナの一言に、アルはうなだれた様子を見せる。シルフィとガッデス、ローラは部屋から出ていく。

「ワタクシたちは、一足先に参ります。まおう様、堂々と、ですからね!」

 シルフィはそう言い残し、部屋の扉を閉じた。

 ルナとアルは、二人きりになると、お互いに言葉を発しなかった。

 それから十分ほど沈黙が続き、ようやくルナが口を開く。

「そろそろ……いきましょうか」

「ああ、そうか……そうだな」

 部屋を出て、廊下を歩く二人。その間、どちらも無言を貫いていた。

 ゼクスを倒してから一ヶ月、アルとルナが二人だけになるのは初めてだった。

「あの……魔王様」

 ようやくルナが、アルに声をかける。アルは彼女のほうへと振り返った。

「なんだ?」

 アルはたった一言で返事をする。その表情は、どこか緊張を浮かべたものになっていた。ルナはゆっくりと息を吸い、そして言う。

「今日は、年に一度の閲兵式。魔王として、みなの前で挨拶をする日です」

「ああ、聞いた」

 アルは素っ気なく返事をしてしまう。だが、ルナは気にせず言葉を続けた。

「ですから、その前に……聞かせて、もらえないか?」

 アルは不思議そうな顔を浮かべる。

「何をだ? 何を聞きたい?」

 アルの質問に、ルナは少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。

「だから――アレだ。聞かせてほしい……私にだけ――お前の誓いを。自分が魔王だという宣言を」

 ルナの言葉を聞いて、アルはポンッと手を叩いた。そして、頭を掻きながら呆れたように言う。

「お前なぁ……まさか、それが言えなくて黙ってたのか?」

「うぅ……そうだ――そうだよ、悪いか! だいたい、お前だってずっと黙ってただろ!!」

「それは……お前が怒ってるのかと思ったからで……ゼクスを消しちまった。また、俺はお前からアイツを奪ったから……憎まれても仕方がない、と」

 アルの言葉に、ルナは目を丸くする。

「はぁ!? 何をバカなことを……私は言ったはずだぞ、『勝て』と。お前に!」

「いや、だってお前。『勝ってください、魔王様』って。あれは、ゼクスに言ったんじゃ……」

「違う! 違うにきまっているだろ! 私はお前に魔王でいてほしいと……あっ!」

 ルナは思わず口を押える。アルはきょとんとした顔を浮かべるが、すぐに笑い出してしまう。

「な、何で笑うんだ!! お前という奴は、どうしてこうデリカシーのない……」

「わ、悪い。いや、悪かった! そうか、そうなんだな。嬉しいよ、すごく!」

 ルナは顔を真っ赤にする。

 アルは一度コホンと咳払いをすると、思いきり息を吸い、胸を張って宣言する。

「俺は、魔王だ。これから先、俺の命が尽きるまで……いい魔王になれるかどうかは、わからないけどな!」

「それなら大丈夫だ。私がしっかりと支えてやる!」

 二人はお互いの顔を見合い、ニコッと笑う。ルナはアルの背中を押し、前を向くように促した。

「さぁ、皆が待っていますよ、魔王様!」

「そうだな、それじゃあ行くか!」

 アルは魔王城の入口に続く扉へと真っ直ぐ歩く。その後ろには、ルナがしっかりとついて歩く。扉を開くと、そこには太陽の光が満ち、二人の行く先を燦々と照らし出していた。


 ――そうだ、これからだ。

 ――これからが俺の歩む、魔王としての道だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者が始める魔王道(マスターロード) 五五五 @gogomori555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ