第18話 永久の旅路

――――

 おまえたちが進化して行く場所・・・それは宇宙だ。

 あの果てしない荒野に、おまえたちは出て行く運命を背負っているのだ。


 私にはわかっている。『水晶宮』はごく近い将来に、宇宙に飛び去ってしまうことが。もちろんジェネラはこの地上から、きれいさっぱりなくなってしまうだろう。

 これが、私のこの遺言を極秘にした理由だ・・・世間の連中がその責任を、発見した私になすりつけられても困るものでな。


 おまえたちはその方舟に乗って、宇宙に出て行くのだ。

 呼吸や食物も、ただそれが求められたから、私はおまえたちの地上でのエネルギー源とした。しかし私は、おまえたちがジェネラだけで生きて行けることも『発見』した。無限の闇の中で、おまえたちは肉体の保護に悩まされることはないだろう。


 それはつまりは、人間という哀れな存在を、この地上に遺して行くことを意味しているのだ。 けっきょく、われわれはただちっぽけな、動物の一種でしかなかったのだ。

 人間共が星の覇者を気取っていられたのも、ただただ、天の恵みのためであったに過ぎなかった・・・人間は、何も進歩をしていなかった。

 人間はいまだ幼児に過ぎず、ジェネラという代物は、われわれには過ぎたオモチャに過ぎなかったのだ・・・


 だが、それでよかったのだ。

 人間はそのようにしかできておらん・・・人間の最先端の研究に生涯を捧げてたどり着いた答えは、人間は地上で大地に抱かれて生きて行くべきだ、ということだ。

 大昔から動物の頃から変わらず、人間は他人に認められて生きられるならば、機械も技術も、ジェネラもいらないのだ・・・


 私は一人の人間として、おまえたちを祝福しよう。

 子が親を超えても何の不思議もなく、むしろそれを生みだしたことを誇るべきだろう。しかしむしろおまえたちの方が、困難に向かわなければならない。われわれはそれを見ているしかない。


 だが私はおまえたちに、それを成し遂げる強さを・・・そして、私自身は理解できなかった『愛』を仕込んで置いた。


 これらのことがどんな結果に向かうのか・・・それはやはり一人の人間でしかない私にもわからない。

 しかし、私はおまえたちを送りだそう。新しい世界、新しい星に・・・

 そして星の彼方で、またわれわれは会おうではないか。

――――


 眼下には、大洋の姿が黒く浮かんできた。

『水晶宮』は光を放ちながら、ゆっくり、ゆっくりと上って行く。相変わらず、まばゆい光を放ったままで。


 トゥアは全身の力が抜け、崩れ落ちてぺたんと座り込んだ。それから膝を抱え、頭を埋めた。

「私は・・・これからどうしたらいいの?こんなところで・・・」

 もう空気もずいぶん薄くなっている。

 だがもう、生命を超越した存在の彼らには、そんなことは関係がなかった。


「・・・ギイス・・・」

「・・・呼んだ?」


 頭をやさしく叩く感覚がする。

「ギイス!!」

 頭を上げると、そこにはギイスのほほえむ姿があった。

「本当に・・・!」

「ごめんな・・・」


 トゥアはその胸の中に、倒れるように飛び込んだ。

 ギイスは、その頭をなでてやる。トゥアの髪の一本一本が透き通って、きらきらと輝いていた。

 二人は唇を重ねた。

 この前のように人間の真似事ではなかった。だがやはり冷たい。だがその冷たさが、相手のぬくもりだった。


「ごめん・・・俺はどうしてもトゥアを助けたくて・・・アイリスのことも、他の人たちのことも考えられなかった。」

「ううん・・・もういいよ。もう・・・私たちにはどうすることもできなかったのよ・・・ねえ、ギイス。」

「ん?」

「ギュって、して?」

「うん。」


 そのようにして、二人はいつまでもその感覚を感じていた。



「これが『星』の運命だったのね・・・」

 すると目の前の大晶石から、無数の光の粒が現れた。それはより集まって行って、一人の女性の姿となった。

「あなたが、セレネね?」

 目の前の女性はトゥアと同じ髪の色をして、同じく長い髪をしている。まるで、トゥアが成長したような姿だった。


「そう、私がセレネ・・・私はこの『星』の意思として、あなたと一緒に生まれた存在よ。」

「トゥアと一緒に?」

「ええ、私はこの『星』が変化を起こす時に・・・惑星の重力に捕らわれるとか、それを振り切るとかいった時に現れるの。」


 セレネの言葉を遮って、ギイスが叫んだ。

「そうだ、セレネ!晶石病になった人たちは、どうなってしまうんだ!?彼らはジェネラがないと生きて行けないのに!」

「確かなことは言えないけど・・・その病気は、ジェネラの流れが存在しているからこそ生まれたものよ。晶石の過剰使用によるジェネラの増大が、人間の肉体にも悪影響を及ぼし始めたの。だけどもうあの星からはジェネラは消失してしまった。だからもうすでに晶石化は止まって、じょじょに回復して行くと思うわ・・・」

「そうなのか!よかった・・・」


 セレネはまた、厳かな顔で続けた。

「今回私は、あの惑星を離れる時に、また意思として生まれたの・・・だけど今回は、トゥア、あなたも一緒に生まれた。私に『対する』存在として・・・これはつまり・・・」

「つまり?」


「あなたが、この『星』を継ぐということ。トゥアと、ギイス、あなたが。私は一人だけど、あなたたちは二人。これは『星』が、新しい段階に入ったということ。あなたたちの『愛』がこの『星』と共に、宇宙に広がって行くのよ。私は神様ではないから、これがどういうことかはわからないけど・・・でもこれは、もう元に比べてずいぶんと小さくなってしまった『星』が、自分の消滅を予期したことなのかもしれないわ・・・」


「『星』を継ぐ・・・やっぱり、名位博士の言うことは正しかったんだ。」

「ギイス、それはどういうこと?」

 ギイスは、名位博士の遺言を話してやった。


「そうだったの・・・私たちが人間に代わってその役目を・・・でも、こんなところで、どうやって生きて行くの?確かに、もう私たちには空気も食べ物もいらないけど、こんな何もないところで生きて行けるわけではないわ。」


 セレネは答えた。

「それは大丈夫よ・・・あなたたちは生物を超越した存在、機械とも親和することができる。だから・・・」


「!?」

「わあ!」


 するとその瞬間、周りの風景が一変し、そこは緑あふれる草原になったのだった。草原の端からは雪を頂いた山脈が立ち上り、周りには赤や黄色、色とりどりの野花が咲き誇っている。

 そして向こうには、一軒の小さなログハウスが建っていた。

 頬に触れる風は、間違いなくここが『現実』の世界であることを告げていた。


「ここは?」

「ここはジェネラの生みだした仮想現実世界。ここが、新しいあなたたちの『現実』。ここで暮らしながら、あなたたちは新しい世界に進んで行くの・・・さあ、もう私の役割は終わり・・・未来は、あなたたちに託したわ・・・」

 そう言い遺して、セレネの姿は虚空に消えていった。


 二人はどこに行くのだろう?

 ギイスとトゥアは、お互いの顔を見合わせた。


「そんなことはわからない。でも、それが『人間』なんだよな。」

「うん。大丈夫、ギイスと一緒なら・・・」


 先の見通せない不安と孤独、しかしそれにあらがい、期待と仲間を求める『愛』・・・その人間のみならず、生命の生き方の運命を、二人はひしひしと感じていた。


 そこから、意味もなく笑いがこみ上げてきた。

「走ろう!!」


 二人は手を繋いで、新居へ向かった。

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