録音探偵

闇谷 紅

第1話

 こいつは運がいい、俺はそう思った。突然殺人現場に出くわしてしまったときは身の不幸を呪ったが、突然俺たちを呼び集めた男は犯人の目星がつきましてねと言ったのだ。

「これだけならどこかの探偵気取りともとれたがなぁ」

 男は録音機材をポケットから取り出し、鈴木と名乗ったのだ。

「まさかあの録音探偵だったとは……」

 一見して何の特徴もない平凡顔、そして中肉中背。常に録音機を持ち歩き、脅迫現場に出くわした時は録音したそれを脅された方に提供することで脅迫をやめさせる善人、逆に他人の弱みを握った場合は相手が悪であれば絶望するほどの不幸をプレゼントする外道、二つの顔を持つ巷で騒がれた名探偵だと録音機材を出して名乗られるまで不覚にも俺は気づかなかった。

「友人が合気道をやってましてね」

 激昂した脅迫者が襲い掛かってきたときは、そう言うなりあっさり投げ飛ばしたとも聞く。

「話は最後まで聞くことをお勧めしますよ。それに触発されて僕も護身術を習い始めた……と続く予定だったのですから」

 と、襲い掛かってきた男の関節を取りながらつづけた話までを俺が知っているのは脅迫してた馬鹿があの男を傷害罪で逆に訴えたからだ。本当に救えない馬鹿だったと思う。

「確かに、あなたが脅迫していた事実を録音したモノは脅されていたお嬢さんに差し上げてしまいましたが、録音機材が一つだったとでも?」

 苦笑しつつ取り出した録音機材で脅迫者の罪は明らかに。ただ、話の流れで脅迫されていた女性の過去に犯した犯罪まで明るみになる結果となってしまったものの、この探偵に女性を救う義務などないのだ。

「僕は自分の身を犠牲にしてまでだれかを救うお人よしにはなれません。自己保身が第一で、余裕のある時だけおせっかいをする、これが僕です」

 堂々と語ったこの探偵が犯人の目星がつきましてねと言ったならおそらく事件はもうすぐ解決するはずだ。推理ミスで冤罪事件を起こしてしまえば自分の身を危うくする。だからこそ録音探偵はもう確信しているのだろう、真犯人について。

「では、まずこれをお聞きください」

 俺たちが固唾をのんで見つめる中、口を開いた探偵は録音機材の音量を最大にして再生ボタンを押す。

「ふふふ、まさか私が犯人だとは思うまい。えーくん、仇はあと一人。三年かけて考えたあのトリックならこのまま完全犯罪も……」

「なっ、これは……こんな」

 いきなり狼狽しだす男と機材から流れてきた声は一致していた。

「このホテルの壁、結構薄いんですよ。そんな部屋でいちいちトリックについての解説とかまでされると、ねぇ……」

 探偵は酷く気まずげに視線をそらし。推理ショーを期待していた俺もそりゃないだろと突っ伏した。

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録音探偵 闇谷 紅 @yamitanikou

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