十年後の君へ

月ヶ瀬樹

じゃあ、十年後。貴方と私で勝負をしよう!

――じゃあ、十年後。貴方と私で勝負をしよう!


昨夜の夢はこんな夢だった。やっと書き上げた小説、それは僕の昔話のような作品だった。

君と別れて十年。もうそんなに経つのかと夢うつつの頭の中でボンヤリと思う。夢の中の君も……綺麗だった。


僕の名前は野々原茜ののはらあかね。作家志望の同人作家だ。

今日は、僕たち同人作家の年に一度のお祭り『テキストフェスタ』だ。

僕はこのテキフェスにサークル参加することになっている。

イベント前日の昨日、やっとの思いで無料配布本『変わらない君へ』を書き上げ、自宅のプリンタで印刷をし、製本を終わらせた。

その時すでに、今日になっていた。布団に入れたのは深夜の二時だった。相変わらずギリギリにならないと動かない性格の自分に嫌気が差していた。


そして、見た夢は君が出てきた。


君……矢立純やたてじゅんとの出会いは十二年前に遡る。その時、僕は専門学校に入学したときだ。僕の同じクラスに君は居た。

一目惚れ……と言うのだろうか。僕の遅い遅い初恋の人、それが矢立純だ。

僕と君はクラスでトップの座を争う仲だった。しかし、仲はとても良かった。

二年間、同じクラスで学び続け、卒業となった。

結局クラスで作家志望の夢をひたすらに追い続けることにしたのは君と僕だけだった。


――じゃあ、十年後。貴方と私で勝負をしよう!


君は覚えているかな、この言葉を。

僕はこの言葉に支えられて今日まで頑張ってきた。



「行ってきます」


朝の身支度を済ませた僕は誰もいない家に出発の言葉を投げる。

……投げ返してくれる人は居ないけど。


地下鉄を乗り継ぎテキフェスの会場に着く。

サークル入場開始五分前。僕としてはまずまずの滑り出しだ。


五分後。サークル入場が開始される。

僕はサークル入場証を提示し会場に入る。



ガヤガヤ……ガヤガヤ……


独特の雰囲気が会場を包んでいる。

『あぁ今年も祭りに参加できるんだ』

そう思いながら僕は自分のスペースへと足を向けた。


『そう言えば端っこだったなぁ』


僕は昨夜見た会場のサークル配置図を思い出す。

僕のサークル(と言っても一人のサークルだけど……)はちょうど端っこだった。

僕の唯一のお隣は……まだ来ていないようだ。



一般参加者の入場まであと三十分。会場はさらに賑やかになる。


ガヤガヤ……ガヤガヤ……


僕は自分の商品のディスプレイを終え、持ってきた本を読みながら開場を待っていた。

この本は僕のお気に入り。何度も読み返してきた。内容は恋愛モノ。同じクラスだった主人公とヒロインが、地元から遠く離れた駅で再会し、恋に落ちると言うストーリーだ。


ペラッ……


物語はちょうど再会のシーン。何度読んでもこのシーンはドキドキする。

その時不意に声が聞こえた。


「あの……隣のサークルの者です。今日はよろしくお願いしますね!」


僕は読んでいた本から視線を声の主に動かす。


「こちらこそ、よろしくお…………」


声の主と目が合った瞬間、周りの雑音が綺麗に消えた気がした。

声の主も僕と目を合わせたまま固まっている。


「えっ……野々原くん?」


目の前の女性はそう僕の名を呼びかけた。


「えーっと……そうみたい。てことは、お隣は矢立ちゃん?」


たまらず僕は目の前の女性に聞き返してしまう。


「そうだよ。えぇー偶然ってあるんだなぁ!」


目の前の女性、矢立ちゃんが嬉しそうに目を細めた。


「あはは。まぁとりあえずディスプレイしたら?」


お互い固まっていても仕方がない。僕は矢立ちゃんにそう促した。


「ん、そうだね。じゃあ時間取れたら声掛けるね」


そう言って矢立ちゃんは引いてきたキャリーバッグから自分の商品を取り出し、ディスプレイを始めた。



「そうだ、野々原くん覚えてる?」


開場五分前。準備を終えた矢立ちゃんが僕に話しかける。


「もしかして、勝負のこと?」


僕は本から目を離し、矢立ちゃんに目を向けた。


「お、やっぱり覚えてたかぁー! その勝負、今日しよっか!」


「ん、つまり売り上げを競うってことかな?」


「相変わらず話が早いねぇ。で、売り上げが多かったほうが言うことを一つ聞く! どう?」


「ん、いいよ。じゃあ恨みっこなしで!」


そこまで話をしたところで開場となった。

拍手が祭りの開始を皆に知らせていた。



「で、野々原くんは何部売れたの?」


祭りはあっという間に終了を迎えた。

共に片付けを終え、会場を出てすぐのところにある公園で祭りの余韻に浸りながら話をする。


「僕は……んー、三十一部だね」

売上表に目を落としながら矢立ちゃんの質問に答える。

「矢立ちゃんは?」

僕は視線を矢立ちゃんに移した。


「んーっと、二十九部! いやぁやっぱり野々原くんには及ばないかぁー」

どうやら勝負は僕の勝ちということになったようだ。

「じゃあ約束通り、野々原くんの言うことを一つ聞こうかな」

負けた矢立ちゃんは楽しそうだ。


「んー、それじゃあ……」

僕は少し考える。


「ねぇ、お願い二つでもいい?」


「えー、まぁいいよ」


「一つは、来年の祭りには同じサークルで出よ!」


「お、いいねぇ。乗った!……で、もう一つは?」


「僕と付き合って欲しいな」



帰りの地下鉄。


隣には先程彼女になった矢立ちゃんが眠っている。


暗い窓に映る二人。


来年の祭りが今から楽しみだ。

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