第19話 エピローグ

 もともと静かな田舎町はさらに静かになり、これまで以上にのんびりした空気に包まれていた。

 草原が続く丘の上に建つ一軒家は、大きくていかにも田舎の邸宅、という感じがした。


 その家の前に、荷物を満載にした牛車が止まった。そして御者の男は、つい今し方、畑から帰ってきた男に話しかけた。

「ケイディズ、ただいま!いやぁ、市場行ったらなかなかいいものばっかりで、つい買いすぎちゃったよ~」

「またか、シン。倉庫が広いからと言っても、もう半分はおまえのガラクタで埋まっているんだぞ?」


 ケイディズは・・・といってもその様子は、あのディアズ・バイガ帝国宮廷騎士団の筆頭だとは、とうてい信じられない。伝統的な農作業服に身を包み、頭にはタオルを巻いている。

 それはシンも同じで、茶色のオーバーオールに、キャップを被っていた。


 彼らはいま、故郷に戻ってきて暮らしていたのだった。

 早速ケイディズは荷物を下ろすのを手伝いがてら、その品々を厳しく査定した。

「・・・何だこれは?木彫りの熊が鮭をくわえている・・・」

「ああ、それは遠い国のおみやげなんだってさ。伝統工芸品らしくてね。何か、かわいいだろ?」

「・・・かわいい?」


 長いつきあいだが、シンの好みはいまだによくわからない。ケイディズはその隣にある、ひときわ大きいものを見た。

「トーテムポールみたいな色合いだな・・・で、こいつも『かわいい』って言うんじゃないだろうな?」

「・・・一周回って、その可能性もあるんじゃないかな?」

「・・・まったく、まあとりあえず、布でぐるぐる巻きにして、さらに鎖でがんじがらめにして、地下室にでも繋いでおくか。」


 するとトーテムポールはカタカタを動き出した。

「・・・って、恐ろしいこと言うんじゃねぇよ!ケイディズ!」

 紙でできた筒を破って現れたのは、あの醒弥だった。顔には隈取りをして、筒から顔だけを出していたのだ。

「よお、久しぶりだなぁ!どうだい、んなところで惚けた生活はよ!?ええっ!?まるで老人みたいに、昔のこと愚痴ってるかぁ!?」

「シン、おまえこれ運んどけ。」

「うん、わかった。」

「こらぁ、無視すんなぁ!!」



『水晶宮』の消失以来、世界はその姿をまったく変えてしまった。

 メガ・マシーンはもちろん、飛行船や自動車、家の中の家電までもが、無用の長物と化してしまったのだった。当然『人形フィギュア』たちも、魂が抜けたようにその動きを止めてしまった。

 社会の混乱は、相当なものであった。

 だがそれも、それほど時間が経たない内に収まってしまった。人々は粗野であるが新しい仕事を見つけ、また曲がりなりにも『日常』というものが戻ってきたら、もうその生活に慣れてしまったのだった。


(人間が『生き物』の頂点ではなかったとは、皮肉なものだな。)


 ケイディズもあれから、シンと共に騎士団を退団したのだった。もはや騎士団は実質的に機能しなくなってしまったのだったし、彼もスイッチが切れたように、仕事への意欲を失ってしまったからだった。


 そして『晶石病』にかかった人々はというと、セレネの言う通り、ジェネラの流れがなくなったことによって、反極性ジェネラの投与がなくとも、晶石化は止まったのだった。

 その後患者はみな意識を取り戻し、じょじょに回復していった。


「アイリス様!」

「おお、奇跡だ!よくご無事で!」

「・・・あら、おはよう。どうしたの?パンドーリスもみんなも、そんな泣きじゃくって・・・カッコ悪いわよ?」


 アイリスもさすがに若いからか、驚異的な回復を見せ、すぐに意識を取り戻した。

 パンドーリスも、患者の命を繋ぎ止めていたジェネラが止まってしまうと聞いた時には、生きている心地がしなかったが、それでも患者が無事だと聞いた時には、安心で膝から崩れ落ちてしまったくらいだ。

 そしていまではすっかり元気になって、さらにいままで心を閉ざしていたのがウソのように、公務にも参加するようになっていた。



「・・・ケイディズ?」

「リィニス!」


 リィニスにもまた、意識が戻った。だが彼女は長年の患いで、すっかり体が弱ってしまっていた。そのために退院はしたものの、故郷で療養することになったのだった。ケイディズとシンの二人はそれについて行く形になった。


 故郷での日々は、穏やかなものだった。

 ほとんどベッドから離れられないリィニスだったが、ケイディズと二人で、車いすに乗って散歩に出かけるのが日課となった。


「この山も変わらないのね・・・緑も、羊たちも。いつまでも同じなのは、うちのおじいちゃんと同じね。」

「ああ。」


 何を言ってもケイディズがいつもの通り素っ気なく答えると、リィニスは笑いながらからかうのであった。

「何?ケイディズ、あなた私が故郷に戻って来れて、嬉しくないの?」

「何を言っている・・・そんなわけはあるまい。」

 そう言っている時に少し顔が赤くなっているのが、リィニスは好きだった。本当に明るい顔で、けたけたと笑うのであった。

「ありがとうね、ケイディズ。」


 するとケイディズも嬉しくなり、いたずら心が湧いてくる。リィニスと一緒にいると、彼の心は少年の頃に戻ってしまう。

「よし、走るぞ!」

「えっ?きゃ・・・」

 ケイディズはリィニスを軽々と抱え上げ、お姫様だっこの格好で走り始めた。


「ははっはっ!!」

「うふふふふっ!」

 二人は子供の頃に戻って、本当に心から笑ったのだった。


 季節は秋、これから冬に向かおうという時期に、リィニスは静かに天国に旅立った。


 本当に静かな最後だった。最後は苦しまずに、幸せな時を過ごせた・・・ずっと付き添っていたケイディズには、そんな確信があった。

 いまでも、彼女と過ごせたことを思い返すと、幸せな気分になるのだった。


「・・・んでよケイディズ、おまえ、戻ってこねぇのか?騎士団によ。ムグムグ・・・」

 簡素ながらキレイに仕立てられた食卓は、久しぶりに豪華な食事が彩っていた。決して豊かではない懐から出したのだが、醒弥は遠慮なくチキンにかぶりついていた。

「むしろおまえの方が、よくいられるな。元老院にはよく思われていなかっただろうに。」

「俺はおまえみたいになぁ、ムグムグ、そう簡単に食い扶持を手放したりはしないんだよぉ・・・しかしおまえはな、戻ってきて欲しいみたいだぜ?それがこんなところでくすぶっているなんてよ・・・」

「食べかすを飛ばすな、食べかすを・・・残念だが、私はそのつもりはない。」


「ケイディズ、お姫様から手紙が来たよ!」

 シンが玄関からやって来た。

「醒弥にも聞かせてやってくれ、シン。」

「うん、ええと・・・」


『ごきげんよう、お元気ですか、お兄様方!私アイリスはいま、宇宙へ行く技術の開発に夢中ですの!ジェネラがなくなっていままでの機械は使えなくなってしまったけど、これまで注目されていなかった新しい技術を使って、ロケットでもなんでも作ってみせますわ!でも困ったことに、パンドーリスはそれについて、あれやこれや文句を言うのです!

『そんなこと言っても、まだ技術はそこまで進んではいませんよ!昔ならできたんんですがね!』

『何を言っているのよ!?宇宙には私たちのかけがえのないお友達が待ってるのよ!早く会いに行かなきゃ!』

『その気持ちはわかりますがねぇ・・・』

『とにかく、何とかしなさーい!』

『とほほ・・・』

と、このように、毎日楽しく暮らしております!』


 シンは読み上げながら、笑っている。

 しかしケイディズはその手紙に、目を覚まされた感じがした。彼の中に眠っていた情熱が、再び歩き出したのだ。


(そうだ、まだ人間の進歩が終わったわけではない。生きている限り、前に進むことはできるのだ・・・)


 そう考えると、もういてもたってもいられなかった。

「よし、行くぞ、シン、醒弥。」


 上着をクローゼットに取りに行く。

「え、どこに?」

「ションベンか?」


 ケイディズは、ニヤリと笑った。

「もう一度、花を咲かせてやるんだよ。人間が『人形フィギュア』なんかに、追い越されたままでたまるか、ってことだよ。」


 シンと醒弥は顔を見合わせた。

「じゃあ、支度しなきゃね。」

「何かおもしろそうだ!俺も騎士団辞めちまうかぁ!」


 三人が外に出ると、空は青く澄んで、どこまでも広がっていた。

 そして彼らは彼方にある人間の可能性に向って、歩き始めたのだった。


(終)

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それでもぼくらは天使のように~メガ・マシーン ヴァイランス~ 森 翼 @serrowwe

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