第4話
ルーキーの前山はこの日をずっと待ち望んでいた。
それは、佐藤選手との対戦だ。
佐藤は今日引退する相手チームの選手であり、彼の憧れの選手でもある。
前山は、得意のスライダーを武器に学生時代から地元では有名な選手であった。そんな前山がまだ中学生の時、現役プロ野球選手が野球教室を開くというイベントに参加した時の事だ。
その、現役プロ野球選手こそ佐藤であった。彼は野球教室の最後、ピッチャー志望の中学生全員と1打席勝負を行なった。前山も、もちろん参加した。
中学生相手にも関わらず佐藤は一切手を抜かなかった。甘い球を一切見逃さず、全て完璧に捉えるバッティングはさすがプロだと言わざるをえなかった。
ついに、前山の番が来た。
前山は得意のスライダーを初球に投げた。投げた感触、腕の振り、コース、自分の中では最高の球だった。
しかし、佐藤はいとも簡単にスタンドに持っていった。
前山は、唖然とした。これがプロなのかと。前山はこの対戦の後佐藤に話しかけた。
「僕の球の何がダメだったのでしょうか?」
佐藤は、少し考えてこう答えた。
「完璧だったよ、君の球は。もし君が大人になってもこの球を投げるのであれば僕は絶対に打てないだろうね。」
前山はこの言葉を一瞬たりとも忘れたことがなかった。当の佐藤は忘れていそうだが、そんなことは関係ないのだ。彼は、佐藤の言葉が本当かどうかずっと試したかったのだ。そして今ついにその時が来ている。
ウグイス嬢が佐藤の名前を呼ぶ。
前山は代打が出されなかったことに感謝した。引退試合にまさか対戦するとは思いもしなかったが、直球勝負とはいかない。彼にはこの球を投げなければここまでやってきた意味がないのだ。
前山は振りかぶる、佐藤はバットを構えた。あの時の対戦が蘇るが、あの時の面影を佐藤から感じられなかった。
スライダーを投げた。今回も完璧な球だった。佐藤はバットを振った。
前山の中では空振りのはずであった。
しかし、佐藤は打ったのだ。飛距離はなさそうだ、どうやらライトフライのようだ。
はたから見たら完璧に打ち取っている。前山の勝ちのはずである。
しかし前山の表情は曇っていた。
彼は気づいていたのだ、佐藤が全盛期の時にこの球を投げていたら確実にスタンドに持って行かれていたと。この球を打たれるはずがないのだ。
その自身が前山にはあったのだ。
「やっぱり佐藤選手にはかなわないや。」
そう呟きながら前山はライトに飛ぶ打球を見送った。
Mr.ライトフライ @raimugipanpan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Mr.ライトフライの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます