ながいながい、おやすみ

◎◎◎(サンジュウマル)

ながいながい、おやすみ

 朝、台所におりていったら、おかあさんが「もう起きたの?」と言って大好きなオレンジジュースを出してくれました。

 いつもはモッタイナイといってあまりくれないのだけれど、今日は「もっと飲む?」と聞いておかわりもさせてくれました。

 僕が「サイレンがうるさかったから、目がさめちゃったよ」と言ったら、おかあさんはこまった顔をして

 「そうね、うるさかったわね」

 とうなずきました。そしたら、めづらしく家にいたおとうさんがテレビを消して、

 「今日は学校に行かなくていいぞ。どこかに遊びに行こう!」

 と言ったからビックリしました。

 なんでかというと、おとうさんはえらい学者さんで、国のけんきゅうじょでむつかしい実けんをしていて、いつも忙しいからです。あまりおうちにいることもないから、僕はうれしくて

 「わぁい」

 と飛びました。3にんで、たくさんのオヤツとおべんとうを、用意しました。

 僕は「象でも食べきれないよ!」

 と言いました。

 それから、おとうさんが

 「おしゃれをしていこう」

 ときめたので、みんなで一番すてきなかっこうをしました。おとうさんは、昔おかあさんにケッコンをもうしこんだ時の、青っぽいタキシードです。

 おかあさんがえらんだ白くてふわふわしたワンピースは、おとうさんにはじめて会った時に着ていた服だそうです。

 僕はすごく考えて、小学校の入学式の時に着たスーツに、このあいだおとうさんがナサという外国でかってきてくれた、テンガロンハットというちょーかっこいいぼうしをかぶりました。

「おお、クールだね」

 とおとうさんはほめてくれました。


 おかあさんの運てんで、車で出かけたら、町はとってもにぎやかでした。

 バクチクとかクラクションの音や、大きな叫び声や、音楽や、きれいな合唱の歌なんかが聞こえました。

 今日からはみんな学校や会社に行かなくてあそんでいい『お休みの日』になったんだと、おとうさんが言ってたとおりでした。

 サッカーの日本代ひょうが勝ったときみたいに、車道や屋根の上を走る人がたくさんいたので、おかあさんは人のすくない所をえらんで運てんしていました。

 「おまつりみたいだね」

 と言ったら、おとうさんが

 「おまつりみたいなものだよ」

 と言いました。

 そうして外をながめていたら、急におかあさんが

 「あっちにもボウトがいるわ」

 とブレーキをふんだので、僕は後ろの席でころがりながら

 「ボートのりたい!」

 とゆったら、なぜかふたりとも目を丸くして、それから楽しそうに笑いました。

 おかあさんは朝から少し悲しそうだったから、僕も嬉しくなりました。

 おとうさんはひっくりかえった僕を起こして、落っこちたテンガロンハットを頭にのせてくれると、「じゃあ山の上の、みずうみに行こうか」とテイアンしました。


 今日のおとうさんはとっても気げんが良くて「あれはサルスベリという木なんだよ」とか「あの雲はサカナのウロコみたいだろう? イワシ雲といって秋の雲なんだよ」とか、山をのぼっている間ずっと、車の中からいろいろとおしえてくれました。とちゅうの天ぼう台で一度おりて、アズマヤという屋根だけのおうちで、おいしいおべんとうを食べました。

 その時、町のあちこちからまっ黒いケムリがヘビみたくほそく上がっていたので、

 「火事だよ!」

 と指さしたら、

 「そうだね」

 とふたりは小さな声でうなずきました。こんなにいっぺんに火事だと、しょうぼう自動車が大変だなぁと、思いました。


 みずうみには、だれもいなかったでした。

 「貸し切りだね」と、おとうさんがボートをうかべて、みんなで乗りました。とても静かなところで、急におかあさんのケータイのアラームがなって、

 「もうじき時間よ」

 と言って僕はふたりのまんなかでギューッと抱きよせられました。

 僕はなんの時間だろうと思って、ふたりといっしょにお空を見上げたら、いつのまにか真ん中だけが夜みたく真っ暗になっていて、大きな星が落ちてきました。1つだけじゃなく、次から次と、夜の中に真っ白に尾っぽをひいてふってきました。

 「流れ星だよ!」

 教えてあげると、おとうさんは

 「人工えい星が、落とされているんだよ」

 と言いました。でも流れ星は、とちゅうで大きな音をたててバクハツしました。

 「ちがうよ、花火だよ! 花火だよ!」

 おとうさんとおかあさんも、おどろいた顔をして上を見ていました。

 星が落ちてくると、とちゅうで何百もの色とりどりの火花にバァーンと割れて、赤や青や黄色や緑色の大きなお花になって、夜の中にかさなって咲きました。

 赤は青に、青はムラサキに、緑はオレンジに、黄はピンクに、花火はキラキラと、空にいくつもいくつも広がって、どれもがさいごに金色の光の粉になってきえていきました。

 「きれい」

 「きれいだね」

 「わたしたち、最後にこんなにきれいなものを見ていいのかしら」

 おとうさんもおかあさんも、なぜか泣いていました。僕は泣かなかったけど、ねむくなってきました。おかあさんのひざはあたたかいからです。花火はまだパァーン、パァーンとつづいていました。

 お空はいつのまにか、全部が夜になっていました。まるで、大きな夜のかたまりが、ちきゅうにギュウギュウとのっかって来ているみたいです。

 トンネルにはいった時のように耳がキーンとしてきます。

 「ごめんね」

 おとうさんが小さな声でいいました。

 おかあさんは首をふりました。

 「あなたのせいではないわよ。世界中からナサに集まって、彼らとの会話をがんばったんでしょう? ……きっと人間はジュミョウなんだわ」

 白いふわふわのワンピースを着たおかあさんは、おひめさまみたくきれいで、タキシードのおとうさんは、おうじさまみたいでした。

 僕はもっと見ていたかったけれど、ねむくて、もう起きてられません。でも、目がさめたらまたおとうさんとおかあさんは、こうやって遊んでくれると思います。

 今日から長い長いお休みに、はいったからです。


 「おやすみ」

 だれかがやさしい声で僕に言ったので、僕は笑って、とおいお空の向こうに、

 「おやすみなさい」

 とおへんじしました。

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