自炊歴も長くなるとトーストにシナモンかけちゃったりします

空美々猫

自炊歴も長くなるとトーストにシナモンかけちゃったりします

ブーンブーンブーン……。携帯電話のバイブレーションで目が覚める。当然それは着信の通知などではなく、ただの目覚まし機能だ。よいしょと体を持ち上げてベットを出る。流しで顔を洗って、歯を磨く。いつもの手順で歯を磨いていて、ふと気付いた。しまった、今日は休みなのに早起きしてしまった。目覚まし機能を切り忘れていたのだ。

 休みの日はいつもこれといってすることがない。どうせ起きてもやることがないのだから、せっかくなら寝ていたかった。とはいえ、アルバイトの日だって、別にアルバイト以外にやることなんてないのだが。そう考えると、いつもいつも俺には特にやることなんてない。だったらいっそのこと、ずっと寝てる方がマシなのかもしれない。


 二度寝しようかと思ったが、歯も磨いてしまったのでそのまま朝食を作ることにした。トーストを焼きながら戸棚の奥からシナモンパウダーを取り出す。前にどこかの喫茶店でシナモントーストを食べて以来これにハマっている。シナモンを付け足すだけで、いつものトーストがちょっとだけお洒落に美味しくなるからだ。トーストだけでは味気ないのでスクランブルエッグとベーコンも焼くことにした。スクランブルエッグはたっぷりバターを使い、ベーコンはオリーブオイルで炒め、粗挽きのブラックペッパーをかける。スクランブルエッグはふんわりと炒め過ぎず、ベーコンの方はカリカリに焼くのが美味い。ついでにコーヒーを入れるために電気ケトルに水を入れていると、またブーンブーンブーンという音がした。

 スヌーズにしていたっけ? まぁどうせアプリの更新通知か何かだろう。しかしふと携帯電話の画面を見てみると、それはいとこのおばちゃんからの着信だった。慌てて電話に出る。


「もしもし大ちゃん元気しとるん? まだコンビニでバイトやっとるの? 彼女はできたんか?」


 相変わらずのマシンガントークだ。俺がまだ一言も発してないのに、質問が既に三つも飛んできている。


「もしもし。元気にやっとるよ。まだコンビニのバイトのままやで。彼女はおらんし、できる気もしやんな」


 とりあえず質問に答える。おばちゃんとの会話はだいたいいつもこんな感じだ。


「アンタそろそろ三十一やろ? まぁ仕事はしゃあないにしろ、彼女は欲しならんのか?」


 そんなこと言われても、できないんだから仕方がない。冴えない三十路男なんて、誰も興味無いだろうから。


「余計なお世話やで。どうせ俺のこと好きになってくれる子なんておらんねん。これといってええとこがあるわけでもないねんから。で、わざわざそんなこと言うために電話してきたん?」


「あぁそやったそやった。アンタに頼みたいことがあってな。タケシな、大学入ってから全然連絡してこうへんのや。こっちから電話しても出よらんし。ちょっと様子見てきてほしいんや。アンタも京都に住んでるんやし、すぐ会えるやろ?」


 いとこのタケシ君は今年から大学生だ。京都の大学に通うために三重県からこっちに引っ越してきた。俺も京都の大学を卒業して、そのまま三重に戻らずこっちに住んでいる。確かに会いに行くことは可能だ。


「あの子が元気でやっとんのか見てきてくれへんか。あぁそれともう夏休みに入ってるやろうし、お盆はこっちに帰ってくるか聞いといてな」


 タケシ君にとっては初めての独り暮らしだから、おばちゃんも心配なんだろう。俺は様子を見に行くことを承諾した。ちょうど休日を持て余していたところだ。


「ほな頼んだでな。あぁそうそう彼女できひんのやったらおばちゃんお見合い相手くらい探したるでな」


 お見合いはいくらなんでも飛躍しすぎだろう。だいたいこんなダメ男と見合いさせられる方も気の毒だ。そっちは適当に断って電話を切った。





 平日の昼前で電車は空いていた。やることもないのでなんとなく吊り広告を眺める。なんだかいつもこうやってぼんやりしている気がする。コンビニで品出している時もお弁当やポテトチップスを並べながら、俺はいつも何を考えているんだろうか。

 一緒に働いている学生やパートのおばさん達とも、普段どんなことを話していたのか全然覚えていない。そもそもパートのおばさんや学生とは必要以上に会話しない。たぶん自分だけがそのどちらでもない半端な存在だから、輪に入っていくことが怖いのだ。そんなことを考えているうちに目的の駅の名前を車内アナウンスが読み上げていた。


 慌てて電車を降りる。この駅には前に一度来たことがある。タケシ君の引っ越しの手伝いをした時だ。タケシ君の電話番号までは知らなかったから、今日はアポなし訪問ということになる。部屋に居てくれるといいんだが。駅を出て住宅街を歩いていく。なんとなくの道は覚えているのだが、時々歩いている道が合っているのか自信が無くなった。見覚えのある茶色いマンションを曲がった所で、引っ越しを手伝ったあの古びたアパートが見えてきた。コンクリートが所々黒ずんでおり、クリーム色の塗料も何度も塗り直されてムラになっている。お世辞にも綺麗とは呼べないアパートだ。

 なんとか無事にたどり着いたようだ。このアパートのドアには呼び鈴などがついていない。何度かノックしてみたが反応は無かった。どこかに遊びにでも行っているのだろうか。仕方がないので煙草を吸いながらしばらく待ってみることにした。


 二本目を吸い終わって腕時計をチラッと見る。時計の針は十二時を回っていた。ぼちぼちお腹も空いてきたし、煙草も無くなってしまった。とりあえず待つのは一旦やめて、コンビニを探すことにした。駅の方へ戻ってうろうろしていると、コンビニはすぐに見つかった。中に入ろうとドアの前まで歩いていった時、ちょうど買い物を終えたタケシ君が店から出てきた。


「あれ!? 大ちゃんじゃないっすか! うわー久しぶりっすね! どうしたんすか?」


「久しぶり! いやぁ会えて良かったわ。おばちゃんに頼まれて様子見に来たんよ。最近おばちゃんと全然連絡とってへんやろ」


「あーなるほど! いやだって鬱陶しいんすようちのおかん。独り暮らし始めた途端ひっきりなしに電話かけてきて、ご飯食べてるんかとか、あんまり夜遅くまで遊んでたらあかんよとか。ほっといてくれってなるやないっすか」


「それはまぁ確かにな。でもたまには連絡したらんと、おばちゃんも心配するで」


 ふとタケシ君のレジ袋を見ると中にはカップラーメンが何個も詰まっていた。


「タケシ君それもしかして昼ごはん? ていうかカップラーメン買い過ぎちゃう?」


「あー俺めしとか自分で作らないんすよ。だいたいカップラーメンとか缶詰とかっすね。あとスーパーの惣菜」


 さすがにいくらなんでも不健康な食生活だ。自分も大学生の頃は似たようなものではあったが、ずっと独り暮らしを続けているとそうもいかなくなってくる。まず同じものばかりで飽きてくるし、コンビニやスーパーのものは脂っこいから太ってくる。何よりやっぱり健康に良くない。だから独り暮らしが長くなると自然と料理ができるようになる。


「よし、タケシ君。俺が昼ごはん作ったるわ。ちょっとはまともなもん食べた方がええと思うし」


 とりあえず近くのスーパーに連れて行ってもらい材料を買うことにした。普段から米すらあまり炊かないらしい。ご飯が無いなら主食が必要だ。パスタにしよう。フライパンさえあれば茹でられる。トマトや玉ねぎ、ナス、ひき肉をカゴに入れる。調味料もろくに持ってないというので、オリーブオイルや黒コショウ、コンソメなんかもついでにカゴに放り込む。店内を物色して必要なものを一通り買い揃えたので、タケシ君の部屋にお邪魔することにした。





 玄関を上がると左手にキッチンがあり、右手がユニットバスになっていた。タケシ君の部屋はまるで嵐でも通り過ぎたような散らかりっぷりだった。どちらかといえば綺麗好きな俺にとっては、逆によくこんなところに住めるものだと感心したくらいだ。

 キッチン周りだけ片づけて、早速調理に取り掛かる。玉ねぎをみじん切りにし、ナスを一口大に切る。トマトはどうせほとんどソースになってしまうから適当な大きさに切る。片手鍋にオリープオイルを敷き、ひき肉と玉ねぎ、ナスを炒める。そこにチューブ入りのすりおろしニンニクを加え、馴染ませていく。キッチンに食欲をそそる香ばしい匂いが漂い、思わず腹が鳴る。基本的にこういうイタリアンな料理はオリーブオイルとニンニク、トマトがあればそれらしい味になる。できれば好みに合わせて粉チーズも欲しかったが、まぁ今回は無くても問題ない。

 火が通ってきたら、そこにトマトを入れ、さらに炒める。だんだんトマトが崩れていき、いい塩梅に水気が出てきたところでコンソメを投入。しばらくそのまま煮込む。この時点でトマトがトロトロになり、ビジュアル的にもかなり美味そうだ。

 そのあいだに今度はフライパンに水と塩を入れ沸騰させる。パスタはそのままでは長すぎるので、半分に折って沸騰したお湯の中に入れる。フライパンでパスタを茹でる時は、ちょうど茹で上がるころに蒸発して水分がなくなる程度に水を入れるのがコツだ。これならザルが無くても問題ない。あとは煮込んでいるソースを塩と胡椒で適当に味を調えてやり、茹で上がったパスタにかけるだけ。スパゲティーミートソースの完成だ。


 俺も腹が減っていたので二人分のスパゲティーを作るつもりだったが、ついつい多めに作ってしまった。ゆうに三人分くらいの量はある。さすがにちょっと多すぎたかと思ったが、そんなことはなかったみたいだ。キッチンから漂う匂いでタケシ君は既に臨戦体勢に入っていた。

 テーブルでフォークを持ってスタンバイしていたタケシ君は「いただきます」の掛け声と共に、猛然とスパゲティーを食べ始めた。まるで掃除機に吸い込まれるように、あれよあれよという間に皿の上のスパゲティ―は無くなっていく。タケシ君はほとんど手を休めることなく、あっという間に一皿平らげておかわりを要求した。そして、こんな旨いスパゲティーは食べたことがないとまで言ってくれた。


「大ちゃんこれ店で出せるレベルっすよ!」


 自分が作った料理でそんなことを言われるとは思ってもみなかった。彼はおかわりした分もすぐさま残らず平らげ、二人前のパスタを腹の中に納めた。


「本当びっくりっすよ。大ちゃん料理できたんすね。昼飯作るって聞いた時は、言い方悪いですけど、もっと適当っていうか、男の料理みたいなんを想像してましたから。いやーごちそうさまでした!」


 びっくりしてるのはこっちだ。自分としてはそういう適当な男の料理くらいの感覚で作ったものなのに、こんなに喜んでもらえるなんて。自分のしたことが人に喜ばれるなんていつぶりだろうか。

 それからしばらくタケシ君の大学の話を聞いたり、サークルの話を聞いたりしながら、ゆっくり食後の時間を過ごした。食事をして満ち足りた気持ちになったのは久しぶりだ。帰り際に、また作りに来てくださいと言われて、今度は作り方も教えてやるよと約束して部屋を後にした。





 帰りの電車で、タケシ君の食べっぷりを思い出して、少し笑みがこぼれる。そうだ、せっかくなら、料理の勉強でもしてみようか。タケシ君にまた作ってくれと言われたし、どうせならもっと美味しい料理を振る舞いたい。

 そのまま部屋に帰るのはやめにして、本屋に寄ることにした。料理のレシピ本を買うためである。女性向け雑誌のコーナーでレシピ本を探していると「あっ」という声が聞こえた。思わず声の方へ振り向くと、同じコンビニで働いている女の子が立っていた。少し前に入ったばかりの学生の子だ。確か名前は嶋野さんだったか。下の名前は思い出せない。


「わー藤川さんじゃないですか。女性誌なんか読まはるんですか?」


 まだほとんど会話をしたことがないのに、屈託のない笑顔で話しかけてきた。そういえば職場でも、いつもニコニコしている。人懐っこい性格なのだろう。


「いや、そういうわけではないんやけど。料理のレシピ本をね。ちょっと勉強してみようかと思って」


「あ、もしかして彼女さんに作ってあげるんですか?」


「あーいやいや。俺彼女とかおらへんし。甥っ子のためやねん。いっつもカップラーメンばっかり食べてるから」


 嶋野はしばらく感心した様子でニコニコしていたが、不意に「私も食べてみたいなぁ」と言って、俺にキラキラした視線を送ってきた。


「えっと、よかったら今度ごちそうしよか? そんな大したものは作れやんけど」


 言いながら、まさか自分が女の子を誘うなんてと、自分の行動に少しびっくりした。すると嶋野の笑顔がさらに一段明るくなって、「是非!」と言ってくれた。あぁ言ってみるもんだな。嶋野が喜んでくれるような美味しい料理を作れるといいな。嶋野はどんな料理が好きなんだろう。

 俺が一人妄想している横で、嶋野は鞄の中をガサゴソと引っ掻き回していた。中から携帯電話を引っ張り出してくる。


「ねぇねぇ藤川さん。私、藤川さんの連絡先知らないんです。もし良かったらLINE教えてくれませんか?」


「あ、うん。ええよ」


 自分でも恥ずかしくなるような受け答えだった。思わず、俺は中二の男子かよと心の中で自分にツッコミを入れてしまった。でも、おかげで連絡先も交換できた。こんなことは初めてだ。


 とりあえず二人で会う日は、またLINEをしながら決めようということになり、店の前で嶋野とは別れた。

 帰り道、自然と顔が綻ぶ。いつもより鼓動が早く感じる。いつもは寝て終わるだけの休日なのに、こんなにいろんなことが起きるなんて。休日に早起きするのも悪くないな。結果的にはすごく良い一日になった。タケシ君とおばちゃんには感謝しないと。そうだ、タケシ君のことを報告しなければ。

 おばちゃんに電話をかけると珍しく留守電になっていた。もう一回かけ直そうかとも思ったが、そのままメッセージだけ残しておくことにした。


『もしもし、おばちゃん? タケシ君元気そうやったで。ちゃんと大学にも行ってるみたいやし、お盆は帰るつもりなんやって。その時はちゃんと連絡するって言ってたわ。――あ、あとお見合い相手は探してくれんですむかもしれん。ほなね』



-END-

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